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ギフトと障害

 最近仕事が忙しいので朝が早い。

 そのことは辛いが、家族――特に新しい家族である息子と一緒に朝食が摂れると言うのは嬉しいことだ。

 御堂鷹人(たかと)はそんなことを考えながら朝食の席に着いた。


「……」

「……」


 着いてから気が付いた。

 多分、息子と娘が喧嘩をしている、と。

 娘の方はすまし顔でさくさくとパンを食べており、息子の方はそんな娘を極力視界に入れない様にしながらポリポリと漬物を齧っている。

 ただそれだけなのだが、昨日までの様に軽い雑談を交わすことも無く、黙々と自分の食事――と言うか作業を進めているので酷く空気が重い。


「……」


 どうしたら良いのだろう?

 父親歴は十五年を超えている鷹人だが、それは一人娘に対してのモノ。姉弟の父親となってからは未だ半年も経っていない。姉弟喧嘩の仲裁をしたことは無い。

 そもそもおかしな話なのだ。

 自分以上に息子が、義弟(御堂鋼)が出来たことを喜んだのは燕のはずなのだ。

 何故なら息子()はあの子の――


「……ごちそうさまでした」


 言って、鋼が食器を台所に運び込み、カバンを取りに部屋に戻る。それを見届けてから燕の方も。「ごちそうさま」。そのまま通学の準備を進める。


「……ん?」


 燕の態度に鷹人の頭に疑問符が浮かぶ。


 ――ちょっと待て、我が娘よ。


「……燕」

「? なぁに、お父さん?」

「あー……お前たち、喧嘩……してる、よな?」

「えぇ、まぁ……そう? とも言えるかもしれないわね?」

「……」


 そうなんだよ。空気が明らかに重いんだよ。そうとしか言えないんだよ。他に言いようは無いんだよ。誤魔化すんじゃないよ。

 そんな本音を鷹人は飲み込む。何故なら大人だから。姉弟のお父さんだから。仲裁しないといけないから。

 でもどうしても聞きたい。

 既に準備が終わっているのに家を出ることなく、義弟が出てくるのを待ってる娘にどうしても聞いておきたい。


「お前、まさかとは思うが……この空気の中、いつも通り鋼くんの自転車の後ろに乗る気か?」

「? えぇ、勿論」


 当たり前でしょう? 何でそんな当たり前のこと聞くの? と、娘。


「……」


 あれ? ウチの娘、ここまで空気読み取り機能壊れてたっけ?

 ちょっと頭痛がした気がしたので眼鏡を外して目頭を揉んでみる。


「安心して、お父さん。大したこと無いから。ほら、やっと懐いて来た元野犬を病院に連れてくと、また人間不信になることあるでしょ?」

「……あぁ、野良猫とかでも良くあるらしいな」

「そう言うことよ」


 自信ありげに頷く娘の姿に鷹人は思った。


 ――どう言うことだよ?


 そんな鷹人の疑問に娘は答えることなく、本当にこの空気の中、義弟の自転車にカバンを放り込み、その腰に掴まって登校して行った。


「――」


 自分はさっぱりだが、妻は何か分かるのだろうか? と視線を向けてみる。

 妻は軽く苦笑いしながら――


「二回目なら直ぐに懐くでしょ」

「……そう、なのか?」


 分かっている様だが、説明してくれる気はなさそうだった。









「うぃー」

「……おはざー」

「今日はどうしたん?」


 俺、投げ込みやりたかったんだけど? キャッチャー欲しかったんだけど? 何で朝練サボってんの? 何で連絡なかったの? とイカルガ(自己中野郎)


「よく聞け、イカルガ。……僕は、もう、野球を辞める」

「……」

「……」

「…………」

「…………()めないのか?」


 僕が野球を辞めるんだぞ?


「止めねぇよ。どうせ下らん理由(薄い白)だろ? それよりもお前、今日の(リーダー)の宿題やって来た? 俺まだなんだけど、今日当てられる日なんだわ。内職するしかないかなぁー」


 言って僕を放置。Rの教科書とノートを取り出して悪あがきし始めるイカルガ。


「……」

「……」

「……もうやきゅうやめゆ!」

「幼児化すんな。……っーか、幼児化するってことはその発言、すげぇ下らない理由から出て来たって自分でも分かってんだろ?」

「……分かってるから、こうしてダダを捏ねてるんじゃないか」


 だから優しくしろ。


「嫌だね。自分の機嫌くらい自分で取りやがれ」


 冷たい()。「……」。でも、まぁ、それもそうか。


「……ちょっと自販機行ってくる」


 コーヒー牛乳でテンション上げてくる。


「おー……その調子だ。偉いぞミドー。ご褒美にショートルームはサボれる様に説明しといてやるよ」


 それはそれは――


「有り難いことで」











 朝少しサボって。コーヒー牛乳を飲んだらそれなりにテンションは戻った。

 自分のことながら随分と安上がりだ。

 だがそうしてちょっと気分を上げてみても、義姉のいる家に帰る気が出てこなかったので、SO(バイト)でストレスを発散することに。

 例の如くレートの近い相手からのラブコールは届いているが、今日の目的は、悪い言い方をすれば弱いモノ虐めなのでスルー。

 イカルガに付いて行く形で、イカルガと同じ位のレートの方々が集まっているサウダージ氏との思い出の地、噴水のある公園に。

 今日も今日とて不良球児と、そんな彼等に賭ける博徒の皆様は結構な数が集まっていた。

 一応、会社(・・)が使用許可を取っているとのことだが……多分その内使用許可は下りなくなる。集まっているだけでも苦情が入るのが昨今のご時世だと言うのに、集まって騒いでいるのだからツーアウトだ。

 そんなことを考えつつ、イカルガと一緒にバイクや自転車が止まっている一角に愛車を止める。

 ソレに合わせる様に、ぃん、と金属音。

 ピッチャーの投げた白球をバッターが捉え、それでも力負けしたのか、芯がズレたのか、特大ファールボールと成った結果、こちらに転がって来た。ギャラリーの一人がそのボールを取ろうとこちらに駆けてくるのが見えたので『こっちで拾います』と手で制しながら拾うと――


「何で振りますの? な・ん・で・ふ・り・ま・す・のっ!? 今のを! ボール先行で、ピッチャー明らかにエンジン掛かっていませんわよ? スリボールノーストライクですわよ? 待て(スティ)! 待て(スティ)、ですわ! フォアボールでの出塁も立派な出塁! 貴方如きポンコツバッターはバットの振り方の前に『待て』を覚えるべきでしてよ! なんならウチのエリザベスに見事仕込んだわたくしが教えて差し上げますわ!」


 調子が大変良さそう(オレンジ)な方の声が聞こえて来た。


「……」

「……」


 ニット帽さんこと桜宮沙織嬢がいらしているらしい。僕とイカルガは無言で帽子を深く被り直した。


「……スリーゼロってことは、ストライク取る為の球投げますよね、普通」

「そだな。ピッチャー心理としちゃちょっと甘くなるな」

「今回は振ったみたいですけど……それ見逃すと、あの野次って……」

「『何で振りませんの!? そのバットは飾りでして? ファッションでして? ここはパリコレではありませんわよ!』だな」

「……ですよね」


 以前僕が言われた野次を覚えていてくれてありがとう、イカルガ。

 ……あのお嬢様、中身おっさんなのでは?











 イカルガことグロスビークくんは非公式戦をサクッと勝った後、乱入してきた大学生のチャンニーもあっさりと三振に打って取った。

 兄ちゃんは「俺ぇバッセンで百五十キロ打ってっから!」と言っていたが、百二十程のイカルガに仕留められていた。「……」。イキってたのに可哀想。お友達の元に戻る背中が煤けてるぜー。

 遊びだと判断しているのか、ニット帽さんも野次を飛ばさない。「今日は調子良さそうですわね、グロスビーク」とか言ってる。パドックの馬を見るみたいな眼してる。


「いや、今のぜってぇ百六十出てたって!」

「……」


 出てねぇよ。

 兄ちゃんの負け惜しみに内心でそんなツッコミをしつつ、SOのアプリをぽちぽち弄る。レート無視で、近くに居る人でサーチ。マッチした。オオタニ★。「……」。聞かない名前だけど、何故かよく見かける名前だ。僕は『†』と『♡』、『(本物)』『(仮)』との対戦経験がある。


「うっし! 俺の本気、今度こそ見せてやるよ。俺、高校ン時、体育で野球部三振に取ってっから! 投げるのが本職だから!」

「……」


 兄ちゃん、お前だったのか……。


最低保証(一ポイント)だろうな……」


 呟きながらバッターボックスに入る。賭けが成立しなかったらしく、博徒(プレイヤー)の皆様がとても嫌そうな顔をしているが、僕は悪くないと思うのでそんな眼(灰色)で見ないで欲しい。


 一球もストライクに入らなかった。

 兄ちゃんとその仲間達だけは楽しそうに笑っているが、もう少し空気読んで欲しい。選手に博徒、ここに集まった他の方々から、もうシンプルに死ねよ()としか思われてないと言う事実を知って欲しい。この空気、僕の眼で無くても分かると思うのですが?


「……どうする?」


 と、イカルガ。まともなマッチもあるが、笑いながら兄ちゃんが参戦して来るので今日のゲームはグダグダだ。


「……バッセンでも行きますか?」


 未だ七時ですし、と僕。

 まともな選手も何人か居るが、兄ちゃん達が邪魔過ぎて楽しく遊べない。ストレス発散のつもりが、ストレスが溜まるだけだ。


「ブリキ、グロスビーク、こちらにいらして下さる?」


 と、そんなことを話して居たらニット帽さんに呼ばれた。


「……」

「……」


 イカルガと無言で見つめ合う。

 クラスメイトなので行きたくない。それが本音だが、ニット帽さんの周りに博徒もまともな選手も集まっているので、空気的に行かないと拙そうだ。


「無口キャラで行こう」

「……行けんのか、それ?」

「ボディランゲージは言語の壁を超えると聞きます。同じ日本人同士、言語の壁すらないんだから行けるさ。……多分」


 言って、スポーツウェアのチャックを思い切り首まで上げて、近づいて行く。


「あいつら省いてチーム戦、九打席勝負(ナインボックス)やろうと思うんだけど、お前等どうする?」


 審判をやってた人にそう言われる。イカルガがちょいちょいと指で自分と僕を指差して、くるん、と丸を描く。


「あぁ、そうだ。お前等は同じチームで良い」

「……」


 すげぇ。通じたよ。見習って僕も大袈裟に首を、かくん、と傾げてみる。


「対戦相手か? それなんだが、何人かアンダーに狩られた奴等が混じってるからポイントの移行は無しになるんだよ。てなわけで純粋な遊びになるけど、良いか?」


 成程。だから博徒側は残ってるのが野球詳しい勢と野球好き勢だけで他は帰り始めているのか。「……」。その気持ちは分かる。金にならないならやる意味はない。本来僕はそっち側だ。だが、今日は僕も遊びに来ただけなので――


「……」


 両手で、まるー、と僕。

 やってやろうじゃねぇかぁ! と言う奴だ。そんな僕を見て、イカルガも、まるー。やってやろうじゃねえかぁ!

 そんな訳で博徒の皆様から離れて、チーム訳。ピッチャーはこの場のレートトップツーが勤め、あとはじゃんけんで好きなメンバーを取って行く小学校の休み時間スタイル。

 イカルガの方がレートが低かったので、ハンデで(公式戦バッター)とセットと言う特別ルールだ。


「足を引っ張らないでくれたまへよ、イカルガくぅん?」

「……」


 足を引っ張られなかったけど、足を踏まれた。僕、可哀想。

 集まったバッターは僕を含めて五人。あっちのチームに三人入ってこちらは僕ともう一人だけ。ナインボックスはその名の通り、九打席勝負なので一人が何回か出ないと行けない。勝ちが欲しければ僕が全部出るのだが――


「……4、4、1で良いか?」

「僕は構いません」


 遊びに来ただけなので。








「良いですわ! 良いですわよ! グロスビーク! 素敵ですわ、その高速スライダー! キレてますわ! キレてますわよ! ボールにジェットついてんのかぃ!」


 ニット帽さんは僕等のチームを応援することにしたらしい。そしてイカルガの仕上がりに満足して頂けたらしい。ボディビル会場みたいなテンションになっていらっしゃる。

 その声援を受けたイカルガは、レートが低いと言われたのが気に入らなかったのか、あっさりと三打席終わらせていた。


「……」


 素直に良いピッチャーだと思う。

 SOだと外野行けば全部ヒットだからバットに当たった場合、結構な確率でピッチャーの負けだが、イカルガは打たれて勝つ(・・・・・・)確率が高い。

 それはニット帽さんの言った通り、決め球の高速スライダーのお陰だろう。

 イカルガの高速スライダーはキレが良く、変化量が大きく、何より直球と球速差がない(・・)。殆どない――ではなく、ない《・・》。多分、直球を無意識にセーブしているせいなのだろうが、それが良い方に向いている。


「ないぴっちー」

「おー」


 いぇーとハイタッチ。

 今度はこっちの攻撃だ。じゃんけんの結果、僕は後になったので、チームメイトを、がんばえーと送り出す。


「……」

「……どうしましたか?」


 送り出したのに、中々行かない。


「4、4、1っていったけどさ。アレ、三打席の成績が良かった方が残り二打席撃つことにしねぇか?」


 遊びでも勝ちてぇだろ? とチームメイト。その眼にはあからさまな挑発()。「……」。三秒考える。「良いですね」。遊びに来たのだから楽しい方が良い。お手々をふりふりして、がんばえー、とチームメイトくんを送り出す。

 ピッチャーは何時ぞやの元強豪校のスリークォーターの兄ちゃん。アレは大したことが無いことを知っているので、バッターの方に注目する。

 二、三回スイングをした後に、右のバッターボックスに入り、構える。


「……」


 そのフォームに見覚えがあった。


「イカルガ。……彼、もしかして駒原東シニアのナナハラか?」

「今気が付いたのかよ。……お察しの通り、駒原東シニアのサード、七原重吾こと十号さんだよ」


 呆れた様にイカルガ。


「流石に酷くねぇか? シニア時代から有名だったぜ、アイツがお前をライバル視してんの」

「失礼な。僕だって覚えてたさ」

「今気が付いた癖にぃ?」


 内緒だぞ、とイカルガに口留めしてから、ネクストへ。

 ナナハラは彼らしい早打ちで既にヒットを二本打っての三打席目。リズムよく打たれ、相手投手には焦り(灰色)が見て取れる。大して自分のペースに持ち込んだナナハラの方は落ち着いている(青色)。「……」。三打席連続だな。

 僕はそう判断した。









「ないばっちー」

「……一本でも打ち損じたら俺の勝ちだぜ?」


 戻って来たナナハラから煽るようなそれでいて楽しそうな赤を受ける。

 髪が金色になっているし、お耳はピアスでいっぱいなので、さっぱり分からなかったが、声は確かに七原重吾だった。


 僕の目と耳は特別性だ。


 感情が感じられる。

 だがお医者さんに言わせると、僕が見たり聞いたりしているのは『感情』ではないらしい。

 特別なのは眼と耳よりも、脳。その記憶力。相手の細かい動作を、声の変化を、一切忘れることなく蓄積した結果、その時の相手の感情と行動を全て覚えた結果だと言う。

 それこそが僕のチートの正体と言う訳だ。

 医者。

 そう、医者だ。

 僕は眼のことで医者に掛かっている。それは感情が見えるからどうにかして欲しいと言うモノではなく、僕の抱える障害に関して相談した時だ。

 他人と違う特別があるのなら、他人には当たり前に出来ることが出来ない。

 与えられた代わりに、与えられなかった。

 僕の脳は特別性だが、同時に欠陥品だった。

 母さんは分かる。義父さんや、義姉さんなどの家族。近い場所の人は覚えられる。イカルガの様に深く人生に関わった人は覚えられる。

 だがイカルガ以外のクラスメイトの顔を僕は認識できない。ニット帽さんの声と口調が変わったらもう分からない。

 髪を染めて、ピアスを開けたナナハラのフォームを見る迄、知り合いと分からなかった。


 相貌失認。


 僕の目は、世界を正しく映さない。


サウダージ氏みたいに上手い人はフォームとかで覚えてるから、逆に顔とか変わってても気付く。

フォーム変わると気付かない。


野球下手な奴をやたら見下し気味になる原因はこれ。

全部モブに見える。

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― 新着の感想 ―
なーるほどねぇ〜 コレ普通の野球マンガなら完全にカンジ悪い敵キャラとして準決勝あたりで出てくるタイプやん
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