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94話

 

 ユルドラーク侯爵邸に一旦戻ったアイーシャは、数日間滞在させてもらったお礼を侯爵とクラウディオに告げ、シャーロットとはお茶会の約束をして邸を後にした。

 やはりアイーシャとクォンツが邸に戻ると、シャーロットの家庭教師は既に帰宅してしまった後らしく、会う事は叶わなかったがそれでもアイーシャはちっとも悲しくなんかなかった。


 ルドラン子爵邸に戻る際、邸まで送ると言ってくれたクォンツに申し訳ないから、と断ったアイーシャは一人で住み慣れた邸に戻って来た。

 一人で戻るのは危ない、と言うクォンツを説得するのに些か時間がかかってしまったが、もうアイーシャを虐げる人間は邸の何処にもいない。

 短い間の筈だが、何だか久しぶりに邸に戻ってきたような、そんな奇妙な感覚になりつつ馬車から降り立った。


「お嬢様っ! お帰りなさい!」

「お帰りなさいませ、お嬢様」


 馬車の到着を待ってくれていたのだろうか。

 邸の玄関には使用人のルミアと、家令のディフォートがいた。

 二人の顔を見たアイーシャは、何処かほっと安堵する。ゆるゆると笑みの形に表情を緩め、二人に「ただいま」と言葉を返す。


 自然な流れでルミアに荷物をささっと奪われてしまい、アイーシャが何か言う前にディフォートに話しかけられてしまう。


「お嬢様。奥様の墓標周辺の手入れは抜かりなく。それと、王城から何名か手伝いの人間を送る、と報せが来ております。明日、学園の帰りに王城に寄るように、と殿下から言付けが」

「お母様の墓標、ありがとう。殿下は手伝いの方を手配して下さったのね、とても有難いわ。明日、王城で殿下から聞いてくるわね、ありがとう」


 ディフォートからの報告を受けながら、アイーシャは庭の片隅にあるイライアの墓標に足を向ける。


「邸に戻って来たら、お母様にご挨拶をしようと思っていたの」

「はい、準備出来ております」


 アイーシャの言葉に心得ている、とばかりにディフォートが頷き、邸の使用人にさっと指示を飛ばしている。

 お参りする際に必要な物を用意してくれていたのだろう。

 手際の良いディフォートにアイーシャは笑顔でお礼を告げ、さくさくと足を進めて行く。


「──っ、やっぱり」


 イライアの墓標に辿り着いたアイーシャは小さく笑みを零す。

 そんな気がしていた。


 ウィルバートが生きているのであれば、きっと毎日イライアの墓標に訪れているだろう、という気はしていた。

 そのアイーシャの考えは当たっていたようだ。

 不思議な花は一輪も枯れる事なく、綺麗に咲き誇っていて。

 何故枯れないのか、どういう原理で花が咲いているのかは分からないが、この場所に魔力を定着させるなんて芸当ができるのは一人しかいないから。

 アイーシャが邸を立つ前と変わらず、花は綺麗に咲いている。


「きっと、毎日確認に来られているのね」

「お嬢様?」


 ぽつり、と呟いたアイーシャの言葉が聞き取れなかったのだろう。

 ディフォートが不思議そうに話しかけて来るが、アイーシャは笑顔で「何でもないわ」と返した。


「明日は久しぶりの学園だから……しっかり準備しないとだわ」

「お手伝いいたします!」


 アイーシャとルミアは顔を合わせて笑い合った。




 そして翌日。

 久しぶりにアイーシャは学園に行き、授業を全て受けて、途中でクォンツとリドルと合流して王城に向かう事にした。


 学園内では既にルドラン子爵当主が犯した罪で処刑された事や、エリシャの噂が広まっていたが変にアイーシャに突っかかって来るような人は居なかった。

 時々噂話をされているような視線を感じたが、アイーシャがクォンツやリドルと話しているとその視線も何処か気まずげな雰囲気を孕んだまま消える。


「貴族ってのは本当に噂話が好きだよな……」


 途中合流し、同じ馬車で王城に向かう途中クォンツが呆れたように呟いた。

 真向かいに座っていたリドルが苦笑し、言葉を返す。


「今回の一件は大きな出来事だったからな。視線を感じるのも仕方ない。時間が経てばなくなるだろう」

「ったく。マーベリックのやつめ……」

「おいおいクォンツ。マーベリックに聞かれていたら不敬だ、と怒られるぞ?」

「聞いちゃいねえからいいんだよ」


 鼻で笑い飛ばすクォンツに、アイーシャもついつい苦笑してしまう。

 王族のマーベリックに、こんなに気安い態度を取る人もそうそういないだろう。


 リドルは流石に本人が目の前にいる際はマーベリックの名を呼ぶのを控え、「殿下」と呼んではいるがこうして気心知れたクォンツや、アイーシャの前では砕けた態度を取る。

 「友人」と言う三人の関係性に何処か憧れを抱いていたアイーシャは心の中で「いいな」と呟く。


 自分にも、そう言った間柄の人がいれば。

 今までは友人と呼べる人ができたとしても、気付けばエリシャの友人になってしまい、誰一人として自分の傍には残らなかった。

 唯一、自分と家庭を築いてくれる予定だった元婚約者のベルトルトがいたが、ベルトルトもいつの間にかエリシャの事を慕い、エリシャの傍にいるようになってしまった。

 ベルトルトは今回の事件とは無関係だった事が判明しているので重い罰は受けていないが、アイーシャへの行動が罰せられ、城の貴族牢で十年間罪を償う事が決定している。


 アイーシャが様々な事を考えていると、馬車が揺れ、次いで止まった。


「着いたみたいだな」

「そうだな。マーベリック……殿下が待っているから行こうか」


 馬車の窓から外を確認したクォンツとリドルが席を立ち、リドルが先に馬車を降りる。

 その後にクォンツが続いて降りて、後に残ったアイーシャに向かって当然のように手を差し出した。

 まるで当たり前のように伸ばされたクォンツの腕に、アイーシャはこそばゆさを感じながら不思議そうにアイーシャを待つクォンツの手に自分の手を重ねて地面に降り立った。


 王城に着いたアイーシャ達三人は、衛兵に案内されるまま進み、とある一室でマーベリックを待つ。

 三人が部屋に通されて程なく、扉が開かれマーベリックが姿を現した。

 さっと素早く礼を執ろうとしたアイーシャをマーベリックが制した。


「ああ、ここまでで良い。君は外で待機だ」


 マーベリックは案内役の衛兵に退室を促し、部屋にはマーベリックの護衛とマーベリック、そしてアイーシャ達五人だけが残る。


「ルドラン嬢、クォンツにリドル。待たせてしまったかな」


 マーベリックはにこやかな笑顔を浮かべアイーシャ達に話しかける。マーベリックの背後で扉がぱたん、と閉まる。

 にこやかな笑顔を浮かべてはいるが、ここ数日の疲労感が隠せていない。薄っすらと目の下には隈が浮かび、顔色も悪い。

 そんなマーベリックを見て、アイーシャはおずおずと口を開いた。


「殿下、差し出がましい事だとは分かっているのですが……」

「ん? なんだ? 構わない、言ってくれ」

「その、疲労が溜まっておられるのでは? しっかり休まれておりますか? お食事もしっかりとられていますか?」


 まさかアイーシャから体調の心配をされるとは思わなかったのだろう。

 マーベリックはアイーシャの問いにきょとん、と目を瞬かせたがすぐに嬉しそうに破顔する。


「ああ、大丈夫だ。こんな状態で君たちの前に出てしまったから心配をかけたな。どうも友人達の前だと気が抜けてしまうようだ」


 はは、と珍しく声を上げて笑うマーベリック。

 友人の前だと気が緩んでしまうのか、とアイーシャは納得した。

 付き合いの長いクォンツやリドルの前だからこそ、ついつい気が緩んでしまう。友人とは、そんな間柄になれるのね、とアイーシャはまた一つ三人の間柄に羨ましくなった。


「どうもクォンツやリドルと会うと自分が王族だという自覚がな……。旧知の仲だからこそ、気が緩んでしまう。ルドラン嬢も穏やかで、昔から一緒にいるような自然な空気だからついつい……すまないな。ルドラン嬢に心配をかけてしまうのは私としても避けたい。気を引き締めよう」

「い、いえ……! は、い……? え……?」


 マーベリックの口から何だか嬉しい言葉を言われた気がするが、直ぐに気を引き締め普段の王太子然とした雰囲気に戻ってしまったマーベリックに、アイーシャはわたわたと戸惑いの声を上げる事しかできない。

 マーベリックとアイーシャのやり取りを背後で見ていたクォンツとリドルの様子はアイーシャからは見えない。だが、アイーシャの正面にいるマーベリックにはしっかりと見えている。

 クォンツが悔しそうにしている様子も、リドルがやれやれ、というような顔をしているのも良く見えて、マーベリックは機嫌良くアイーシャをソファに促した。


 三人がソファに座ったのを見て、マーベリックは襟元を軽く緩めながら口を開く。


「折角来てもらったのだが、あまり時間が取れなくてな」

「まあ、大体予想はついてるからね」

「リドルが……? 一体何の話をするつもりだ?」

「私がマーベリックの補佐をしているのを知ってるだろ?」

「ああ、確かに……。ならマーベリックの話もリドルが想像つく、って言うのも当たり前か」


 ぽんぽん話を進める三人に、アイーシャはソファに座りながら三人の顔を交互に見つつ口を挟まずじっと聞いていた。

 襟元を緩めていたマーベリックの視線がふいにアイーシャに向けられ、マーベリックと目が合ったアイーシャはしゃきっと背筋を伸ばす。


「――ふ、畏まらなくてもいいと言うのに……まあ、それがルドラン嬢の良いところか」

「マーベリック、本題を言った方がいいよ」

「あまり行き過ぎるとひやっとする視線を向けられるぞ」

「私はクォンツのように下心満載で彼女の側にいた事などないから大丈夫だ」

「っふざけんなマーベリック! ここで言うな!」


 ぎゃあぎゃあ、と言い合いを始める三人にアイーシャは三人の話の内容について行けず、疑問符ばかりが頭に浮かぶ。

 未だに「行動が遅い」とか「早くしないと」だとか「視線が痛い」とか色々な言葉が聞こえてくるが、マーベリックが気を取り直して咳払いをした。


「時間がない、と言っただろう……。本題だ。ルドラン嬢に伝えたい事があってな」

「え、私、ですか?」

「そうだ。色々調整をしていたせいで時間がかかってしまってな……。ルドラン嬢が今一番知りたい彼の事について、伝えておく」



 

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