鋼のアレ
「お義母さん、料理上手だしキッチン用品が良いと思うのだけれど……はがねくん。その中華鍋は置いて来なさい」
「でも母さん、中華鍋が欲しいって――」
「絶対言ってなかったでしょ?」
「……まぁ、はい」
欲しかったのは僕だ。
御堂家はガスの方が電気よりも美味いと言う方針なのか大口のコンロがあるからこれで炒飯を造りたかったのだ。中華料理は火力が命と言うし。
「……もしかして、だけれど……はがねくんは料理が出来るの?」
「簡単なモノなら、まぁ」
母子家庭の強みとでも言うべきだろうか? 僕は一通りの家事は出来る。雑だけど。
「義姉さんも普通に出来ますよね?」
たまにシフォンケーキとか焼いてるし。
「まぁ……人並みには?」
「ならやっぱり――」
「中華鍋は置いて来なさい」
やっぱりダメらしい。
僕は大人しく中華鍋を元の場所に戻してすごすごと義姉のもとに戻って来た。
「どう言うのが良いのかしら? 包丁? エプロン? ねぇ、はがねくん。これまでの母の日は――そうだったわね」
「そう言う文化は無かったですね。精々、晩御飯を僕が造ったりしたくらいです。逆に義姉さんは父の日には何を?」
「ネクタイとか、ネクタイピンとかの小物を買っていたけど……エプロンは……あのエプロン、はがねくんが作ったものでしょう?」
「えぇ、小5の家庭科で」
良く分かりましたね、と僕。
「それは、まぁ……ね?」
迷彩柄だもの、と義姉。
そうですか。迷彩柄だからですか。コレが噂の男女差別と言う奴だろうか? 良いじゃないか。別に。母さんが迷彩柄を着たって。
「あと単純に色々な部分が雑。『息子が作りました』感があるのよ」
「……」
違ったぜ! 僕の適当さを義姉が理解した結果だったぜ!
「……なら新しいエプロンで良いんじゃないですか?」
何だかんだで三年以上使ってるし。
「……いえ、お義母さんあのエプロン気に入ってるだろうからやめましょう」
「そうですか……あ、キャラもののミトン、これにしませんか?」
「漫画のキャラの? ……あのね、はがねくん。君、自分の趣味で選ぶのはやめなさい」
「いえ、母さんの趣味ですが?」
あの人、漫画大好きですが?
ガチオタですが?
「そうなの?」
「あの大量の漫画コレクション見ればわかるでしょう? そもそも僕の名前だって母さんの好きな漫画からですよ?」
「……鋼が? そうなの?」
「そうなんです。……義姉さんは前に母さんが進めてた漫画、読みましたか?」
「えぇ、面白かったわ」
それならば――、と両手を胸の前で、ぱん、と合わせる僕。
その動作で何となく察して、あー、となる義姉。
「お義母さん、ニーサンが推しなのね」
「……いえ、母さんの推しは大佐ですね」
「? それならなんで?」
「自分が僕を呼ぶときに『鋼の』って呼ぶ為ですよ、っと」
言いながらスマホを弄って昔の画像を引っ張り出し、義姉に見せる。
大佐の恰好をした我が母の横には金髪のウィッグを付けて赤いマントを着せられた男の子が満面の笑顔で両手を、ぱぁん、してた。
コスプレさせられた僕である。
満面の笑顔だが『生まれた場所に帰れ! フラスコの中の小人!』とか言ってるとこである。
「キャラの推し具合にもよりますが、ここ数年で産まれてたら僕の名前は煉獄になってましたね」
思わず遠い目になる。まさかまさかの炎柱である。
そして僕はウィッグの色を赤に変え、黒の詰襟に羽織りを着せられて「よもやよもやだ」とか言わされるのだ。
「……名字じゃない、それ」
「推しが長男なんですよ」
煉獄さんと呼びたいだけなんですよ。
「……」
「……」
「…………お、お義母さんって――」
「『って』?」
「中々お茶目な人なのねっ!」
義姉、渾身のフォロー。
でも残念。笑顔に隠し切れない困惑が混ざってますよ?
異文化。
異なった、文化。それとの接触は時に新しい視点をもたらしてくれる。
具体的には母の日のプレゼントに我が母は涙目になるほど喜んだ。「……」。そこまで喜ばれるんだったらもっと前からやっておけば良かった。
素直にそう思う。
無駄に広い御堂家の庭。そこのウッドデッキに寝ころぶ様にしながら月に向かって硬球を投げる。真っ直ぐ昇り、真っ直ぐ落ちてくる。しゅるしゅると回転する音を聞きながらソレを繰り返す。
「鋼」
名前を呼ばれる。ちら、と上目遣いで視線を向けると母さんがいた。
「プレゼント、ありがとね」
「義姉さんの提案です」
僕は引っ張られて金を半分出しただけです。
「まぁ、あんたはそんなことに気が回らないか……」
「親の教育が良かったので」
「……ごめんねぇ、余裕、無くて」
「……本気で謝るのはヤメテ下さいよ」
環境は性格の形成の要因かもしれないが、全てではない。だいたい、環境で性格が形成されるのならば僕はガチの犯罪者だ。良く犯罪者が『家庭環境が良くなかったからこんなことをやりましたー』と鳴き声を上げているが……同じ恵まれない家庭出身として、アレはとても勘弁して欲しい。自分がクズなのを他人のせいに僕も八百長やってたな人のこと言えねぇやでも家庭環境が良くなかっ――
「野球部、入ったの?」
思考の海にずぶずぶと沈む僕にそんな声。
どうやら僕が弄り回している白球に気が付いたらしい。声に滲む隠し切れない嬉しさには気が付かないふりをしつつ、身体を起こして「まさか」と返す。
「やる理由はないんだから、もうやりませんよ」
やっていたのは金の為だ。
自惚れ、傲慢、全てを取っ払った事実として、中学時代までの十五年間で、僕は僕よりも野球が上手いと思える同年代に会ったことがない。……いや、一人居たな。同年代で『ピッチャーとして勝てない』と思った相手が。だから投手からは逃げた。
それでも僕は男の子が抱き、何時か気付く夢『自分はプロにはなれない』と言うことに気が付くことはなかった。行ける。行く。そうなると確信していた。
だから野球をやっていた。
将来的に大金を稼げる可能性があったから、やっていた。
ただ、それだけ。それだけなのだ。
だが、もうそんな大金が必要ない以上もうやる必要はない。
小遣い稼ぎならSOで十分なのだからわざわざ部活に入って本格的にやる必要はないのだ。
「そう。鋼は本当に色々と不器用ね」
――誰に似たのかしら?
困った様な半笑い。威嚇する仔猫に向けられる様な複雑な感情を浮かべて、母さんは僕の頭をくしゃっと撫でた。
「兎に角、ありがとう。………………………母の日のプレゼント、嬉しかったわ」
「……」
長い沈黙の中に入れようとした言葉と、頭を撫でられた感触に僕は何とも言えない気持ちになった。
名前の由来がペット感覚!
ジャンクバードが終わった(?)けど、こっちは引き続き更新してくのでよろしくです。