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「完結済」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています  作者: 夢見叶
第3章 王都の影とカフェ聖女

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第22話 教会の使者、辺境に立つ

 その日も、カフェはいつものように湯気でもくもくしていた。

 大鍋では根菜と豆のスープがことこと踊り、カウンターには焼き立ての素朴なパン。


「リリアナ様、今日のおすすめ札、出してきました」

「ありがとう、マリア。……よし、今日も平和に終わりますように」


 そう口にした瞬間、扉の外がざわついた。

 窓からのぞくと、白い法衣の一団が、ゆっくりと雪道をこちらへ向かってくる。十数人ほど。先頭の男は、胸元に銀色の聖印を下げていた。


(……派手にフラグを立てた気がします、今のひと言)


 カラン、と鈴が鳴る。

 冷たい空気と一緒に入ってきたのは、年のころ40代くらいの厳めしい男性神官と、その後ろに若い神官たち。ノエルが一瞬で固まり、マリアも背筋を伸ばした。


「ようこそいらっしゃいました。席にご案内いたしますね」

 とりあえず、公爵令嬢時代のマナーを総動員して笑顔を貼りつける。


 中央の男が、一歩前に出て頭を下げた。


「我ら、王都・中央大教会より参りました。私は高位神官レオナールと申します」

「レオナール様。辺境までようこそお越しくださいました」

「本日の目的は、ここノルドハイムに現れた『聖女候補』についての調査でございます」


 聖女候補。

 聞き慣れた単語のくせに、私に向けられた瞬間、頭の中で警報が鳴り響いた。


「せ、聖女候補……?」

「この街に、食事と共に癒やしを分け与える者がいる、と報告がありました。瘴気の影響さえ和らげるほどの加護を持つと」


 レオナール様の視線が、まっすぐ私を射抜く。

 後ろでノエルが、こっそり私のエプロンの裾をつまんだ。


(ラウルさん……。あなたの『よく効くカフェ』トーク、どこまで盛られたんですか)


「調査と申しましても、脅かそうというものではありません。

 普段通りの仕事ぶりを拝見し、少しお話を伺い、可能であればあなたの料理を味わわせていただきたい。それだけです」


 穏やかに言われると、むげにも断りづらい。

 ここで変に拒めば、かえって怪しまれるだろう。


「……分かりました。でしたら、本当に普段通りですが、今日のスープセットをお出ししますね」

「ありがたく」


     ◇


 私はカウンターに戻り、鍋のふたを開けた。

 湯気の向こうで、《生活鑑定》の文字がふわりと浮かぶ。


《生活鑑定》

対象:本日の根菜と豆のスープ

冷え対策 :大

腹持ち  :大

安心感  :中


(うん、今日もいい感じ。……問題は、食べる側ですね)


 ちらりと客席を振り返り、レオナール様にそっと鑑定をかける。


《生活鑑定》

対象:レオナール・***

疲労  :中

緊張  :大

警戒心 :大


(ですよね)


 私は思わず苦笑しながら、スープとパンと少し濃いめの穀物コーヒーをトレーにのせた。


「お待たせいたしました。こちら、のんびりカフェ本日の定番セットになります」


 テーブルに運ぶと、ふわりと香りが立ちのぼり、若い神官たちの喉が同時に鳴った。

 レオナール様が、慎重にスープをすくい、一口。


 一瞬、その肩の力が抜ける。


《生活鑑定》

対象:レオナール・***

疲労  :中→小

緊張  :大→中

心の安定:小→中


(うん、ちゃんと効いてる)


「……不思議な温かさだ。胃からではなく、胸の奥から落ち着いていくような」


 レオナール様はそう呟くと、衣の内側から掌大の聖印を取り出した。

 銀の表面には女神の紋。見慣れた、王都の教会で何度も見たあの印。


「普段はやらぬ手順ですが、失礼……。女神よ、この地に満ちる汝の加護を、わが眼に示したまえ」


 聖印が、スープの上にかざされる。

 次の瞬間、店内の空気が変わった。


 柔らかな光が、ぽうっとスープから立ちのぼった。

 まるで、暖炉の火がそのまま小さな太陽になったような、優しい光。


「な……」

「光が……強い……」


 若い神官たちが息を呑む。

 聖印そのものも淡く光り、スープと呼応するように脈動していた。


「レオナール様、こんな反応、見たことが……」

「女神の加護の波長が、明らかに違う。聖女クラリス様のものとも、我ら司祭の祈りとも」


 レオナール様の声が低く震える。


「これは……別系統の加護……? いや、しかし強度は、それに劣らぬ……」


(別系統て。私の人生、いつの間にかスピンオフ作品になってないですか)


「え、えっと」

 居心地の悪さに耐えかねて、私は手を挙げた。

「ただの家庭料理と、ちょっと便利な《生活鑑定》なだけなんですが……。戦闘スキルも浄化魔法もありませんし」


 若い神官の1人が、ぱっとこちらを見る。


「ですが、あなたの料理を口にした者は、皆、体調が回復し、心が軽くなると」

「ちゃんと食べて、ちゃんと休むと、だいたいの人は元気になりますよ?」

「そ、そういう次元の話では……」


 ひそひそと騒がしくなる白い法衣の輪。

 そのとき。


「……騒がしいな」


 奥の席から、低い声がした。

 ディルク様だ。いつの間にか来ていたらしい。

 マグカップをテーブルに置き、静かに立ち上がる。


「辺境伯ディルク卿……」

 神官たちの背筋が一斉に伸びる。


 ディルク様は、彼らと私のあいだにすっと入り、淡々と口を開いた。


「調査自体は構わない。だが」

 灰色の瞳が、レオナール様をまっすぐ射抜く。

「彼女や、この店の客を不安にさせるような真似はやめてくれ」


 声は静かだ。けれど、店内の温度が一瞬下がった気がした。


「ここは俺の領地だ。領民を守るのは俺の役目であって、王都でも教会でもない」


 レオナール様が一瞬言葉を失い、それからゆっくりと息を吐いた。


「……無礼、お許しください。

 辺境伯殿のお心は理解いたしました。我らも、命を軽んじるつもりはありません」


 レオナール様は姿勢を正し、私の方を向く。


「本日の調査は、ひとまずこれまでといたします。ただし、この現象は、女神の御業に関わる重大事。

 詳細は、必ず王都に報告いたします」


「は、はあ……。あの、本当に、ただのカフェなんですけど」


「それを決めるのは、もはや我らではないので」


 何とも言えない笑みを残し、白い一団は店を後にした。

 鈴の音が遠ざかり、静寂が戻る。


「……はぁぁぁぁぁ」

 私はカウンターにもたれかかって、盛大にため息をついた。


「り、リリアナ様、大丈夫ですか」

「だ、大丈夫……。マリア、お水ください。ノエル君は、さっきから裾離して」

「だって、連れていかれるかと思って」

「持っていかれませんから」


 苦笑しながら、私はそっと自分自身に《生活鑑定》を向けた。


《生活鑑定》

対象:リリアナ・フォン・グランツ

体力  :中

精神疲労:中

加護  :?

職業  :カフェ店主(仮)


「……仮って何」


 思わずつぶやくと、カウンターの向こうでディルク様がわずかに眉をひそめた。


「何か問題でもあるのか」

「いえ。ちょっとシステム側に、私の職業を勝手に更新しようとしている節がありまして」

「分からんが」

 ディルク様は、いつもの穀物コーヒーを一口飲み、ぽつりと呟く。

「少なくとも今は、ここで店を開いている。それで十分だ」


 胸の奥が、ふっと温かくなる。


(そう。私は、ここでカフェをやりたいだけ。聖女でも、英雄でもなくて)


「……はい。全力で、のんびりします」


 女神だの加護だの、王都だの教会だの。

 騒がしい言葉は、湯気の向こうに追い出してしまおう。


 まずは目の前の一杯から。

 私は新しいスープ鍋のふたを開け、《生活鑑定》の文字をもう一度のぞき込んだ。

ここまで読んでくださってありがとうございます!

ついに教会が本格参戦、のんびりカフェに「聖女候補」フラグが立ってしまいました。

ディルク様はどこまで守り抜けるのか、そしてリリアナの「職業:カフェ店主(仮)」はいつ本採用されるのか……続きが読みたいと思っていただけたら、評価・ブックマークをぽちっと応援してもらえると、とても励みになります。


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