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“最低”と“最悪”

「メール」

「……」


 ただいま。おかえり、ごはんにする? おふろにする? それとも――みたいなやり取りをする間も無く、鍵を開けた僕に苛立った(赤い)声を投げかけて来たのは義姉だった。僕を戻って来るのをまっていたのだろう。暇なことだ。そう思いかけ、『あぁ、そうか』と思い直す。未だ義姉は慣れていないのだ。


「見ましたよ」

「だったらっ!」

「慣れた方が良いですよ。死んだわけじゃないんでしょ?」


 母が発作で倒れるのは良くあることだ。


 ――だからその度に慌てるのはバカらしい。


 どうせ近いうちに死ぬのだ。


 ――だから居なくなる相手に気を砕くのは勿体ない。


「……バイトはそんなに大事?」

「……どうでしょうね?」


 また思っても無い言葉が音になる。

 大事だ。だって金になる。だって金が要る。

 だから来年居るかどうかも分からない相手なんかよりもよっぽど大事だ。








「おはざー」

「……」

「……」

「……」


 気だるげに。それでもちゃんと挨拶をしたにも関わらず、イカルガが返してきたのは無言。どうやら大変ご機嫌がヨロシイらしい。「……」。昨日の試合と言う心当たりがあるのでそれ以上は何も言うこと無くカバンを机に引っ掛けて席に着く。

 そうしてSOアプリを立ち上げる。「……」。午前二時を回ったので試合の結果がランキングに反映されてレートが上がっていた。嫌な位置に近づいてるので適当に負けて調整した方が良さそうだ。

 イカルガの機嫌と言い、レートと言い、昨日の試合はやっぱり負けておくべきだったかな? そんな思いが浮かび――増えたポイントを見て首を振る。格上殺しの結果、実力以上の金になった。それ以上は無い。贅沢を言うモノではない。それに……うん。そうだな。金になるし、わざと負けるリスクはある。それならば下手に小細工をせずに良い機会だし上のレートでやってみようかな?


「……ミドー、今日は?」

「……ちょっと練習に当てようかな、と。あぁ、君の試合があるなら見に行きますが?」


 応援しますが? がんばえー、ってやりますが?


「試合はないけど、練習って……何だ? 火が点いたか?」

「……まさか」


 少し。本当に少し混じったイカルガの声の『黄色』に心が痛む。止めて欲しい。嫌って欲しい。殺意()で接して欲しい。挨拶を無視されて凹んでいた癖にそう思ってしまい――嫌悪感()がこみ上げる。


「はぁ……元甲子園球児の球でも熱くなりませんか、ミドーくんは」

「悲しいことに熱くなってもミドーくんの熱さは行き場所がないんですよー」


 ――それはイカルガくんもでしょ?


 その言葉を呑み込みながら一時間目の準備を進める。

 横を見るとイカルガも同じ様に無言で準備をしていた。先の言葉に意味はない。だって“最低”と“最悪”が熱を持つ意味など無意味でしかないのだから……。










「ミドー」

「んー?」

「何で分かった?」

「……昨日のですか?」

「そ。知ってたんか、シュート?」

「いや。フォークが来ると思ってました」

「変化球までは読んでたってこと?」

「ってことです」

「いや……それでもフォーク狙いからシュートって打てるもん?」

「打てたもん」

「良く反応出来た、な」

「何か匂ったんですよ、っと」


 放課後。河川敷にて。何故か練習に付いて来たイカルガとキャッチボールをしつつ、言葉を投げ合う。徐々に間隔を広げると、徐々に投手(イカルガ)野手()の違いが球に出てくる。


「――」


 そうして暫くしてからイカルガが投手らしい傲慢さでグローブで座る様に促してくる。「……」。僕は僕の練習をしに来たのデスガ? そう思いながらも座り、捕手っぽく構える。本職が遊撃手なのであくまでも『っぽく』だ。

 何球か受ける。キャッチャーミットじゃないのでイカルガレベルの投手の球は辛い。お手々痛い。ほんとに痛い。普通に良い球だ。少なくともこの前のメインで砕いた相手、名前も覚えてない三年生が投げた錆びた球よりは遥かに。アレが三年前に関西の私学クラスなら――


「……君のお祖父さん」

「――ん?」

「見る目無いですね」

「……あぁ。うん。まぁ、なんっーか――」

「……」

「八百長の話を聞いた時、本気で殺したくなった」

「これまでのお年玉が無かったらヤってましたか?」

「おぉ。間違いなくやってた――ねっ!」


 言葉尻に合わせる様にして放たれるピッチャーの基本にして奥義。右打者のバットを止める渾身のアウトローが僕のグラブに叫びをあげさせる。「……」。おてて、いたい。


「今のが、お前の分だ」


 そんなク〇リンの分だ、見たいに言われても……。


「これでちゃらですか?」


 それなら痛い思いをしたかいがあると言うモノで――


「はっ。まさかだろ?」

「……ですよね」


 いじめ、かっこわるい。

 僕は素直にそんなことを思った。


「お前、謝るポイントズレてんだもん」

「……そうなんですか?」


 これでも鋼くんは君に対しては本気で反省してるんですけどね?

 だからこうして自分の練習時間を削っているのです。その辺を察して欲しい。


「そうなんだ、よっと! ……だから未だ許さねぇ」

「それはそれは――泣きそうですね、っと……あ、」


 変化球(高速スライダー)に対応出来ずに球を零す。「……」。良いキレだ。本当に良いピッチャーだなイカルガ。


「捕れない球は打てない――って言うよな?」


 にやにやイカルガ。


「……試しますか?」

「いや? 熱くなるなよ、ミドーくん。俺等の熱さに意味はないんだろう?」

「……」


 本当に良い性格だなイカルガ。

 自分の内側で燃えた負けん気()を口から吐き出す様にして深呼吸を一つした。


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