日本脱出編 第一話:出会い
初のオリジナル投稿です!楽しいんで貰った幸いです。
日もすっかり暮れて気づけば吐く息が白く染まっていた。一月も後半に迫り冬の冷気が肌を刺すように冷たい。
僕はかじかんだ手に息を吹きかけながら,どこがどこに通るともわからない道を歩き続けていた。
理由は単純明快──迷子になっているからだ。
なぜこうなっているのか。今日という日を少し振り返ってみる。
2022年になって,大学生活も残り1年と少し。冬休みの今、僕は就活に奔走していた。
6月後半から始めたものの、未だ内定ゼロ。焦りのあまり、今日は三社の面接を詰め込んでしまった。過信がすべての間違いだった。
「橘さん、本日の面接は以上です。合否は後日ご連絡します。改めましたありがとうございました。」
「はい、ありがとうございました。」
笑顔でお辞儀し、画面越しの面接官が消える。残るのは『橘 祐一』のアカウントだけ。
ルームを出ると、椅子に深くもたれかかった。
「疲れた……」
二社目の時点で思考が限界だったが、何とか最後までやり切った。疲労困憊の脳を休ませるため、目を閉じる。
——どれくらい眠ったんだろう?
時計を確認すると,あれから40分ぐらい寝ていた。短い眠りだったが,脳は少し回復した。するとふとこんな発想が出て来た。
——今日、めっちゃ頑張ったのでは?
そうだ、こんな日は自分を思いっ切り甘やかすべきだ。ポケットからスマホを取り出し、検索。場所は前々から行きたかった喫茶店,「アリストテレス」。
経路を確認し、スーツからコートに着替え、家を出た。
——抹茶パフェを求めて
あれからGoogle Mapを頼りに喫茶店へたどり着き、待望の抹茶パフェを堪能した。
結論——めちゃくちゃ美味い。
まず抹茶アイスが絶品。口に入れた瞬間、ふわっと広がる香り。甘さだけでなく、しっかりとした苦味があり、ミルクのコクと溶け合う。「もう勝ち」だった。
だが、本番はここから。
もちもちの白玉。冷たいアイスとのコントラストがクセになる。弾力が心地よく、噛むたびに甘さが広がる。
極めつけは抹茶ゼリー。ひんやりとした口当たりとほろ苦さが一気に支配する。アイスと合わせれば温度差が絶妙。
甘さと苦さ、温かさと冷たさ、柔らかさとあの弾力と来たら——これはもう一つの作品だ。モナリザ級の名作。
満足しきって窓を見ると、外はすっかり暗くなっていた。時計は午後5時43分。そろそろ帰ろう。
コートを羽織り、店を出てスマホを確認。すると——バッテリー残量1%。
「は?」
家を出たときは40%あったはず。それが今や1%。画面が暗転し、映るのは反射する自分の顔だけ。
———どうしよう…
じわじわと焦りが広がる。だけど周囲を見渡すと、背後にカフェ「アリストテレス」、歩道にはまばらな通行人、向かいにはコンビニ。バッテリーを借りる、道を聞く、買う——選択肢はいくらでもある。
落ち着て周りを見たら全く焦らなくていいことが分かった。焦りがすっと引いていく。とりあえず足を動かそうとした。だけど——
なぜか足が止まったままだった。僕は店でも通行人でもコンビニに向かうでもない,その場で立ち尽くしてしまった。
なんとなく,このまま歩き出してみるのも悪くない気がした。
理由は……ない。でも,あるような気もする。
無理に理由をつけるとしたらたぶん……道は見えているからだと思う。見えるからこそ,そこから外れた先に何かあるかもと期待してしまう。ちょっとした曲がり角,誰も気にも留めない路地,視界の端に映る小さな明かり。そのどれにも何かがあるのではないかと期待したくなった。ずっと前に聞いたことのある哲学者の言葉を不意に思い出した。
曰く「魚は水を意識しない」と。
僕は何を意識しているのか。それとも何かを意識しすぎているのか。これ以上思索を巡らせるのをやめた。そして,手にポケットを突っ込み,ゆっくりと歩き出した。外れに何があるのかを確かめるために。
そして今,僕はすっかり道に迷ってしまっている。先ほど橋を渡ってから川に沿った道を歩き続けている。街灯はあるが,不規則に点滅している。それが何かの合図を送っているようで無機質なコンクリート道路と相まって一層不気味さを掻き立てる。人通りも全くなく,たまに車が通るぐらいだ。そのせいでここは都内なのにまるで世界から切り離されたような感覚になった。
だが歩き続けるしか選択肢はない。今の目標はとりあえずどこでもいいから店を見つけることだ。そこで充電器を貸してもらえばスマホでなんとか帰れる。僕はどこかに店はないかとあたりを見ながら歩いた。
半ばあきらめていた頃,視界の端にわずかに滲む暖色の光を捉えて反射的に足を止める。無機質な街並みにポツンと浮かぶ,ぼんやりと灯る蜂蜜色の明かり。それはこの無機質で冷え切って世界の中で唯一の〝生命〟のように見えた。
──店かな?
暗がりの奥にひっそりとたたずむレンガ造りの建物。看板があるが文字がかすれていて何と書かれてあるのか判別できない。一歩,また一歩と足を向ける。
近づくにつれわずかにするアルコールの香り,ひそかに漂う煙草のにおい,低く流れるジャズ。間違いない,ここは──バーだ。
近づいたおかげでかすれていた文字も読めるようになった。「スペクター」という名のバーだ。何気なく視線を横にずらすと、すぐ隣にシャッターの下りた倉庫が見えた。どうやら、バーと同じ敷地の一部らしい。
──にしても随分と隠れ家的なバーだ
店の第一印象はこのようなものだった。街のざわめきは遠くなってしまい歩道の脇を流れる川は静かに流れている。この一帯には人の気配がほとんどなかった。それは廃れているというより周囲を遠ざけているようだった。
そんな場所にひっそりと息づくバー,「スペクター」。
「幽霊」名を持つその店はまるでそこだけ時間の進み方が違うような錯覚さえ覚えさせた。
どうしてこんな名前なのか。そもそもこんな場所で営業を続けている理由は何なのか。
──考えてもしょうがない
スマホの充電さえできればそれでいい。それにせっかく見つけた店を引き返す理由もない。
僕は軽く息つき,そっと扉に手をかけた。
指先に伝わる、ひんやりとした感触。無垢材の扉は、思ったよりもずっしりとした重みがある。軽く押してみるが、微動だにしない。
仕方なく力を込める。扉は押されてじわじわと開かれていく。
カラン──
小さな鈴の音が透明な波紋のように店に広がる。
ふわりと外の冷たい風とは違う,わずかに温かみを帯びた空気が頬をなでる。そこにはアルコールと煙草の香り、磨かれた木の匂い、そして微かに音を立てる氷の響きが混じっていた。
視線をカウンターの方に移すとそこには一人の女性がいた。
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