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16/17

ある春の出来事 最強V.S怪物

今日は二話同時更新(1/2)

 既にカウントはフルカウント。

 アンダーはボール球を使えず、僕も追い込まれている。

 だが今投じられたのは十球目。

 ボール球は投げ損じではない。ソレは駆け引きに使われる投手の為の球だ。ストライクを投げるしかなくなった投手など、僕にとっては死ぬのを待つだけの獲物でしかない。

 ——なのに。

 芯をずらされた重さが手に掛かる。金属バットが不様な音を立て、白球がバックネットに当り、転がった。


「……」


 ストライクしか投げれなくなった投手がカモでしかないように、ストライクゾーンに入ったら絶対に当てないと行けない打者だってまたカモだ。

 ましてSOのルールだと内野を超す当り以外は問答無用で負けとなってしまうので、下手なファールも打てない。

 テンションが上がったせいだろう。アンダーの感情から最早球種は読めずに、ただ、ただ、投げられた球に対してアジャストするのみ。

 熱くもないのに、ちりちりと首の裏が焦げる感触。

 今になって分かった。

 あの夏。

 全身を指す様な熱さの中にあったのはこの緊張感だ。

 汗で貼り付いたTシャツの胸元をひっぱり、空気を入れる。軽く握った右手の拳に、ぷ、と空気を吹き込む。痛み。手の皮がむけていた。

 永遠にも思われる一打席勝負。

 それでも僕等が人間で、体力が有限である以上、終わりは近づいて来る。


「……病気、ですか?」


 僕は彼の事情を知らない。

 この先の野球に付いて行けなくなると言う言葉の意味も分からない。いや、分からなかった。だが、今は違う。分かる。分かってしまった。

 球速は増した。変化球のキレもだ。コントロールだって上がっている。ただ――体力(スタミナ)。それだけが足りていない。

 アンダーの小さな体は、彼に全力の投球を許さない。

 六球目当りから既に怪しかった。

 九球目で確信した。

 十球目(さっきの)はSFFが落ちなかったからファールになってしまっただけだ。


「病気じゃないんだけど……バレたか」


 十号程度でギリギリだったからやっぱ無理かー、とアンダー。


「――ッ! 何で……っ!」

「おいおい、泣くなよ。そっちが勝って終わり。――それでいいだろ?」


 今までと同じだろ? と冷静()な声でアンダー。


「……僕が勝っても(意味)は無いんだよ」


 八つ当たり。それを自覚しても沸き上がる苛立ち()を我慢できない僕。


「おれに勝ったくらいで『世界最強』ってわけでもないだろ? 自惚れんなよ」


 青。


(それ)は無いんだよ。僕はもう野球をやらない」


 赤。


「何で? お義母さんのせいになるから?」


 青。


「――誰に聞いたかは知らないが、そうだ」


 赤。


「子の幸せが親の幸せ。君の応援してる時のお義母さん、嬉しそうだったけど?」

「親の幸せを願うのが僕だ。八百長をやったのも僕だ。その罪を押し付けて野球を出来る訳がないだろう?」

「やれば良いと思うけど? 野球くらい(・・・)

「――は?」

「神聖視し過ぎ。野球なんて球遊びでしょ?」

「……お前にとってはそうなんだろうな」

「? 君にとっては違うの?」

「あぁ、違う」


 青、赤、青、赤、青、赤、青、赤。


「そ。なら君にとっては野球ってなんなの?」

「――唯一持っていたものだ。貧しい僕が、頭の悪い僕が。母さんを喜ばせられるものだ」

「……お義母さんを喜ばせられることが大事なの?」

「あぁ、そうだ。『持って』居るお前らみたいな奴等には分からないだろう?」

「えぇ、分からないわ」

「だったら黙って――」

「でも君が嘘を吐いてるのは分かる。『その程度』ならあんな祈るみたいに切実に『野球がしたい』なんて言わない」

「……」

「だから、君が自分が野球が好きだって分かってることも(おれ)は知ってる。だから野球、やりなさい。お義母さんも今の君を見るよりも絶対に喜ぶから」

「……でも、それで世間の人に攻められるのは母さんで――」

「お義母さんは間違いなく『そんなこと』よりも今の君の姿を見る方が辛いと思うわよ?」

「でも――」


 青、赤、青、赤、青、赤、青、赤青赤青赤――


「あぁ、もう! ねぇ、はがねくん(・・・・・)!」


 そして特大の――


「お姉ちゃんに口答えをしない」


 ぴしゃり、と理不尽(混色)降臨。













「?」


 と、思考が止まる(無色透明)

 そんな僕を放置し、“最強”が、アンダーが、その姿を露わにする。

 スポーツウェアのファスナーを勢いよく下げれば、見えるのは隠れていた女性らしい体型で。

 キャップを脱げば、肩程まで伸ばされた黒髪が、さらり、と流れ。


「――ふぅ、暑かった」


 と言う声は紛れもなく僕の義姉(あね)、御堂燕のモノだった。


「……“最強”」

「何、“怪物”?」

「……アンダー」

「だから何か用、ブリキ?」

「……義姉(ねえ)さん」

「君、本当に他人(最強)の顔、分かってなかったのね、はがねくん」


 問う度に返事が返ってくる。

 その度にこちらの混乱(混色)を楽しむ様に楽しそうに姉が笑う(オレンジ)


「……何でここに?」

「それは三人の内の誰に対する質問?」

「……じゃぁ先ずは『義姉さん』」

「こんな時間にはがねくんが飛び出して行ったからよ」

「『アンダー』」

「言ったでしょ? 君と戦える位置に来たから勝負を申し込みに来た、って」

「『“最強”』」

「――」


 流れる様に答えていた義姉の言葉が止まる。

 目にはシリアス()軽蔑(暗い青)、そして――


「見ての通り、私はもう君と野球で戦えない」


 怒り()


「だからあの日の勝負、私は本気で挑んだ。本気で挑んで、君に負けて――野球を辞めた」


 なのに――


「勝った君はその後の試合で八百長をして、野球を辞めて、SO何てモノの中で良い気になって――腐ってた。殺したくなるわよね?」

「――そこまでのことですかね?」


 本気の殺意(真っ赤)。それに思わず言葉が零れる。


「それほどのことよ。はがねくん、さっき言ったわよね? 『持って居るお前らみたいな奴等には分からないだろう?』って。その言葉、返すわ。『持って居る』当たり前の様に野球で戦える君に私の気持ちは分からないでしょ?」

「……」


 女子野球。

 そう言うモノがあることは、僕も義姉も知っている。だが、そう言うことではないのだろう。

 僕は同年代で僕よりも野球が上手い奴にあったことが無い。――ただ一人を除いて。

 運動能力が高かった僕は最初、投手(ピッチャー)をやって居た。エースで四番。殆どのプロ野球選手が辿る経歴を僕も辿っていた。

 だが『絶対に自分は一番に成れない』と確信出来る相手に出会い、守備位置を変えた。

 それが数年後に“最強”と呼ばれることになる投手(ピッチャー)だ。

 才能が有ったから性別の不利を無視して戦えた。

 才能が有ったから場所を変えることが出来なかった。

 そう言うことなのだろう。


「つまり――」

「そう。復讐(八つ当たり)よ。『義姉さん』と『アンダー』は君に野球を続けて欲しいと思ってるけど、『“最強”』は違う。君を道連れにしたいと思ってる」

「……だったら――」

「辞めるって言ったら許さない」

「……」


 睨まれ、言葉を呑み込む。


「私は君に野球を続けて欲しい。けど――私は君から野球を奪いたい」


 辞めることは贖罪にならない/辞めることでしか贖罪は為されない


 酷い二律背反だ。僕はどうしたら良いのだろう? 義姉は、アンダーは、“最強”はどうしたいんだろう?


「だから、ねぇ、はがねくん、SOらしく――賭けをしましょう?」

「賭け、ですが?」

「そう、未来を賭けましょう。私と君の」

「……」


 どうぞ、と無言で先を促して――


「私が勝ったら、恋人になってあげる」


「?」


 ん。となる。ちょっといってることがよくわからない。よくわからないけど、聞き間違えかもしれないので、まだ黙っておく。


「君が勝ったら、甲子園を目指して。真剣に。そうね。分かりやすく言うと――わたしを甲子園に連れてって?」


 最後まで聞いても、んん? と成ったので挙手。「はい、はがねくん」。指名された。


「……逆では無くて、ですか?」

「えぇ、そうよ。私が勝ったら恋人。はがねくんが勝ったら甲子園」

「……おかしくないですか?」


 特に義姉さんが勝った場合の方。


「別におかしくはないでしょう? 君に野球を辞めさせるんだから、この程度(・・・・)の支払い」

「……」

「それに君には有利だから別に良いでしょ? はがねくんが本当に野球を辞めたいなら――わざと負ければ良い。恋人との時間を造る為に野球を辞めるならお義母さんも今みたいに悲しそうな顔しないし……」


 だから――


「決着を付けましょう、はがねくん。君が本当に野球を辞めたいなら負ければ良い。でも君が野球を続けたいなら――勝ちなさい」


 一息。


「そうしたらお義母さんじゃなくて、私が、お姉ちゃんが君の言い訳になってあげるから」


 目に宿る激情の赤。

 義姉が言う。『賭けに勝ったことを、勝ってしまったこと(・・)を理由にさせてやる』と。

 それに焦がされた此方(こちら)の内側から熱が零れる。「は、」と零れる。


「分かりました。決着を、つけましょう――」


 誰に呼びかける? 義姉さん? アンダー?

 いや――


「“最強”」











 ちりちりと、首の後ろが焼かれる幻覚がする。

 ただ一人、マウンドに立ち。

 この世でただ一人、負けたくないと思える相手の前に立つ。

 グローブの中でボールを握り直して、深呼吸を一回。

 意識して肩を大きく、動かした。

 それは何時ものルーチンワーク。

 数多の打者(バッター)(アウトに)してきた予備動作で――


 きっとこれが最後になる身体に馴染んだ動き。


「負けたら早速キスくらいならしてあげるわよ?」

「――」


 返された無言に思わず笑う。そうして――


 腕を振り上げる(ワインドアップ)

 深く、強く、地面に刻み込む踏み込み(エッジング)

 そうして得た力を腰で回し(ロール)、肩を回す(ロール)

 身体が(しな)る。腕が撓る。

 力強さでなく、柔らかさ。

 それが自分に配られた手札。

 全身連動からなる全身運動。

 それは幼い頃よりも幾度となく繰り返してきた動作(アクション)。全身を使って(踏み込み)の力を弾丸へと伝える旋回運動。

 足から腰に、腰か肩に、腕に、指に、そして最後に白球に“己”を乗せる。


 ――負けたくない/だって初恋だった

 ――負けたくない/だって勝たないと君はこっちを見てくれない

 ――負けたくない/不器用に、一生懸命に、迷いながら歩く君

 ――負けたくない/これはそんな君を手に入れられるチャンスだ


 ……でも、だから――


 ――負け(勝ち)たくない/君に諦めて欲しくない

 ――負け(勝ち)たくない/不器用でも、一生懸命に歩いて欲しい

 ――負け(勝ち)たくない/あの目に私が映らなくても、あの目をして欲しい

 ――負け(勝ち)たくない/だって――初恋だったんだから


 出来上がったのは人生最後で、その癖人生で一番最高の投球動作ピッチング

 疲労などなく、手加減などなく、真っ白な想いの中に混じった汚れなどない様に、最後で最高のボールが“怪物”を殺す為に放たれる。


 ——負けさせてあげられる球。


 それを投げてあげたのだからそこで私の役割は終わり。

 後は君が選ぶだけ――


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アンダーが女性なのは分かっていたのに義姉だと繋がってなかった へぼな読み手だからこそビックリできたので差し引きプラス >『持って居る』当たり前 シモネタに聞こえる不具合
ひでぇ南ちゃんも居たもんだ
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