第14話 騎士団ご一行様と、回復スープ騒動
お昼どきの波がようやく落ち着き、私はカウンターの中でひと息ついた。
「マリア、パンはあとどれくらい?」
「あと1籠ですね。スープも、鍋の半分ほどです」
ほっとした、そのとき。
ガラッ、と勢いよく扉が開いた。
冷たい風と一緒に、金属のきしむ音が流れ込んでくる。振り向くと、鎧姿の男たちが何人も、どっと店の中へ。
(うわ、本物の騎士団ご一行様)
空気が一瞬だけ張り詰める。私は慌てて笑顔を作った。
「いらっしゃいませ。奥の大きなテーブルへどうぞ」
「ここで合ってるか? 例のカフェは」
「ロルフが、討伐帰りはここであったまれって」
先頭の男が私を見る。30代くらい、鋭い目だけど優しげな雰囲気もある。
「お前さんが店の主か?」
「はい。リリアナと申します」
「俺はクラウス・ハルトマン。ノルドハイム駐留騎士団の隊長だ。今日は魔物討伐の帰りでな。腹と体を温めたい」
「それなら、ぜひゆっくりしていってください」
私はマリアに目配せする。
「マリアはタオルと毛布を。ノエル君は水とパンの準備をお願い」
「承知しました」
「了解っす。……みんな顔色ひど」
騎士たちを見回しながら、私は《生活鑑定》を起動した。
《生活鑑定》
対象:ノルドハイム駐留騎士団
疲労度 MAX
体温 低下
筋肉痛予備軍 ++
眠気 大
(真っ赤じゃない。これ、普通の量じゃ足りないわね)
私は台所へ走り、冷蔵庫と棚の中身を片っ端から鑑定する。
にんじん:体力回復 中/体を温める 中
かぶ :消化 優/体温 +
豆 :持久力 +1
塩漬け肉:疲労回復 小/塩分やや多め
(よし、温野菜と豆のスープを、戦士仕様で)
大きな鍋に油をひき、根菜をじゅっと炒める。香りが立ったところで豆と水、骨付き肉の出汁を投入。浮いてくる余分な脂と塩はこまめにすくった。
「ノエル君、パン全部、耳までカリッと焼いて」
「全部? マジっすか」
「足りなかったら、また焼きましょう」
鍋の中で具材がとろとろになってきたところで、冷えに効くハーブをひとつまみ。
(前世で徹夜明けに飲んだ、アレ系スープだと思ってくれればいいわ)
深めの木皿になみなみとよそい、こんがりパンを添える。湯気ごしに、やさしい匂いがふわりと広がった。
◇
「お待たせしました。討伐帰り用、回復スープセットです」
テーブルに次々と置いていくと、騎士たちの視線が一斉に吸い寄せられた。
「……いい匂いだな」
「腹が鳴る……」
1人がおそるおそるスプーンを動かし、そのあと一気に全員が食べ始める。
しばらく、店内には咀嚼の音だけ。
(静かすぎる。もしかして口に合わなかった?)
不安になって、こっそり《生活鑑定》をもう1度。
《生活鑑定》
対象:ノルドハイム駐留騎士団
疲労感 −2
体力 +2
体温 +2
安心感 +2
(ちゃんと戻ってる……!)
ゲージがじわじわ回復していくのを見守っていると、クラウス隊長が大きく息を吐いた。
「……生き返るな、これは」
その一声を合図に、周りからも声が上がる。
「芯から温まる」
「肩の重さが軽くなっていく感じがする」
「塩辛くないのに、ちゃんと力が入る」
私はほっとして、軽く頭を下げた。
「お口に合って良かったです」
「リリアナ殿」
隊長が私の名を呼ぶ。
「俺たちの状態、何か分かるのか?」
「えっと、ざっくりですけど、どこが疲れているかとか、冷えているかとか……。企業秘密ということで」
笑ってごまかすと、隊長もふっと笑った。
「なるほど。さすが閣下の見込んだ店だ」
「閣下……ディルク様が、ですか?」
「ああ。街に、新しい支援拠点ができたとおっしゃっていた」
支援拠点。その言い方に、胸の奥が少しくすぐったくなる。
◇
「ごちそうになった。勘定を頼む」
食べ終えたあと、クラウス隊長がカウンターにやってきた。
「本日のスープセットはこちらになります。討伐帰りのお疲れさま割引もつけておきますね」
「いや、ちゃんと払わせてくれ。こういう店は、長く続いてもらわんと困る」
差し出された硬貨は、必要な分より少し多い。
「お気持ち、ありがたく頂戴します」
木箱に落ちる音を聞きながら、隊長が店内を見渡す。
「……ここは、戦場の後方支援拠点だな」
ぽつりとこぼれた言葉に、私は目を瞬いた。
「戦う前に気合を入れる場所じゃない。戦って帰ってきた連中が、まだ戦えるって顔に戻れる場所だ」
「そんなふうに言っていただけるなんて、光栄です」
「次の討伐のあとも寄らせてもらう。おい、お前ら!」
隊長が振り返り、部下たちに声をかける。
「任務明けのルートに、この店を組み込むぞ」
「「了解です!」」
元気よく返事が飛び、店内が笑いに包まれた。
◇
騎士団が去り、静けさが戻る。
「……すごかったですね。皆さま、顔色が見違えるようでした」
マリアがトレーを抱えたまま言う。
「鑑定の数字も、ぐいっと戻ってましたしねえ」
ノエルが皿を片付けながら、妙に真剣な顔をする。
「完全に、あれっすよ。バフ料理」
「どこでそんな言葉覚えたの」
「リリアナさんが前に、これ完全にバフだよねって」
(うわ、前世用語、口に出してた)
私は咳払いをして、カウンター下からメモ帳を取り出した。
「ええと……討伐帰り用回復スープ……っと」
さっきの《生活鑑定》の数字を書き留めていく。
疲労感 −2
体力 +2
体温 +2
安心感 +2
(ごはんでここまで変わるなら、もっと工夫できるはず)
「……バフ料理、研究リスト入り決定ね」
ぽつりとつぶやいた私の声は、湯気と一緒に、静かな店内へ溶けていった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
騎士団ご一行様&クラウス隊長、初登場回でした
討伐帰りの騎士たちを《生活鑑定》でチェックして、
リリアナが「バフ料理」で回復させる――
作者的には、ようやく「ごはんで支えるヒロイン」の本領が
少しだけ発揮できてきたかな、と思っています。
そしてさりげなく判明した、
ディルク様の「ここは支援拠点だ」という評価。
無愛想に見えて、ちゃんとリリアナの居場所を
戦う人たちの帰る場所として認めてくれているのが、
書いていてとても好きなポイントです。
今回から、リリアナのカフェは
「おいしいだけじゃなく、ちゃんと役に立つ場所」へと
一歩進んだ感じになります。
今後もバフ料理(?)はどんどん増えていく予定なので、
お付き合いいただけたら嬉しいです。
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どうぞこれからも、
『のんびりカフェ』と辺境のみんなを
見守っていただけたら嬉しいです




