第1話 公開断罪と、こっそりガッツポーズ
その日、私は盛大に切り捨てられた。
王城の大広間。シャンデリアが光をばらまき、磨かれた床がきらきらしている。けれど今夜は祝宴ではない。
「公爵令嬢リリアナ・フォン・グランツ」
壇上から、婚約者だったはずの王太子アルバート殿下の声が響く。隣には、か弱げな聖女クラリスがぴったり張りついていた。
(はい来ました、断罪イベント)
ここは、私が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界。私は悪役令嬢ポジションで、今日は婚約破棄と辺境送り宣告の日だ。
「公爵令嬢リリアナ。お前との婚約を、ここに破棄する」
大広間がざわめきに揺れる。私は裾をつまみ、礼だけはきっちりとした。
「……理由を、うかがってもよろしいでしょうか、殿下」
「理由など明白だ」
殿下はきっぱりと言い放つ。
「お前は嫉妬から真の聖女クラリスを虐げてきた。祈りを妨げ、悪評を流し、城外に閉じ込めて泣かせた。そうだな、クラリス」
「はい……私、何度も許してほしいとお願いしましたのに……」
ぽろりとこぼれる涙。周囲から非難の声が飛ぶ。
「聖女様をいじめるなんて」「なんて悪女だ」
(サボってたから注意しようとしただけなんだけど)
心の中でだけ小さくため息をつく。言い訳しても無駄だ。これは決め打ちされたゲームイベントだ。
「それだけではない」
殿下の声がさらに高くなる。
「リリアナ・フォン・グランツ。お前を北の辺境ノルドハイムへ追放する!」
またどよめき。父であるグランツ公爵が苦い顔をしているが、口は閉ざしたままだ。
(うん、それでいい。ここで庇ったら、公爵家ごとまとめて粛清ルートだし)
私は静かにうなずいた。
「それが殿下のご決定なのですね」
「ああ。王家としての正式な決定だ」
「かしこまりました。この婚約破棄と追放処分、謹んでお受けいたします。どうか殿下と聖女クラリス様の末永いお幸せを、お祈りしておりますわ」
空気が凍りつく。
泣き叫び、縋りつく悪役令嬢を、誰もが期待していたのだろう。実際、ゲーム本編の彼女はここで盛大に取り乱していた。
でも、私はしない。
(だってこれ、どう見てもブラック企業からの転職チャンスだから)
前世の私は、終電常連の社畜OLだった。唯一の楽しみは、日曜のカフェで飲む一杯のコーヒー。
過労で倒れ、気づけば貴族令嬢に転生。そこで心に決めたのだ。今度の人生こそ、のんびりカフェを開いて穏やかに生きる、と。
北の静かな辺境で、温かい飲み物とごはんを出す店。考えるだけで、胸の奥がふっと軽くなる。
「最後まで芝居がかった女だな。護衛たち、こいつを連れて行け」
殿下の冷たい声を背に、私はくるりと踵を返した。
◇
人気のない回廊で、足音が追いかけてくる。
「……リリアナ」
振り向けば、父が立っていた。いつも通りの整った礼服に、今日は深い皺が刻まれている。
「お父様」
「何も、してやれなかった」
低い声に、私は首を振る。
「いいえ。あの場で私を庇えば、公爵家ごと潰されていました。そうなれば領民の皆さまが困ります」
「だが……お前は、怖くないのか」
「少しは不安です。寒いところは苦手ですし」
それでも、と私は笑う。
「でも静かな土地なら、きっと落ち着きます。王都は、少し騒がしすぎました。それに――辺境でカフェを開くのが夢なんです」
「カフェ……?」
「はい。温かい飲み物とごはんを出すお店です。いつかお父様にも、淹れたてをお出ししますね」
父は目を伏せ、短く息を吐いた。
「……どうか、生き延びろ」
それだけ言って背を向ける。その背中を見送り、私は小さく呟いた。
「生き延びる、か」
前世なら重かったその言葉も、今は少し違う。
(どうせなら、生き延びるだけじゃなくて、ちゃんと幸せになってやる)
◇
城門を抜け、用意された馬車に乗り込む。荷物は最低限。分厚い扉が閉じ、車輪が軋みながら動き出した。
窓の外で、王都の街並みがゆっくり遠ざかっていく。きらびやかで、息苦しい世界。
「さようなら、王都」
小さく別れを告げ、私は背もたれにもたれた。
これで、ゲーム通りの処刑ルートは回避。代わりに始まるのは、私だけの新ルート。
北の辺境ノルドハイム行き、のんびりカフェ開店ルート。
(さあ、第二の人生。ここからが本番)
誰にも見られないよう、膝の上でそっと拳を握る。
静かな、けれど力強いガッツポーズだった。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
第1話は、リリアナが派手に断罪されて、でも内心ではこっそりガッツポーズを決めるところまででした。
悪役令嬢なのに、心の中では
「ブラック企業からの転職ラッキー」
くらいに思っているポジティブ社畜転生令嬢ですが、ここから先は、北の辺境ノルドハイムでのんびりカフェ準備編が始まります。
今後は
・元社畜目線の、ささやかにリアルなお仕事描写
・寡黙だけど優しい無愛想辺境伯様
・おいしいごはんとほっとする飲み物
を中心に、ゆるくて甘めの物語をお届けしていく予定です。
少しでも続きが気になる、応援してもいいかな、と思っていただけましたら、
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作者のやる気ゲージがぐんと上がって、リリアナのカフェ開店が早まるかもしれません。
どうぞこれからも、リリアナの第二の人生を見守っていただけたらうれしいです。




