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95話


「私が知りたい、事――」

「ああ」


 アイーシャが唖然としたまま呟くと、正面のソファに座っているマーベリックが目を細め、優しく頷いた。

 リドルはマーベリックの補佐をしているから今回の話の内容が分かっているのだろう。

 リドルもマーベリックと同様、優し気な眼差しをアイーシャに向けてくれる。


「おい、まさかそれは……」


 クォンツは初耳なのだろう。

 きらきらと希望に満ちた瞳を瞬かせ、マーベリックとリドルに向かって身を乗り出した。

 アイーシャの心臓が続きを、話を早く聞きたいとばかりに逸る。


 無意識の内に隣に座っているクォンツに縋るように服の裾を握った。

 アイーシャの行動にすぐ気が付いたクォンツは、マーベリックとリドルから視線を外さないまま、アイーシャの手を力強く握る。

 まるで励ましてくれるように強くぎゅう、と握り締められて、アイーシャも同じくらいクォンツの手を握り返した。


 そんな二人の顔を交互に見やった後、マーベリックが口を開いた。


「ルドラン子爵家の今後の事を話しておかないといけない、と思ってな。爵位と領地は王家で一時預かるとは言え……領民は今回の一件とは関係ない。なんの罪もない領民を苦しめる事になってしまうのはしのびないだろう?」

「はい。確かに殿下の仰る通りです。彼らには何の罪もございません。……領主が、当時の領主が罪を犯しただけの事です」

「そうだろう? 王家で管理するにしても現状、手が回らないのが実状だ。そこで考えていたのだがな」


 マーベリックが笑みを深め、言葉を続ける。


「……領地を管理する人間を手配した。とても優秀な領地管理人だ。その人間はちょっと訳ありではあるのだが、何、悪い人間ではないから安心してくれ」

「領地、管理人……?」


 アイーシャの手を握るクォンツの手の力がぎゅう、と強くなる。

 マーベリックは「ああ」と頷く。


「その男は魔法の腕も相当だ。それに、かつては領主の経験もある非常に適した人間だ。訳あって身分を剥奪され、住む場所がなくてな。……出来ればルドラン子爵邸で面倒を見てやってくれ」


 ひょい、と肩を竦めて話すマーベリックに、アイーシャは自分の心臓の音が速まり、耳に響いてくるのが聞こえる。

 アイーシャの手を握るクォンツも、マーベリックの話を聞いて、笑顔でアイーシャに顔を向けた。


「その人間はルドラン嬢と同じ、珍しい躑躅(つつじ)色の髪色を持つから一目で分かる筈だ。初めましてではないしな。彼の名前はウィル。ただのウィル、だ。いいな?」


 決してウィルバートだ、とは言わない。

 言わないが、だがマーベリックは確かに「ウィル」だと言った。

 それは、ウィルバートが記憶を失っていた時にクォンツとクラウディオに自らの名前を名乗った時に告げた名前だ。


 そして、イライアが呼んでいた愛称。


 アイーシャは言葉にできず、何度も何度も頷いた。

 今、言葉を発すれば声が震えてしまいそうで。

 王族に対して失礼な真似をしているのに、とアイーシャは思うが目の前にいるマーベリックはただただアイーシャを優しく見つめているだけで。


「……っ、帰るぞアイーシャ嬢!」

「――え、えっ」


 突然ソファから立ち上がったクォンツに、手を握られていたままだったアイーシャはクォンツが立ち上がった事でつられるように自らもソファから立ち上がる。

 まだ話の途中だ。

 途中退席は流石にできない、とアイーシャが何か言葉を発する前にマーベリックがふりふりと手を振った。

 それは「さっさと行け」とでも言っているようで、アイーシャのその考えを肯定するようにマーベリックが口を開く。


「ああ。早く邸に戻ったほうがいい。今頃子爵邸にウィル殿も到着している頃合いだからな」

「――それを早く言え、マーベリック!」


 焦ったように声を上げたクォンツが、アイーシャを抱え上げてそのまま部屋を横切り、扉に向かう。

 このままでは本当にそのままクォンツは外に飛び出してしまいそうだ、と思ったアイーシャはクォンツに抱えられたままマーベリックに向かって声を上げた。


「で、殿下っ! 本当に、本当にありがとうございます!!」


 アイーシャの言葉に、マーベリックはただにこやかに手を振っていた。



 バタバタ、と王城の廊下を駆ける足音が響く。

 クォンツに抱き上げられたまま、アイーシャは視界が嬉しさで滲んでいるのを自覚する。

 そのままクォンツの肩に顔を寄せると、クォンツが優しくアイーシャの頭をぽんぽん、と叩く。

 まるで泣いてもいい、と言うようなクォンツの行動にアイーシャはじわりじわりと瞳に涙の膜が張って行くのを感じた。


 通り過ぎる人達がアイーシャとクォンツを見て驚いたような表情を浮かべていたが、今のアイーシャにはそんな事に構っている暇も、余裕も無い。


 必死に足を動かし、城の城門までやってくると、そこには行きに乗って来た馬車なくなっていて代わりに一頭の馬が用意されていた。

 クォンツは「マーベリックめ!」と笑いながら言葉を零し、馬に飛び乗る。

 馬上からアイーシャに手を伸ばし、抱え上げて自分の前に座らせるなり馬の腹を蹴って急いで駆け出した。

 馬で駆ければ、王都にあるルドラン子爵邸の邸まではすぐだ。

 馬車で向かうよりかなり時間を短縮する事ができる。


 クォンツはアイーシャに向かって舌を噛むなよ、と叫び速度を上げた。



 馬を走らせ、暫く。

 馬のたてがみにしがみつき、舌を噛まぬよう必死に口を閉じたままのアイーシャの視界に見慣れた邸が現れる。

 落ちないように、とアイーシャの腹に回っているクォンツの腕にも力が入った事が分かり、アイーシャは到着するのを今か今かと逸る気持ちを必死に律する。


 邸に到着し、急くように馬上から降りて二人は自然と駆け出す。

 アイーシャの手はしっかりとクォンツに握られていて、力強い手のひらに包まれている安心感にアイーシャがぎゅうっ、とクォンツの手を強く握ると、アイーシャの行動に返すように前を走るクォンツもぎゅう、と握り返してくれる。

 その力強さに鼓舞されるようにしてアイーシャは目的の場所に向かって走る。


 クォンツも同じ考えなのだろう。

 二人が目指す所は同じようで。

 二人は急いで庭園の片隅にあるイライアの墓標に向かった。


 そうして、イライアの墓標の前に一人の男が立っている姿を見て。

 アイーシャと同じ躑躅(つつじ)色の髪の毛が風に靡いている様を見て。

 アイーシャは耐えきれずに泣きながら叫ぶように声を発した──。


「っ、お父様!!」


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