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「連載版」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています  作者: 夢見叶
第2章 カフェ開店と辺境スローライフ

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番外編1 社畜式お片付け講座、はじまります

 その日の営業を終えたカフェには、スープと穀物コーヒーの名残の香りが、ふんわりと漂っていた。


「今日も、よく働きましたね」


 カウンターの中からそう言うと、マリアがふうっと息をつき、ノエルは椅子に突っ伏した。


「足、終わってる……。オレ、もう動けない……」


「ノエル、まだ床の拭き掃除と、食器の片付けと、在庫チェックが残っていますよ」


「地獄の追い打ちだ……」


 分かりやすく絶望するノエルに、思わず笑ってしまう。


「じゃあ今日は、私の前世……じゃなくて、実家仕込みの時短片付け術を教えます」


「じったん……?」


「時短、です。短い時間で、さっさと片付けるやり方のことです」


 社畜時代、終電前のオフィスで身についた技術である。あれをカフェ用に応用すればいい。


「まずは、分類です」


「ぶんるい……?」


「はい。ノエルは、洗い物になるものだけを一箇所に集めてください。マリアは、明日も使うものと、今日はもう使わないものを分けて、カウンターの上からどかしていきましょう」


「な、なんだか急に指示が飛び始めました……!」


「いいから動けってことだろ。分かった分かった」


 軽口を叩きながらも、ノエルは素直に立ち上がる。まだ育ち盛りだからか、回復が早くてうらやましい。


 私は《生活鑑定》で店内の様子をちらりと見渡す。


 床の汚れ 小

 食器の汚れ 大

 在庫メモ 未作成 


(うん、在庫メモが真っ赤に光る前に終わらせたいな)


「リリアナ様、集め終わりました」


「ありがとうございます。ではマリア、その山を一度に全部洗おうとしないで、種類ごとに分けてください。カップ、皿、カトラリーで山を作る感じです」


「種類ごとに……ですか?」


「はい。その方が、洗って、拭いて、しまう時に動きが少なくてすみますから」


 前世の自分の声が、頭の中で蘇る。


 同僚と一緒に、書類の山を前に叫んでいたのだ。


(とりあえず、種類ごとに分けましょう。話はそれからです)


 思い出して、少しだけ苦笑する。


「ノエルは、テーブルを拭きながら、汚れがひどいところだけ声をかけてください。そこは、あとで私が仕上げます」


「なんで?」


「ノエルは手が早いですけど、力が強いので、木目が傷むといけませんから。細かいところは、私の仕事です」


「……分かった」


 ノエルは、ちょっとだけ嬉しそうに頷いた。褒められたのだと理解しているのだろう。


「では、片付け開始です。目標は、穀物コーヒー一杯ぶんの時間で、カウンターの上を空っぽにすること」


「なんか急にゲームっぽいこと言い出しましたね、リリアナ様……」


「ゲーム感覚でやると、案外楽しいんですよ?」


 私は袖をまくり、洗い場に立つ。


 カプ、と蛇口をひねり、お湯をためていく。その間に、カトラリーを一気に放り込んだ。


「小さいものから片付けると、目に見えて減っていきます。達成感が出て、やる気が続きますよ」


「た、達成感……」


「なんか、分かる気がする。山が減ると、ちょっと気持ちいいんだよな」


 ノエルの言葉に、思わず笑う。


(うん、その感覚、大事)


 私もそれで、何度も残業を乗り切ってきたのだから。


     ◇


「カウンター、だいぶすっきりしましたね」


「テーブルも全部拭けました」


「食器も、最後の一枚です」


 本当に、穀物コーヒーを飲み終えるくらいの時間で、店内は一気に片付いていった。


 マリアがきょろきょろと周囲を見回し、感嘆の声をあげる。


「いつもより、ずっと早いです……! まだ暖炉の火も、たっぷり残っていて」


「そのぶん、少しゆっくり温まってから帰れますね」


「ノエル、薪を一つ足してきてください。燃えすぎないように」


「了解」


 ぱたぱたと動く二人を見ながら、私は帳簿を開いた。


 これも、前世で叩き込まれた習慣だ。今日の売上、使った食材の量、次の買い出しで必要なものをざっとメモする。


「……リリアナ様、数字を見る顔が、なんだか怖いです」


「褒め言葉として受け取っておきます」


「どういうこと!?」


 ノエルが戻ってきて、思い切りツッコミを入れてきた。


「数字の怖さを知っている方が、お店を長く続けられますからね。赤字続きだと、いくら楽しくても終わってしまいます」


「赤字って、そんなに怖いの?」


「はい。前の人生で、何度も見ました」


 つい口が滑って、ノエルとマリアが同時に首をかしげる。


「前の……?」


「実家の帳簿の話です。気にしないでください」


 さすがに、社畜OLだったとは言えない。


 私はさらさらとペンを走らせ、今日の最後の一行を書き込んだ。


 今日も、みんなで笑って終われた。


 それだけで、十分に黒字だ。


     ◇


 戸締まりを終え、店の灯りを落とす。


「おつかれさまでした」


「おつかれ……」


「お疲れさまでした、リリアナ様」


 店の前の雪道に、私たちの足跡が並ぶ。


 ふと、ノエルがぽつりと呟いた。


「なんかさ。前より、片付け嫌いじゃなくなったかも」


「それは、いい傾向ですね」


「オレ、あんまり頭よくないからさ。こうやってやり方教えてもらえると、ちょっと自信つく」


 その言葉に、胸が少しだけ温かくなる。


「じゃあ今度は、在庫管理と仕込みの段取りも、一緒にやってみましょうか」


「……え、まだなんかあるの?」


「いくらでもありますよ。社畜……いえ、働き者の世界は、奥が深いんです」


「ちょっと今、変な単語混ざりませんでした?」


 ノエルのツッコミに笑いながら、私は夜空を見上げる。


 白い息が、星の光に溶けていった。


(この子たちと一緒なら、きっと大丈夫)


 カフェのお片付け講座は、まだ始まったばかりだ。

お読みいただきありがとうございます!

社畜式お片付け講座、楽しんでいただけましたでしょうか。

リリアナのブラック企業サバイバル術は、今後も本編や番外編でちょこちょこ出していく予定です。

少しでも「続き読みたい!」と思っていただけたら、評価・ブックマーク・感想で応援してもらえると、とても励みになります!


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