第16話 雪祭りとパンケーキ試作地獄
雪の街に、浮き立った空気が混ざり始めたのは、ある朝のことだった。
「今年も雪祭り、やるんだってさ!」
モーニングセットをかき込んでいた兵士ロルフさんが、湯気の向こうから顔を上げた。
「広場に氷像と屋台が並ぶんだ。カフェも出したらいいのにって、隊のみんなで話しててさ」
「屋台、ですか?」
私はカウンター越しに首をかしげる。
雪祭り。冬の一大イベントだ。
「甘いものがあると、子どもが喜ぶよねえ」
常連のおばさま、エルザさんも頷いた。
「この店の甘い匂い、広場まで持っていったら、行列になるわよ」
「行列……!」
前世社畜としては、イベント=残業地獄という図式が頭をよぎる。でも今の私は、自分のカフェの店主だ。
「でしたら、何か出させていただこうかな」
私は穀物コーヒーのポットを拭きながら、笑った。
「お祭りといえば、甘いものですよね。ふわふわで、あったかくて……」
頭の中に浮かんだのは、前世で通ったカフェの分厚いパンケーキ。
(小麦、高いんだけどね)
心の中で財布を抱きしめつつ、私は決めた。
◇
「……というわけで、パンケーキ屋台を出したいのです」
その日の夕方、私は仕込みの手を止めて、マリアとノエルに宣言した。
「パンケーキって、あの高いやつの粉をいっぱい使うやつですよね……?」
マリアが、おそるおそる聞いてくる。
「そう、小麦粉。でも全部小麦にすると、原価が跳ね上がります」
「だろうなあ」
ノエルがため息をついた。
「子どもも兵士も食べられる値段にするんだろ? 赤字になったら、祭りどころじゃねえぞ」
「そこで、雑穀の出番です」
私は袋をテーブルに置いた。
「オート麦と粗挽きの雑穀を混ぜて、生地の半分くらいを置き換えます。卵白をしっかり泡立てて、ふわふわ感はそっちで補う作戦です」
「さすが前世社畜……じゃなくて、リリアナさん」
「今さら訂正しても遅いですよ、ノエル」
苦笑しつつ、私は《生活鑑定》を起動する。
小麦粉、オート麦、雑穀、卵、牛乳。それぞれに淡い文字が重なる。
冷え −1
体温 +2
満腹感 +2
幸福感 +?
まずは試作1号。
雑穀多め、卵少なめ。鉄板の上でじゅう、と音を立てる生地に、甘い香りが立ちのぼる。
「おお、うまそうじゃん」
「見た目は、ですね」
皿に盛って、みんなで一口。
「……かたいです」
マリアが、頬を引きつらせた。
「うん。パンケーキというより、ちょっと甘い兵糧丸だな」
「表現がひどいです、ノエル」
《生活鑑定》を見ると、「満腹感+3 幸福感+1」。お腹にはたまるけれど、心が浮き立つ感じは弱い。
「雑穀を減らして、小麦を少し増やしましょう。卵白ももっと泡立てて……」
それからしばらく、厨房は粉の海になった。
試作2号は中まで火が通らずべちゃっと失敗。3号は焼きすぎて表面が真っ黒。4号は塩を入れすぎて、ノエルの顔がしかめ面で固まった。
「……甘いもの、ですよね? これ」
「しょっぱいパンケーキも、斬新かと」
「やめてください、お嬢様」
マリアの静かな止めが入る。
配合をいじり、焼き方を変え、卵白を泡立てすぎて腕をぷるぷるさせ……気づけば外は真っ暗だった。
「ただいま」
扉の鈴が鳴いて、低い声が響く。
「おかえりなさい、ディルク様」
いつもの奥の席に向かおうとしたディルク様が、カウンターの惨状を見て、ぴたりと足を止めた。
「……何の戦場だ、これは」
粉だらけの台の上、失敗したパンケーキが山のように積まれている。
「雪祭り用のパンケーキを試作していたのです。でも、なかなか納得がいかなくて」
私はエプロンについた粉を払いながら、笑ってみせた。
「ちょうどいいところに。試食、お願いしてもよろしいですか?」
「俺は、料理の味を語れるほど舌が肥えているわけじゃないが」
「いつも穀物コーヒーを飲んでくださる方の意見は、信頼できますから」
そう言うと、ディルク様はわずかに目をそらし、腰を下ろした。
「……分かった。ひとつだけだぞ」
「今のところ、ひとつで十分危険ですからね」
ノエルのひそひそ声は聞こえなかったことにして、私は、一番マシだった7号を皿にのせる。雑穀は控えめ、小麦と卵を増やし、表面はきつね色。上には、はちみつと少しのバター。
フォークを入れると、中からふわりと湯気が立つ。
「いただきます」
ディルク様が一口、ゆっくりと噛む。
「ど、どうでしょうか……?」
我慢できずに尋ねると、彼は少しだけ目を細めた。
「……悪くない」
胸の中で、ぱっと花が咲く。
「それは、成功ということでよろしいでしょうか」
「ああ。さっき出された、何番目か分からない固いやつよりは、ずっといい」
「番号覚えていらしたんですね……」
ノエルが小声でつぶやく。
「甘さも、しつこくない。冷えた体が、ほどけていく感じがする」
ぽつぽつと続く言葉に、《生活鑑定》を起動する。
雪解けパンケーキ(試作7号)
体温 +2
満腹感 +2
疲労感 −1
幸福感 +3
(きた)
思わず、拳を握りしめそうになるのをこらえる。
「雪が解けるみたいに、ですね」
私が呟くと、ディルク様がこちらを見る。
「このパンケーキの名前です。雪解けパンケーキ、なんてどうでしょう」
「……悪くない」
「出ました、2回目の悪くない」
マリアがくすっと笑い、ノエルも肩をすくめる。
「じゃあ、祭り当日はそれを山ほど焼けばいいんだな」
「ええ。生地はある程度まで仕込んでおけますし、当日はノエルとマリアと3人で焼きましょう。屋台の配置と動線は……」
頭の中に、前世のイベント会議の図が浮かぶ。
目標は数字だけじゃない。
この街の人たちに、「幸福感+3」を配ることだ。
◇
夜の仕込みを終えたあと、私はカウンターの上に紙を広げた。
「ここが中央広場で、氷像がこの辺り。パンケーキの屋台はここがいいかな……」
ペン先を走らせながら、口元がゆるむ。
「前世でも、こんなにわくわくしながらイベント準備したこと、なかったな」
外では、雪が降っている。
「よし。雪解けパンケーキ、成功させよう」
私は紙をくるりと丸めた。
雪祭り本番まで、あと少し。
(この話は事前に共有されたプロットを元に執筆しています)
ここまでお読みいただきありがとうございます!第16話はいよいよ雪祭り準備と「雪解けパンケーキ」回でした。ディルク様の不器用な「悪くない」二連発、少しでもきゅんとしていただけていたら嬉しいです。続きが気になるな、応援したいなと思っていただけましたら、評価やブックマークを頂けると執筆の励みになります!




