第13話 貴族嫌いの猟師さんと、あなた用の一杯
昼下がりのカフェは、久しぶりに静かだった。
朝の賑わいが落ち着いて、テーブルには飲み終えたカップがいくつか、暖炉の火だけがぱちぱちと音を立てている。
「なあリリアナ様、今日ってちょっと暇じゃないっすか」
カウンターの中でノエルが、布巾をぶらぶらさせながらぼやいた。
「静かな時間にこそ、掃除と仕込みです。こういう時に差がつくんですよ」
「また社畜っぽいこと言ってる……」
前世社畜の習性を指摘されて、苦笑いしかけたその時。
カラン、と扉の鈴が鳴った。
入ってきたのは、年配の男性。
雪で白くなったコート、煤けた革手袋。ぎらりとした目だけは、若い兵士よりもよほど鋭い。
その視線が看板から店内、そして私で止まり、ふん、と鼻が鳴る。
「ここが、貴族の小娘がやってるって店か」
「いらっしゃいませ。本日はようこそ」
いつも通り丁寧に頭を下げると、男の人はさらに眉をひそめた。
「わしはグンター。森の猟師だ。……貴族の店なんぞ、ろくなもんじゃないと思っとる」
(第一声から全力で来ましたね)
「ご心配にはおよびません。ここでは皆さん、ただのお客さまです。猟師さんも、元公爵令嬢も」
「口が達者なお嬢だな」
そう言いながら、グンターさんはカウンター席にどかりと腰を下ろす。
その足取りを見て、私は小さく目を細めた。
(今の、ちょっと引きずっていたような……)
片足に体重をかけないようにしているせいで、歩き方がわずかに不自然だ。
椅子の背もたれをつかむ手も、ほんの少し震えている。
私はそっと《生活鑑定》を発動した。
対象:グンター
古傷 +
冷え +
関節痛 +
(やっぱり。だいぶ無理を重ねている足……)
「で、ここじゃ何を出す。甘ったるいだけの菓子か」
「ふふ。甘いものもありますけど……」
私は棚に並んだ穀物とハーブを見上げながら、頭の中でレシピを組み立てる。
(森仕事帰りの冷えと関節。体を温めて、塩分は控えめ。けど、ちゃんと力は出るように)
「もしよろしければ、猟師さん向けの一杯を試してみませんか」
「猟師向けだと?」
「雪の森から戻ってきた体のための穀物コーヒーです。関節を温めるハーブを少しと、塩気控えめの温野菜スープをセットで」
グンターさんの目がじろりと細くなる。
「そんなもんで、この足がどうにかなると思っとるのか」
「一度で全部は難しいですが、今日より少し楽にすることは、できると思います」
前世でも、無理して壊した膝や腰をたくさん見てきた。
あの時は、残業と根性論の前に何も言えなかったけれど、今なら言える。
「それと、味にはちゃんと自信があります。もしお気に召さなければ、お代はいりません」
「おい、タダにする気か」
「気に入ってくださったら、きちんと頂きます。その方が、私も嬉しいので」
サービス残業は二度としない、と前世で決めた。
でも、お客さまが納得して払ってくれるお金は、堂々と受け取りたい。
「……好きにしろ」
ぶっきらぼうな一言を合図に、私は素早く動き出した。
香ばしく焙煎した穀物ブレンドに、体を温めるハーブをひとつまみ。
大鍋で煮込んだ根菜スープは、いつもより少しだけ塩を控える。
穀物ハーブブレンド
冷え −2
関節のこわばり −1
気力 +1
(うん、このくらいなら、初回としてはちょうどいいはず)
「お待たせしました。まずはこちらを、ゆっくりどうぞ」
湯気の立つカップとスープ皿を目の前に置くと、グンターさんはしばらく無言で見つめ、それから一口。
熱さを確かめるように息を吹きかけて、ぐい、と飲む。
ごくりと喉が鳴った。
「……ほう」
低く漏れた声に、思わず息を止める。
続けてスープを一さじ。噛みしめるように飲んだあと、固くなっていた肩が少しだけ落ちた。
「いかがですか」
「うるさい」
即答だった。
けれど、その声にはさっきまでの刺々しさがない。
グンターさんは黙々と、最後の一滴まで飲み干した。
それから椅子から立ち上がり、足を軽く踏みならす。
「……体が、少し軽くなった気がする」
私はほっとして、思わず笑みがこぼれた。
「よかった。足を大事になさってくださいね。冷えは、あとから一気に来ますから」
「医者かお前は」
むくれたように言いながら、出口へ向かう背中。
扉の前でふと立ち止まり、こちらを振り返る。
「貴族ってのは、いつも上からものを見とると思っとった」
「……」
「だが、お前はちゃんと、こっちを見ておる」
短い一言とともに、分厚いコートの背中が、雪の光の中へ消えていった。
「……今の、褒められましたよね、私」
ぽかんとしていると、いつの間にか近くに来ていたノエルが、鼻を鳴らす。
「当たり前だろ。今の人、あの辺りの猟師の頭みたいな人だぞ」
「えっ」
「貴族嫌いで有名でさ。機嫌損ねたら森の連中、誰も寄りつかねえレベル。……まあ」
ノエルは、空になったカップをひょいと持ち上げて、底をのぞき込んだ。
「さっきの一杯なら、俺も飲んでみたいですけど」
「ふふ。それじゃあ今度、ノエル用に調整しましょう。買い出し少年向けの一杯」
「名前どうにかしてください」
いつもの毒舌が返ってきて、胸の奥の緊張がふっとほどける。
(試されていたのに、最後には少しだけ認めてもらえた)
暖炉の火と、カウンターに残る穀物の香り。
外では雪が静かに降り続けている。
(この店が、あの猟師さんにとっても、帰ってこられる場所になりますように)
私はメモ帳を開き、ページの端に小さく書き込んだ。
猟師さん向けブレンド 定番化要検討。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
第2章第13話、貴族嫌いの猟師グンターさん登場回でしたが、いかがでしたでしょうか。
「グンターさんちょっと気になる」「このカフェ、また覗いてみたいかも」と少しでも思っていただけましたら、
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次回も、辺境カフェでお待ちしています




