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 貧富の差と言う奴は実に色んな所に現れるらしい。

 鍵の形一つとってもそうだ。

 シンプルな形状だった我が家(ボロアパート)の鍵が随分と複雑な形状になったのはもう五ヵ月ほど前の十二月の頃だった。


「最後のクリスマスプレゼントよ」


 と病に侵された母親が笑い難いお言葉と共に引き合わせてくれたのは新しい父親と義姉(あね)。新しい家族。

 俗に言う再婚相手とその連れ子と言う奴だが……なにぶん、貧富の差が中々に激しかった。こちらが病気の母親一人と息子一人と言う社会保障だよりな母子家庭なのに対し、あちらは代々続く土地持ち名家。それに胡坐をかくことなく自身も医者と働く父親とその娘さんだ。

 そんな訳で二人――特に父親の恋愛に付き合わされて良く分からない母子を家族と呼ばなくては行けなくなった義姉には大変申し訳ないと思っているが、こうして日無(ひなし)(はがね)御堂(みどう)(はがね)へと名前を変えて中卒で社会に出る所だったのをどうにか高校進学へと進路を変えることが出来た。

 感謝しかない。

 それでもどうにも居心地が悪いので鋼くんは不良少年と化し夜遅くまでバイト(アウト気味)をする様になってしまいましたとさ。


「おかえりなさい、はがねくん」

「……ただいま。義姉(ねえ)さん」


 だからこう言うのは本当に困る。

 不意の遭遇に驚いたのはあっちもこっちも。

 それでも頭の回転が速い義姉は直ぐに立ち直る。

 きぐるみパジャマを着ているのは、同じ年の義姉。御堂(つばめ)

 端正な顔立ち。肩にかかる程に伸ばされた癖の無い黒髪が流れる。それを耳に掛けながらこっちを見る切れ長の黒目がどこか呆れを纏っていた。『言いたいことは色々あるけど、言っても無駄よね?』目線だけでそんな風に言ってくるのだから非常に居心地が悪い。

 ここ駒原(こまばら)市には純粋な学力以上に、財力、家柄を必要とされる金持ち名門校がある。

 凰学園(おおとりがくえん)

 名前から分かる通り、元は女子校だったが、昨今の少子化等の影響から三年前に高等部からは男子を受け入れる様になった幼稚園から高等部までが揃った学園だ。

 そこの小中高は愚か付属の幼稚園から純粋培養の名門女子高育ちの義姉には“同年代の男”ですら馴染みのないモノだろうに、そこに現れた義弟が同年代男子の中でも底辺争いをしている系男子と評判の僕である。

 最早同じイキモノ(人類)と思って貰えているのかすら危うい。


「……お義母さん、心配してたわよ」

「ご心配なく。素振りに熱中し過ぎただけです」


 それでもこうして家族として、義姉として声を掛けてくれるのだから有り難いことだ。


「部活……じゃないわよね? 入らないの? うちの学校にも同好会だけど有ったと思うのだけれど?」

「……下手なんですよ」


 ――言わせないで下さいよ、恥ずかしい。


 は、と半笑いでそれだけ言って靴を脱ぎ、台所へ。不良息子にも優しいマイマザーが用意してくれていた夕飯をレンジへ。ハンバーグだった。好物である。わぁい。喜びを表すついでに炊飯ジャーに残っていた白米を全てどんぶりによそう。二合くらいか。「……」。まぁ、行けるな。そう判断する。


「U15日本代表」


 そんな僕の前に座りながら義姉。

 僕の方はさっき話を打ち切ったつもりだったのだが、義姉の方はそうでは無かったらしい。出来の悪い義弟にお説教したい。そう言う年頃なのだろうか? 止めて欲しい。


「そう聞いているのだけれど?」


 ――それで下手ってことはないでしょう?


 猫を思わせる瞳がそう言ってくる。

 その眼で見られるのは居心地が悪いし、その話題も嫌だ。逃れる先を探す様に視線を泳がせる。目に入ったのはシニア時代、夏の県大会準優勝の時に貰った賞状。「……」。あんなこと(・・・・・)をやった結果の準優勝。正直僕にとっては嫌な記憶でしかないのだが、それでも親と言うモノは子供が持ち帰った賞を飾りたいらしい。

 それでも僕はその苦い記憶(賞状)を見て覚悟が決まった。

 それなりに良い関係を築こうと思っていたが……もう良いや。メンドクサイ。


「八百長をしました」


 義姉さんには(最低)と言うモノを知って貰おう。


「だから僕には野球をする資格が無いんですよ」


 あの夏の日。最後の真剣勝負。準決勝にて全力で打ち砕いた“最強”のことを思い出しながらそう告げる。

 義姉さんはそれを聞いて清流の様な声音で酷くつまらなさそうに「そう」とだけ言った。

 何故だろう? 不思議なことにその猫の様な眼が“最強”と重なった。







 ――金が要る。


 動機がシンプルなのだから、やったこともシンプル。わざと負けた。それだけだ。

 お目当ての強豪校からのスカウトが声を掛けるまで後一歩。そう言う位置にたっている投手(ピッチャー)がいた。その投手の実家には金があって、その金を持ってる祖父はどうしても孫を強豪校に入れたかった。

 そんな彼に目を付けられたのが僕だ。

 怪物。

 そんな風に呼ばれる打者(バッター)。そして貧乏人。

 準決勝にて“最強”の投手を打ち砕き、名実ともに“最強の怪物”となった僕を決勝戦で孫が打ち倒す。新たな最強。怪物退治から始まる造りモノの英雄譚。張りぼてのソレで以って孫を強豪校に送ろうとした。

 百万円。

 高いか、安いか。

 それは僕には分からない。八百長の相場とか分からない。

 ただ、金が必要だった。

 どうしても必要だった。

 だから僕はわざと負けて金を貰い、それがバレて、“最強の怪物”から“最低の球児”と言う呼び方へと変わった結果、高校野球界に入れなくなり――


「おはざー」

「うぃー」


 八百長の相手。金持ちジジイの孫。“最悪の球児”こと斑鳩いかるが亮二りょうじくんと気だるげに朝の挨拶などを交わしている。

 鳳学園高等部一年二組。元女子校である鳳学園での僕等男の子の地位は低い。窓側の後ろ、角を描く三席が僕等に許された生存領域だと言えば分かってもらえるだろうか?

 野良犬の分際で運よく金持ちの家に拾われた結果、名門校に入ることになった入学式のあの日。席を確認して、隣に書かれた名前を見た僕は思わず呟いた。「どんな偶然だよ」と。

 だが、まぁ、理由を聞いてみれば納得。

 斑鳩亮二は金持ちだ。そしてもう僕と同じ様にもう野球はできないし、やったことがやったことなので健全な身体に健全な精神が宿っているらしい高校球児の皆さんからの受けが悪い。何故か主犯である僕よりも悪い。八百長を持ち掛けた側。その評価のせいだろう。実際には彼の祖父と僕の犯行であり、正真正銘で彼は被害者なのだが……。


 話がそれた。


 そうなると数年前まで女子校の鳳学園はイカルガにとって色々と都合が良かった。

 元女子校。野球部なんてないし、お嬢様がたはマニアでも無ければ中学野球に興味がない。

 それが良かった。過去を知らない、興味を示さない新しい群れ。

 彼はそこに入ることを選んだ。

 主犯は僕と彼の祖父にも関わらず、一切の言い訳をしなかった――或いは許されなかった彼は大好きな野球から離れる生活を選んだと言う訳だ。

 だと言うのに――


「……メイン、上がれそうですか?」

「おー、今期中には上がる……っーか、レート的には次の次くらいであがれる」


 ぶい、とやる指の爪はしっかりと手入れされた綺麗なモノであり、その手の平は球児のモノ。

 更生の為に元女子校に入って野球から離れたにも関わらず、そこに居た良くないオトモダチ()の影響で不良街道(SO)にどっぷりと浸かってしまいましたとさ。


「……」


 正直、金があるのに野球を続ける彼の気持ちが僕には良く分からない。それ程までに彼にとっては野球は魅力的なのだろうか――と考えかけて、やめる。そうなると割と自己嫌悪で死にたくなる。後悔は無い。金が必要だった。それだけだ。だからやった。そこに後悔は無い。無いが、巻き込まれて奪われた彼の姿を直視できる程僕は強くないのである。










 女子三十五人に対して、男子三人。

 それは外からみればハーレムの様に見えるかもしれないが――残念ながらそんなことはない。


「そういやさ……昨日、そっちはメインだったんだろ?」


 部活棟の空き教室。そこが僕等の昼休憩中のオアシスだと言うことから色々察して欲しい。女子怖い。特に群れの女子怖い。


「……動画、上がってますよ」


 白米に箸を突きたてつつ、向かい側でおにぎりを齧るイカルガに向かってスマホを見せる。

 ポリさんの手が入った時の言い訳がし難くなるから勘弁して欲しいが、今のご時世なら仕方がない。野良に撮影されるよりは管理出来る様に――そう言わんばかりにSOは公式チャンネルを持って居る。わざと荒くした画質で多少誤魔化しているが、知っている人が見れば誰かが分かる。そういう動画だ。

 その動画の中では超絶天才最低バッターがホームラン級の大当たりを放っていた。ひゅー、このバッター、超カッケーんですけどぉー?


「見ての通り。勝ちましたよ」

「駒西のヨシタケにか?」

「駒西のヨシタケさんでしたか。……公立じゃねぇですか」


 は、と笑いが零れる。嘲笑。何が強豪校だ。


「……いや。一応、関西の私学から声かかるレベルだぜ?」

「『掛かっていた』でしょう? 三年くらい前に声を掛けられた。それだけですよ」


 早めに訪れたヨシタケさんの全盛期はどうかしらない。だが今はダメだ。錆びたブリキのおもちゃの様な硬い投球。アレはもう終わった選手の球だ。


「や、でも駒西は野球推薦取ってるから結構――」

「それなら『強豪校から声が掛った』程度でナニか勘違いしていた所に、力を入れてるとは言えたかが公立校の中ですら上に立てずに堕ちたとかですよ。あの球、死んでます」


 ずこー、と一リットルのパック牛乳に突き刺さったストローを鳴かせながら。


「……相変わらず野球に厳しいね、ヒナシくんは」


 どこか呆れた様な(青い)眼でおにぎりをむぐむぐやりながらイカルガ。


「名字変わったって言ってんでしょ、イカルガくん?」


 自分でもなれないし、反応が遅れるけど、今の僕は御堂だ、と睨みつけてみる。


「そうだったな、ミドーくん。んで、今日は? どうする?」

「あんま疲れてないから野良に出ますよ」


 立ち上げたSOアプリ。そこにはレートの近い投手(ピッチャー)さんからのラブコールを知らせる赤い数字、3。有り難いことに今日もバイトはありそうだ。


「見て良いか?」

「どぞー」


 机に付突っ伏す様にしながらスマホを押し付け、窓の外を見る。僕等の様にクラスに居場所が無い男子の先輩達が楽しそうに運動場の隅に集まっているのが見えた。「……」。バットと、グローブと、ボール。義姉の言葉を思い出す。同好会……愛好会だっけ? ダメだ。別に思い出せてないな。……兎に角。それの活動が見えた。


「おー……良かったな、ミドー。お望みの強豪私立のピッチャーがいるぞ?」

「別に望んではいないのですが……こんな時期に、ですか?」


 夏が本番とは言え、その夏のシードを奪い合う春季大会の真っただ中なのデスガ?


「OBだよ」

「メイン以外はU18としかマッチングしない様にしてあったはずなんですが……」


 何だろ? バグかな?

 野球がスポーツである以上、どうしたって身体能力の性能差はそのまま実力に繋がる。金が要る。バイトの志望動機がソレなので僕はイカルガの様な『オラ、強ぇ奴と戦いてぇんだ!』と言う思考は無い。一に勝つ。二にメインに出られる程度のレートの維持。僕はそう言う順番で選んでいる。

 ちょっと前まで中学生だった身としては高校三年間をガチの野球漬けで過ごしているお兄さん達との対戦は遠慮したい。どうしてもと言うならできれば身体能力が下り坂に入る三十後半辺りで遊んで欲しい。


「未だ誕生日来て無いんだろ?」

「……あぁ、そういうことで」


 高校卒業したての十八歳。そう言うことだろう。

 お返せ、とお手々を差し出せば、ほれ、とスマホが帰って来る。どれどれ……あぁ、これか……うげぇー。関西第一って去年春甲出てたとこじゃないですか。このカイバ――ちげぇ。登録名サウダージさんも知っている。投げてた。テレビ出てた。背番号は二桁の二番手だか三番手だけどガチでやってた奴だ。なんでこんなアウトローな場所に……っーか、そもそも関東にいらっしゃるんですかね?

 (はがね)くんは基本的に弱い者イジメ専門なので、こう言うマッチョ(ゴリラ)の相手は嫌で――


「……イカルガ」

「おぅ」

「何故今晩の僕の対戦相手がサウダージ氏になっているかを聞いても良いですか?」

「悪い。手が滑った」

「……」


 それなら少しは申し訳なさそうにしやがれください。


高校時代、同じ市内の高校で一つ下の代から『女子校が男子を受け入れを開始する』って言うマンガみたいなことが起こったんですよ。

一年っ! あと一年遅く生まれていれば……ッ!!

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