第22話 教会の使者、辺境に立つ
その日も、カフェはいつものように湯気でもくもくしていた。
大鍋では根菜と豆のスープがことこと踊り、カウンターには焼き立ての素朴なパン。
「リリアナ様、今日のおすすめ札、出してきました」
「ありがとう、マリア。……よし、今日も平和に終わりますように」
そう口にした瞬間、扉の外がざわついた。
窓からのぞくと、白い法衣の一団が、ゆっくりと雪道をこちらへ向かってくる。十数人ほど。先頭の男は、胸元に銀色の聖印を下げていた。
(……派手にフラグを立てた気がします、今のひと言)
カラン、と鈴が鳴る。
冷たい空気と一緒に入ってきたのは、年のころ40代くらいの厳めしい男性神官と、その後ろに若い神官たち。ノエルが一瞬で固まり、マリアも背筋を伸ばした。
「ようこそいらっしゃいました。席にご案内いたしますね」
とりあえず、公爵令嬢時代のマナーを総動員して笑顔を貼りつける。
中央の男が、一歩前に出て頭を下げた。
「我ら、王都・中央大教会より参りました。私は高位神官レオナールと申します」
「レオナール様。辺境までようこそお越しくださいました」
「本日の目的は、ここノルドハイムに現れた『聖女候補』についての調査でございます」
聖女候補。
聞き慣れた単語のくせに、私に向けられた瞬間、頭の中で警報が鳴り響いた。
「せ、聖女候補……?」
「この街に、食事と共に癒やしを分け与える者がいる、と報告がありました。瘴気の影響さえ和らげるほどの加護を持つと」
レオナール様の視線が、まっすぐ私を射抜く。
後ろでノエルが、こっそり私のエプロンの裾をつまんだ。
(ラウルさん……。あなたの『よく効くカフェ』トーク、どこまで盛られたんですか)
「調査と申しましても、脅かそうというものではありません。
普段通りの仕事ぶりを拝見し、少しお話を伺い、可能であればあなたの料理を味わわせていただきたい。それだけです」
穏やかに言われると、むげにも断りづらい。
ここで変に拒めば、かえって怪しまれるだろう。
「……分かりました。でしたら、本当に普段通りですが、今日のスープセットをお出ししますね」
「ありがたく」
◇
私はカウンターに戻り、鍋のふたを開けた。
湯気の向こうで、《生活鑑定》の文字がふわりと浮かぶ。
《生活鑑定》
対象:本日の根菜と豆のスープ
冷え対策 :大
腹持ち :大
安心感 :中
(うん、今日もいい感じ。……問題は、食べる側ですね)
ちらりと客席を振り返り、レオナール様にそっと鑑定をかける。
《生活鑑定》
対象:レオナール・***
疲労 :中
緊張 :大
警戒心 :大
(ですよね)
私は思わず苦笑しながら、スープとパンと少し濃いめの穀物コーヒーをトレーにのせた。
「お待たせいたしました。こちら、のんびりカフェ本日の定番セットになります」
テーブルに運ぶと、ふわりと香りが立ちのぼり、若い神官たちの喉が同時に鳴った。
レオナール様が、慎重にスープをすくい、一口。
一瞬、その肩の力が抜ける。
《生活鑑定》
対象:レオナール・***
疲労 :中→小
緊張 :大→中
心の安定:小→中
(うん、ちゃんと効いてる)
「……不思議な温かさだ。胃からではなく、胸の奥から落ち着いていくような」
レオナール様はそう呟くと、衣の内側から掌大の聖印を取り出した。
銀の表面には女神の紋。見慣れた、王都の教会で何度も見たあの印。
「普段はやらぬ手順ですが、失礼……。女神よ、この地に満ちる汝の加護を、わが眼に示したまえ」
聖印が、スープの上にかざされる。
次の瞬間、店内の空気が変わった。
柔らかな光が、ぽうっとスープから立ちのぼった。
まるで、暖炉の火がそのまま小さな太陽になったような、優しい光。
「な……」
「光が……強い……」
若い神官たちが息を呑む。
聖印そのものも淡く光り、スープと呼応するように脈動していた。
「レオナール様、こんな反応、見たことが……」
「女神の加護の波長が、明らかに違う。聖女クラリス様のものとも、我ら司祭の祈りとも」
レオナール様の声が低く震える。
「これは……別系統の加護……? いや、しかし強度は、それに劣らぬ……」
(別系統て。私の人生、いつの間にかスピンオフ作品になってないですか)
「え、えっと」
居心地の悪さに耐えかねて、私は手を挙げた。
「ただの家庭料理と、ちょっと便利な《生活鑑定》なだけなんですが……。戦闘スキルも浄化魔法もありませんし」
若い神官の1人が、ぱっとこちらを見る。
「ですが、あなたの料理を口にした者は、皆、体調が回復し、心が軽くなると」
「ちゃんと食べて、ちゃんと休むと、だいたいの人は元気になりますよ?」
「そ、そういう次元の話では……」
ひそひそと騒がしくなる白い法衣の輪。
そのとき。
「……騒がしいな」
奥の席から、低い声がした。
ディルク様だ。いつの間にか来ていたらしい。
マグカップをテーブルに置き、静かに立ち上がる。
「辺境伯ディルク卿……」
神官たちの背筋が一斉に伸びる。
ディルク様は、彼らと私のあいだにすっと入り、淡々と口を開いた。
「調査自体は構わない。だが」
灰色の瞳が、レオナール様をまっすぐ射抜く。
「彼女や、この店の客を不安にさせるような真似はやめてくれ」
声は静かだ。けれど、店内の温度が一瞬下がった気がした。
「ここは俺の領地だ。領民を守るのは俺の役目であって、王都でも教会でもない」
レオナール様が一瞬言葉を失い、それからゆっくりと息を吐いた。
「……無礼、お許しください。
辺境伯殿のお心は理解いたしました。我らも、命を軽んじるつもりはありません」
レオナール様は姿勢を正し、私の方を向く。
「本日の調査は、ひとまずこれまでといたします。ただし、この現象は、女神の御業に関わる重大事。
詳細は、必ず王都に報告いたします」
「は、はあ……。あの、本当に、ただのカフェなんですけど」
「それを決めるのは、もはや我らではないので」
何とも言えない笑みを残し、白い一団は店を後にした。
鈴の音が遠ざかり、静寂が戻る。
「……はぁぁぁぁぁ」
私はカウンターにもたれかかって、盛大にため息をついた。
「り、リリアナ様、大丈夫ですか」
「だ、大丈夫……。マリア、お水ください。ノエル君は、さっきから裾離して」
「だって、連れていかれるかと思って」
「持っていかれませんから」
苦笑しながら、私はそっと自分自身に《生活鑑定》を向けた。
《生活鑑定》
対象:リリアナ・フォン・グランツ
体力 :中
精神疲労:中
加護 :?
職業 :カフェ店主(仮)
「……仮って何」
思わずつぶやくと、カウンターの向こうでディルク様がわずかに眉をひそめた。
「何か問題でもあるのか」
「いえ。ちょっとシステム側に、私の職業を勝手に更新しようとしている節がありまして」
「分からんが」
ディルク様は、いつもの穀物コーヒーを一口飲み、ぽつりと呟く。
「少なくとも今は、ここで店を開いている。それで十分だ」
胸の奥が、ふっと温かくなる。
(そう。私は、ここでカフェをやりたいだけ。聖女でも、英雄でもなくて)
「……はい。全力で、のんびりします」
女神だの加護だの、王都だの教会だの。
騒がしい言葉は、湯気の向こうに追い出してしまおう。
まずは目の前の一杯から。
私は新しいスープ鍋のふたを開け、《生活鑑定》の文字をもう一度のぞき込んだ。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
ついに教会が本格参戦、のんびりカフェに「聖女候補」フラグが立ってしまいました。
ディルク様はどこまで守り抜けるのか、そしてリリアナの「職業:カフェ店主(仮)」はいつ本採用されるのか……続きが読みたいと思っていただけたら、評価・ブックマークをぽちっと応援してもらえると、とても励みになります。




