鋼
金が要る。
多分そう言う星の下に生まれてしまったのだろう。
母親の再婚で経済状況が改善されて尚、僕にとって野球は金を稼ぐ手段でしかないらしい。「……」。どうしよう。泣きそうだ。
午後十時。日が沈んでそこそこのお時間が経ち良い子の僕は本来お家に帰って無いといけない時間帯。
そんな時間帯、良い子は絶対に居てはいけないだろう高架橋下にて――
――対峙する。
そこは金網で区切られたバトルフィールド。オーディエンスが掲げる無数のスマホのライトを光源に、見据える先には投手。
スパイクでなくスニーカーで。土ではなく打ちっ放しのコンクリートを踏みしめる。夏の日の焼ける様な暑さと眩しさからは程遠い四月の夜の寒さを感じる空気と薄暗さの中、それでも己が砕くべき相手である投手を見たので身体があの時の様に沈みだした。
深い呼吸を一つ。
吸って、吐く。
意識して肩を動かした。
そうして力を抜いて、バットで肩を叩いてから、高く掲げる様に構える。
とん。肩への軽い衝撃。
それはルーチンワーク。
呼吸に合わせて/或いは/肩を叩いたバットの重さで
意識を尖らせる。
――コンセントレイト。
入り込んだ世界の中、投球フォームに入った投手に合わせて、打者である己を稼働させる。
相手のセットに合わせてグリップを握る。
テイクバックに合わせてヘッドを引く。
それは同調作業。己と相手を溶かす作業。
浅くて、薄い。
それが今回の相手に抱いた感覚。あっさりと溶けて、混ざれた。
だから砕く。
眼で捉えることすら難しい速球――と評価するには程遠くとも、少ない明かりの中では捕らえるのが難しいブライトボール。
それを砕く。
血が動く。肉が動く。骨が動く。――身体が動く。
踏み込んで、回して、打つ。
芯で芯を捕らえたことを確信させる音と手応えの軽さ。
それはこのボールとバットを使った一対一の決闘の終わりの合図だ。
己の手の中のバットで打ち砕いた白球が弾丸の様に高架橋の底を撃つ。
ド、とコンクリートが鳴き声を上げるのに遅れてギャラリーから歓声と悲鳴が上がる。
今晩のメイン第三戦である高校生対決“御堂鋼くんⅤ.S名前も知らないスリークォーターの兄ちゃん”戦は、僕であるところの御堂鋼の勝ち。
月を目指すことなど許されず灰色の空で終わった白球は、それでも審判からホームランと判断されたのでしたとさ。
ここは決闘場。表に居場所のない球児たちの吹き溜まり。
ワンナウト、SVS。
どこかではそう呼ばれていたバッターとピッチャーの決闘はここでは――
SOと呼ばれている。
基本ルールは単純だ。
内野を超す当たりを打てばバッターの勝ち。
内野に落すかアウトに打ち取ればピッチャーの勝ち。
細かい所はもう少し色々あるが、大まかなルールはそれだけ。
それがSO。
ボールとバットがあれば取り敢えずの形を造れるゲームであり――僕のバイト内容である。
「……良し」
立ち上げたSOのアプリを確認するとポイントが増えていた。そこそこのレートとの対戦だったので、ポイントの方もそこそこのモノを頂けた。世の中どんなモノにもマニアがいるので、このポイント、持ち込む場所に持ち込めば何とお金に換えて――じゃねぇです。買い取ってもらえるのだ。だからSOは金銭を賭けた賭博ではない。話がそれた。
そんな訳で、増えたお小遣いに、わぁい。……と素直な喜びを表すことはせずに、ぐっ、と小さいガッツポーズを造るだけで止めておく。
何と言っても未だ現場。
周囲には選手だけでなく、ソレに賭ける祈る者の皆様もいらっしゃる。勝った人は兎も角、負けた人の前で原因がはしゃぐのはよろしくないし……かと言って全く喜ばないと言うのもよろしくない。
派手に喜んでも駄目だし、全く喜ばないのも駄目。
そういうものなのである。
正直、人間ってめんどくさい……と言うのが本音だが……仕方がない。
何と言ってもこちとらぴかぴかの高校一年生。前科もなく、未だ一応は世間一般で言う所の『ちゃんとした未来』とやらを歩ける状況なのだ。揉め事はよろしくない。
そもそも、ただでさえやってることがやってることである以上、自衛は大事だ。
アプリを使い、ゲームの体を取り、ポイントを使い、マニアの買い取りと言う形を取って――バレた時の言い訳の為に諸々噛ませて薄めているがSOは実質、何処に出しても恥ずかしい違法賭博なのだ。
僕に権力が有れば同じようなことをやらかした上級国民の皆様の様に叱られて、世間に叩かれた後でも、実の所は大したお咎めを受けずに今まで通りの生活を送れるだろうが、生憎とこっちは一山幾らの高校生。
未成年と犯罪者にはやたらと優しいことに定評のある我が国であればワンチャンあるかもしれないが……あまりそこに賭けたくない。
だから勝った日にしろ、負けた日にしろ、バイトが終わったのならさっさと帰るべきだ。
観客との会話こそを楽しみにしている様な連中も居るには居るが……悲しいことにこの空気にすら僕は馴染めていない。
つまり、端的に言って居心地がよろしくない。
そんな奴と居ても楽しい訳がないので、登録一ヵ月弱でメインの試合を回して貰えるレベルの選手の僕ではあるが、観客からの受けもよろしくない。
勝率が良いので一応のファンはいるらしいが、彼等は金が目当てなので“僕”には興味がないので声を掛けてこない。
そうなってしまえばマイナス方向のwin‐winだが誰も嫌な思いをすることの無いやさしい世界の出来上がりだ。
「おぅ、お疲れ“ブリキ”!」
それでもどこにでも湧くのが空気読めない奴さん……或いは読まない奴さんである。
大きな声で僕の登録名を呼んだのは、五十澤壱郎氏。無駄に画数を多くしたお名前の二十代前半程と思われる怖いお兄さんは読まない奴さんの筆頭で……ついでにヤクザ屋さんだ。
SOは、やってることがやってることなのでその方面のプロも当然噛んでいる。
一般人としてはあまり関わりたくない種類の人間だが……僕は“何かぁーよく分かんないけどぉー? ウチのバイト先の店長、ヤクザみたいよ?”と言う魔法の言葉で色々なモノに気が付かなかったことにしている。
まぁきっと大丈夫。
我が国はN〇Kの方々が司法とずぶずぶで大変過ごしやすくなっていることが不安だが、一応は暴対法とやらがあるらしいので堅気さんには余り手を出さないと信じたい。
……信じたいし、こちとら一応は選手。しかもメイン試合を張れるキャストなので勘違いして変なはしゃぎ方をしなければ酷いことはされないだろう。
多分。
そんな訳で作戦はシンプルに『いのちだいじに』。
店長をキレさせないように注意だけしておくことにしている。
「ナイスホームラン! 今日の相手、強豪校の元野球部員だったらしいぞ? 良く打てたな」
「確かに良い球でしたけど、その売り文句、多分ブラフかと。……そうでなかったとしても、あの球では三軍四軍とかですよ……」
アレではベンチにすら掠らない。
大体今日のメイン三戦目の題目は『高校生対決』。そうである以上、『強豪高校の野球部員』の間に挟まっている『元』の一文字の意味は大きいし、春先にこんな所に居られる以上、色々と“お察し”だ。
大体、本気でやってる奴なら残り香だったとしてもあの程度じゃない。
野球がスポーツである以上、身体能力と言うモノの差は大きい。十五歳は身体がまだ出来ておらず、ハンデを背負ってる様なモノであり、そんな僕相手に負けたと言うのが全てだ。
「そか? 普通に成績は良いピッチャーだぞ? ……にしても、お前、これで何本目だ? 春季のホームラン王、U18部門なら狙えるんじゃないか?」
「僕が公式戦に上がったのは四月からなので、三月まるまる出ていない以上は無理かと……」
楽しそうに中々無茶なことをおっしゃる。
一期三ヵ月の内の一ヵ月不参加は致命的だろう。
「でも今月今んとこ、お前トップだろ? 調子も良さそうだし……詰めれんじゃね? オレはお前行けると思うんだけどなぁ……うん! 決めた! 今季のホームラン王ダービーU18部門はお前に賭ける!」
「――」
「……ンな露骨に嫌そうにすンなよ」
「だって取れないと沈められそうじゃないですか……」
海とか、泡のお風呂とかに。
色々なことは知らないことになってますが、それでも僕はバイト先の店長がヤクザだと言う程度のことは知ってるのです。ローション混ぜながら「ご指名ありがとうございまぁーす、ブリキでぇーす♡」とかやりたくない。
「あー……そかそか、お前、忘れそうになるけどやらかす前は健全な球児だったな。オレは絶対そう言うつまらんことはしないから安心しろ!」
背中に張り手を一発叩き込みながらの「ははっ!」と言う大笑いに返すのは「……うっす」と言う曖昧なお返事一つ。
不良少年の間では五十澤店長のそう言う痛快爽快漢気ストーリィィイィ! が語られているのかもしれないが、生憎と僕は知らない。知らないし……所詮ヤクザだ。甘く見てはいけない。優しいと思ってはいけない。
それでも、無駄に人当たりの良い人格と、敢えて空気を読まずに踏み込んで来る性格からどうにか魔法の言葉は効力をもっている。
……今のところは。
はい。
そんな訳で新連載です。
タイトルが長いので「はまち」「僕ガイル」と略しましょう。
オリジナリティあふれるタイトルだぜ!!!!
……はい。
ごめんね! まだ投稿する気無かった奴だからタイトル考えてなかったんだ!
だから別に八幡もHATIMANも出ない。