休日デート
ハツカネズミに感情移入をした。
彼は実験用のラットで。
彼はその実験の結果、高い知能を得て。
彼にはいずれその知能を失う結末が待っていた。
それはまるで自分の様だと思った。
目の前の“■■”を見据え、白球を握り直す。
自分はいつか負ける。
必ず負ける。
それでも――
それでも、今は未だ――
――何だかんだ言って。
野球を辞めて良かったことは結構ある。
その一つが休日の朝だ。練習が無いので好きなだけ寝ていられる。ましてや今は四月。春眠暁を覚えず――と随分昔に謳われたモノだが、それを別にしても新学期の始まる季節であり、今回の僕は新入生。慣れない環境の中、夜遅くまで一生懸命バイトをしているのだから無限に寝られそうな気すらしてくる。
「……」
そんな訳でカーテン越しの日の光からでも結構な時間が経っているであろうことが伺える時間帯までたっぷりと惰眠を貪った僕は、ぼやける頭と視界の中、もぞもぞと枕元を探って充電器に繋ぎっぱなしのスマホを手に取った。
待機画面の時間を確認。十一時。半。過ぎ。「……」。悪あがきしないで言うならばほぼ十二時。そのまま手癖でSOアプリを立ち上げつつ思考。
そろそろご飯の時間なので起きた方が良い気もする。
これ以上体内時計が狂うのは拙いのでもう起きた方が良い気もする。
そしてそれとは別に――ちょっと自家発電したい気がする。
「……」
仕方が無い。
だって僕は高校生男子なのだから。
健康的な高校生男子なのだから。
だから仕方が無い。我慢は身体に良くないから仕方が無い。そう。なんかもう色々と仕方が無いのだ。
――さて。
方針は決まった。次に決めるのはナニを使うか、だ。
本は無い。引っ越しの時に処分した。スマホに幾つか『画像』はあるが――スマホを使うなら動画のが良い。うん。そうだ。そうだな。動画で行こ――
「……不穏な気配がしだしたから言うけど……おはよう、はがねくん」
「………………………はい、おはようございます。義姉さん」
……。
…………。
………………あ、危なかったぜー。危なかったぜって言うか……え? 義姉さん? 義姉さんおるやんけ。僕の部屋におるやんけ。あれ? 妄想でイく気だったのか、僕は? いや、妄想でも義姉は拙いだろ、義姉は。……いや、居るな? 妄想じゃないな。実在してるな、義姉。英語で言うならマイシスター・イン・マイルームだな。……あってる? これ、英語あってる? いや、そうじゃなくて、シンプルホワイ? 何で部屋に居るの、義姉?
「ねぇ、はがねくん。好奇心で訊くのだけれど……あなた、何をする気だったの?」
「ストレッチですよ」
はっはっは。
言わせないで下さいよ、恥ずかしい、と僕。
……硬くなった身体を解すと言う意味では間違っていない。
「そう」
「そうなんです」
「私はてっきり――素振りを始めるのだと思ってたわ」
「……」
「素振り、する時は部屋に鍵をかけた方が良いと思うの。……私も居るし」
「……貴重なアドバイスをありがとうございます」
それで? そんな貴重なアドバイスの為にわざわざ義弟の部屋に入って来たんですか? それならどうもありがとうございます。お帰れ。出てけ。あほ。
「用事があるの」
「用事、ですか?」
「えぇ、そう。用事。ねぇ、はがねくん――」
一息。
「お姉ちゃんと、デートしようか?」
「クラスメイトに見られたら恥ずかしいから嫌です」
そんな主張をしてみたが、義理とは言え弟と言う存在である以上、僕に発言権は無いらしい。
「母の日、もう直ぐでしょ?」
姉らしい態度で僕の戯言を聞き流しながら「だから一緒にプレゼントを買いに行きましょう」と義姉。
「――プレゼント、ですか……」
ちょっと異文化過ぎて良く分からない。
母子家庭だったこともあり、母さんに感謝はしている。……いる、が……母の日にわざわざプレゼントを贈る文化は僕には無い。
「肩たたき券で良くないですか?」
言いながら義姉が用意してくれていたパンを齧る。あまり食べた気がしない。ごはんが食べたい。
「……小学生低学年くらいまでなら良いでしょうね」
「高校生男子の精神年齢なんてそんなもんですよ」
心は何時までも少年で、愛読書は少年ジャンプ。そんなもんだ。
だから良いじゃないですか、肩たたき券で、と欠伸を噛み殺しながら僕。眠い。寝たい。
「? はがねくん、行きたくないの?」
「行きたくないですね」
「お姉ちゃんがデートしてあげるのに?」
「……それはプラスの要素なんですか?」
「違うの?」
小首を傾げる。髪がさら、と流れる。わざとらしく可愛い表情を造っている。
「……」
無駄に美少女なのでちょっと否定し難い。
「傲慢は七つの大罪の一つですよ、マイシスター」
「謙虚も過ぎれば美徳じゃなくなるのよ、はがねくん」
「……そーですかぃ」
口喧嘩で勝とうにも姉が一応は美少女である以上、状況は不利だ。
僕は早々に戦線を放棄して大人しくパンの耳を齧る作業に戻って行った。
……やっぱ朝もごはんが良いなぁ。
母の日のプレゼントと言い、朝食のパンと言い、御堂さんの家の文化は僕にとって色々と異文化だが、義姉が僕を引っ張って来たのは割と馴染みの場所だった。
みんな大好き、ららぽーと。
色んなお店が入ってるよ!
「……先にお昼にしませんか?」
飲食店もいっぱいあるよ!
食べ放題のお店もあるよ!
「……出る時にパン食べさせたわよね? しかも三枚も」
「自転車でここまで来たのでその分のカロリーはもう消費しました」
いつもと違って後ろに余分な重り乗せてたし。
「……」
何とはなしに義姉を見る。
僕よりは低い身長。春先だからか薄手のカーディガンを羽織っており、お嬢様らしい――と言う表現であっているか良く分からない白いワンピースから覗く足は細く、それでも運動をしていた者らしい引き締まった足だった。「……」。胸はあんま無いだ。それでも割と筋肉ありそうだから――
「……なに? どうしたの、はがねくん?」
……五十後半……ってとこかな?
「……痛いのですが?」
足を踏んでいるのですが?
「お姉ちゃんが良いことを教えてあげるわ、はがねくん。女の子は結構勘が鋭くて、君の視線はとても分かりやすいのよ?」
うふふ、と義姉。一見、笑っている様に見えるが……目は嗤ってるので怖い。
「……適性体重くらいじゃないですか?」
知らんけど。
「女の子の体重を推測するなって言ってるの!」
「それは、失礼」
珍しく声を荒げる義姉にどうどう、と僕。
きっとお腹が減っているのだろう。だからイライラしているのだろう。だからやっぱり先にお昼にしよう。そうしよう。
「牛カツとしゃぶしゃぶ、どっちにします?」
「……ねぇ、何でその二択なの? 今の話の流れでそのどっちかに行きたくないのだけれど?」
「ごはんのお替りが自由だから、ですね」
「……何でそんなに腹ペコなの?」
「高校生男子なんてそんなモンですよ」
「――確かに、運動してると代謝も良いわよね」
ちら、と何かを確認する様な視線を向けてくる義姉。「……」。取り敢えず僕は笑顔を浮かべてノーコメントを貫かせて貰う。
そんな僕の態度に、何かを諦める様に溜息を吐き出す義姉。
「だからってそんな……あ、食べ放題ならここもほら、サラダバーが――すごい目ね。あのね、はがねくん。お姉ちゃんをバケモノを見る様な目で見るのはやめなさい」
「でも、だって――」
サラダバーとか……罰ゲームじゃないですかッ!
「罰ゲームではないでしょう……」
「僕にとっては罰ゲームです。……あ、ほら、帰りも自転車でしょう? その為にカロリーを補充しないと。何と言っても、重りが五十――」
「――!」
口を塞ぐようにして顔面に貼り手を喰らった。
とても痛い。
僕が悪いとは言え、とても痛い。
僕の計測が正確だったのか、重く見積もられてお怒りなのかは知らないけれど、とても痛い。これが噂の家庭内暴力と言う奴だろうか? 何て酷い。……でも裁判すると僕が負ける気がするのは果たして僕の考え過ぎなのだろうか?