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「連載版」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています  作者: 夢見叶
第1章 婚約破棄と辺境行き

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番外編② ツンツン買い出し少年、悪役令嬢を値切り現場で見た

編の第6話前後(ノエル初登場〜市場案内シーン)を、ノエル視点から描いたエピソードです。

 オレの仕事は、だいたい地味だ。


 朝一番に領主館の倉庫で品書きを受け取って、街の市場まで雪を踏んで歩いていく。野菜に肉に保存用の雑穀、たまに珍しい香辛料。

 領主様――ディルク様の領地は広いから、館の台所も兵舎の食堂も、放っておくとすぐに食材が底をつく。


 今日も、息が白くなる中、両腕いっぱいに籠を抱えて戻ってきたところだった。


「……重っ」


 玄関脇の裏口を、足で軽く蹴る。


「マリアさーん、野菜持ってき――」


 言いかけて、オレは固まった。


 扉の向こうにいたのは、見慣れたメイドのマリアだけじゃない。

 上等そうなドレスの裾、雪のない王都でしか見ないくらい繊細な刺繍。栗色の髪をきちんとまとめた、公爵家のお嬢様。


 噂の「悪役令嬢」だった。


「おー……」


 思わず変な声が出る。

 マリアが慌てて頭を下げ、それからお嬢様の方に向き直った。


「こ、こちらが買い出し担当のノエルです」


「買い出し担当のノエルです。……よろしく」


 いつもの挨拶を、いつも通りぶっきらぼうに言う。

 オレは知っている。こういう人たちに、愛想良くしたって意味がないってことを。


 貴族は、こっちなんて見ていない。

 昔、同じ孤児院のやつが貴族にぶつかったとき、謝り倒しても許されなかった。代わりに院長がひたすら頭を下げて、それでもあの偉そうな男は鼻で笑って去っていった。


 だから、オレは最初から距離を取る。

 どうせ、このお嬢様だって――


「リリアナ・フォン・グランツです。これからお世話になります、ノエル君」


 柔らかい声が、思っていたのと違うところに落ちてきた。


「……公爵の、お嬢様」


 思わずにらむような目になってしまう。けれど彼女は気にした様子もなく、にこっと笑った。


「ちょうど市場を見て回りたかったんです。良ければ案内してもらえますか」


「えっ」


 声が裏返る。マリアまで「えっ」と同じ顔をしていた。


「ここで暮らすなら、物の値段を知らないと。生活設計、大事ですから」


 生活設計。

 貴族の口からそんな言葉が出てくるなんて、聞いたことがない。


「……分かりました。足元、気をつけてくださいよ。転ばれたら俺が怒られる」


「気をつけます。ノエル君も、荷物持ちすぎないでくださいね」


 なんだそれ。

 オレは心の中でぶつぶつ言いながらも、結局、その日のお嬢様の市場ガイドをすることになった。


     ◇


「ここが市場で、その先が中央広場っす」


 通い慣れた道を歩きながら、なんとなく早足になってしまう。

 けれど後ろから聞こえるコツコツという足音は、ちゃんとついてきていた。


 振り返ると、お嬢様は裾を踏みそうになりながらも、真剣な顔で雪道を見ている。


「本当に、全部真っ白ですね……」


「当たり前ですよ。ここ、辺境なんで」


 少し皮肉っぽく言ってみたが、怒った様子はない。

 代わりに、露店を見つけたリリアナ様の目がきらっと光った。


「このにんじん、いくらですか」


 彼女は迷いなく野菜屋の前に立ち、値段を尋ねた。

 ざっくりした数字を言われ、オレは「ああ、それくらいだよな」と納得する。辺境価格としては割と良心的だ。


 ところが。


「でしたら、この量でこの値段というのはどうでしょう。あちらのかぶも一緒に買いますので」


 笑顔のまま、さらっと条件を変えた。


 おじさんが目を瞬かせる。


「お嬢さん、やるねえ。その条件で」


 袋を受け取りながら、お嬢様の口元が少しだけ上がる。

 隣で、オレは完全にぽかんとしていた。


「……ほんとに値切った」


「当たり前です。お金は有限ですから」


 さらっと言うな。

 オレの中の「貴族」の像が、音を立てて崩れていく。


「貴族って、そういうの気にしないもんだと」


「お小遣い制だったので」


「……お小遣い?」


 なんだその、妙に庶民的な言葉は。

 頭の中に浮かんでいた「冷たく笑う公爵令嬢」は、いつの間にか帳簿を片手に値札を睨む姿に差し替わっていた。


     ◇


 市場を一通り回る間じゅう、リリアナ様はずっとメモを取っていた。


「雑穀は小麦よりずいぶん安いんですね。栄養も……うん、期待できます」


「期待?」


「いえ、こちらの話です」


 たまに一人で頷いたり、小さく「よし」と言ったりする。

 正直、ちょっと変な人だ。


 でも、その変さが不思議と嫌じゃなかった。


 肉屋の前で、いつもは準備されない端っこの肉まで「スープにするといい味が出るんですよ」とまとめて買ったときなんか、店の親父が笑いながら「また来てくれよ」と手を振っていた。


 オレは無意識に数えていた。

 彼女が、何回「ありがとう」と言ったかを。


 多すぎて、途中で数えるのをやめた。


     ◇


 帰り道、両手いっぱいの袋を抱えながら、マリアとリリアナ様が話していた。


「ノルドハイムも、昔に比べればずいぶん賑やかになりました」


「ディルク様のおかげ、ですか」


「……はい。でも、そのお話はいつかご本人の口から聞いてください」


 マリアが少し寂しそうに笑う。

 オレは前を向いたまま、小さく付け足した。


「領主様を悪く言わない貴族なんて、初めて見ましたけど」


「悪く言う理由がありませんもの。私を罪人ではなく客として受け入れてくださった方ですよ」


 当然のように、彼女は言う。


 罪人じゃなく、客。

 その言葉が、胸の奥でひっかかった。


 オレだって、昔は「邪魔なガキ」扱いだった。

 ここに拾われて、仕事をもらえて、ようやく「ノエル」と呼ばれるようになった。


 だからこそ、その言い回しが、なんとなく分かってしまう。


 しばらく黙って歩いてから、オレは鼻を鳴らした。


「……変な貴族」


「ありがとう。褒め言葉として受け取っておきます」


 くすっと笑う声がして、思わず耳まで熱くなる。


 褒めてない。

 褒めてないけど――まあ、ちょっとだけ、悪くない。


     ◇


 その日の夜、倉庫で残りの仕事を片づけていると、台帳の端に見慣れない文字が書き足されているのに気づいた。


 「雑穀コーヒー試作用 要確保」


「……なんだこれ」


 首をかしげていると、台所の方から、焙煎器をいじるカンカンという音と、お嬢様の「もうちょっとだけ焙煎時間を……!」という声が聞こえてきた。


 オレは思わず笑ってしまう。


「ほんとに変な貴族だな……」


 でも、そんな変な人がいるなら。

 この先の辺境の暮らしも、少しくらいは面白くなるかもしれない。


 そう思ったことは、誰にも言わないでおいた。

お読みいただきありがとうございます、作者です。


今回は第1章の番外編第2弾として、買い出し少年ノエル視点のお話を書いてみました。

本編ではツンツン気味な彼ですが、心の中ではちゃんと昔のことを引きずっていたり、貴族に対する複雑な感情があったり……そんな彼の目に、リリアナがどう映っているのかを描けたらいいなと思って書きました。


市場での値切り、生活設計なんて言葉を使う公爵令嬢、台帳にひっそり書かれた「雑穀コーヒー試作用」など、のちのカフェ開店につながる小さな伏線も、楽しんでいただけていたらうれしいです。


「ノエルかわいい」「このコンビもっと見たい」「カフェオープンが待ち遠しい」と少しでも思っていただけましたら、作品への評価やブックマークをポチっとして応援していただけると、とても励みになります。

感想や一言コメントも、創作の燃料として何度も読み返しています……!


これからも、追放令嬢と無愛想辺境伯、そしてちょっとツンツンな少年たちの、にぎやかで甘くなっていく辺境ライフを書いていきますので、引き続きお付き合いいただけたらうれしいです。


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