第12話 兵士と子どもと領主様、常連第一号決定
翌朝、カフェの窓は白く曇り、吐く息は店の中でも白かった。
「……さむ。スープ、今日は多めに作らないと」
私は大鍋をかき回しながら《生活鑑定》を起動する。
冷え+
体温+
疲労感−
ちゃんと体を温めてくれる表示に、ほっとする。
看板をモーニングにひっくり返した瞬間、ベルがからんと鳴った。
「ここか? 噂の店ってのは」
「昨日、エルザさんが言ってたとこだろ」
分厚いコートの兵士たちが雪を落としながら入ってくる。鑑定すると、
寝不足++
二日酔い+
冷え++
危険な数値ばかりだ。
「いらっしゃいませ。モーニングの穀物コーヒーとオート粥、いかがですか?」
「それを全員分だ」
「はい。少しだけ、お体に合わせて味を変えますね」
私は二日酔いがひどい兵士のカップにだけハチミツを足し、胃弱と出た人にはミルク多めで薄める。
香ばしい匂いが広がり、湯気の向こうで兵士たちが一斉にカップを傾けた。
「……お?」
「香りは濃いのに、胃が楽だ」
「粥もうめえ。生き返るな」
ため息まじりの声と共に、ゲージが少し戻っていく。
疲労感−1
体温+1
安心感+1
うん、上出来。
◇
昼が近づくと、今度は市場帰りの人や職人たちが入ってきた。
「ランチはあるのかい?」
「はい。温野菜と豆のじっくり煮込みスープです。今日は戦士仕様で少し濃いめですよ」
私は冷蔵庫と棚をざっと鑑定し、塩分控えめ・出汁濃いめに調整する。パンは耳までこんがり。
スープを出された職人たちは、無言でスプーンを動かし、しばらくして揃って息をついた。
「昼からこんな贅沢、癖になりそうだ」
「体の芯からあったまるな」
店の空気まで、ふわりとやわらかくなる。
「ノエル、水差しもう1本お願い」
「分かってる!」
ツンとした返事と機敏な動きに、思わず笑みがこぼれた。
◇
ランチの波が引いた頃、扉がそろりと開き、小さな男の子が顔を出した。ぶかぶかの上着に、すり減った靴。鼻先が真っ赤だ。
「いらっしゃいませ」
私が声をかけると、子どもはびくっとする。
「おい坊主。ここは店だぞ。金、持ってんのか?」
ノエルの容赦ない一言に、慌てて止めに入った。
「ノエル、脅かさないで。こんにちは。名前は?」
「……テオ」
鑑定すると、
冷え++
空腹++
不安+
予想通りの表示。
「お金がなくても大丈夫。その代わり、ちょっとお手伝いしてくれる?」
「お手伝い?」
「裏の水桶が重くてね。運ぶのを手伝ってくれたら、おやつを少しサービスしちゃう」
「おいリリアナ、それはただの――」
「物々交換よ。ね、ノエルも一緒に」
「……しょうがねえな」
ノエルはぶつぶつ言いながらも、テオを連れて裏へ向かった。
戻ってきたテオの頬は、少しだけ赤くなっている。
「がんばってくれたから、ご褒美ね」
私はミルクで薄めた穀物コーヒーと、小さなクッキーを2枚、皿にのせて差し出した。
「……おいしい」
ぽつりとこぼれた声と同時に、不安+の文字が薄くなる。
その日の午後、テオは友達らしい子どもを2人連れて再び現れた。
「ここ、あったかいとこなんだ!」
「おれも水運ぶ!」
「順番よ、順番」
気づけば暖炉前の席は小さな子どもたちでいっぱいになり、クッキーをかじる音と笑い声で満たされた。
「……なんだか、幼稚園みたい」
私の独り言に、マリアがくすっと笑う。
「いいじゃありませんか。街の子どもにも居場所ができました」
「そうね。うれしいわ」
◇
子どもたちが帰り、店内が静かになった夕方。
「ふう……。今日は本当に、いろんな人が来てくれたわね」
「お嬢様、まだ一番の常連様がいらしていませんよ」
マリアの言葉に顔を上げると、奥の暖炉そば――“ディルク席”に、いつの間にか黒いコートの人影が座っていた。
「えっ、ディルク様!」
「さっき来た」
穀物コーヒーのカップを片手に、領主様は短く答える。ノエルが気を利かせて出したらしい。
「いつものやつでいいと伝えた」
「かしこまりました。ノルドハイム・ブレンド、いつもの濃さですね」
私は改めて一杯を淹れ、そっとテーブルに置いた。
「ここは静かでいい。……子どもが騒いでいた時も、悪くなかった」
「見ていらしたんですね」
「この街の子どもが、暖炉の前で眠そうな顔をしている。それだけで、ここが安全だと分かる」
さらりと告げられた言葉に、胸がじんとした。
「それは領主様が来てくださるからです。皆さん、領主様のお姿を見て安心して入って来られますから。本日の代金は……領主様割引です」
私は笑って、会計の皮袋を押し返す。
「領主様割引?」
「はい。領主様がここで一息ついてくださることが、うちにとって一番の宣伝ですから」
短い沈黙のあと、ディルク様は小さく息をついた。
「……好きにしろ」
その姿を見た通行人が「領主様もいるなら安心だな」と言いながら扉をくぐってくる。兵士も職人も、みんな同じ湯気の中でカップを傾けた。
閉店後、灯りを落とす前に、私は《生活鑑定》をそっと広げてみる。
誰もいない店内に、うっすら安心感+の色が残っている。
「ディルク様がくつろいでくださる場所を作れたなら、それだけで今日の目標は達成、かな」
小さくガッツポーズをして、私は鍵を閉めた。
窓の外では、静かに雪が舞っている。
カフェはもう、私だけの夢じゃない。街のみんなの居場所として、少しずつ形になっていくのだと感じながら。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
今回は、兵士さんたちの朝ごはんタイムから、子どもたちのプチ幼稚園状態、そして最後はディルク様の「いつものやつ」まで、カフェが一気に「街のみんなの居場所」になっていく回でした。書いていて、リリアナの夢がちゃんと形になり始めているのがうれしくて、ついニヤニヤしながらキーボードを打っていました。
個人的には、ツンデレ雑用係ノエルと、ちゃっかり常連ポジションを取りにきているディルク様が、じわじわカフェになじんでいるのが推しポイントです。みんなで同じ湯気を囲んでいる光景を、少しでも一緒に楽しんでもらえていたらうれしいです。
少しでも「続きが気になる」「カフェ、いいな」と思っていただけましたら、評価やブックマーク、感想をぽちっとしていただけると、とても励みになります。
今後も、カフェに集まる人たちと、無愛想領主様との距離がゆっくり縮まっていく予定ですので、引き続きお付き合いいただけたら幸いです!




