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92話

◇◆◇


 処刑場を後にしたアイーシャは、ユルドラーク侯爵邸に戻る前にルドラン子爵邸に一度戻って来ていた。

 少しの間、ユルドラーク侯爵邸に滞在するため母、イライアに報告をしなければ、と考えたのだ。


 爵位と領地が王家預かりとなるが、恐らくマーベリックは今まで通りの生活を保証してくれる筈だ。

 だが、その許可が下りるまで多少時間はかかる。

 許可が下りてから正式にこの邸に戻りたい。

 そう考えたアイーシャは少しの間この邸を、イライアから離れる事を直接報告しておきたかったのだ。


「クォンツ様、私の我儘でお手数をおかけして申し訳ございません」


 邸の庭園の片隅、イライアの墓標に向かう道すがら芝を踏み締めながらアイーシャは隣を歩くクォンツに話しかける。

 するとクォンツはきょとんとした顔でアイーシャに答えた。


「我儘なんかじゃねえだろ。自分の母親に報告しに来るのは当然の事だ。手間とも思わねえし……それに俺もアイーシャ嬢の母君には挨拶したいと思ってたしな……」

「お母様に……? ありがとうございます、クォンツ様」


 ふふ、とアイーシャはクォンツに笑いかける。

 そうして二人がぽつりぽつりと話しながら目的の場所にやって来て、そして。


「──!?」


 アイーシャは墓標を目にした瞬間、驚きに目を見開いた。

 思わずその場で足を止めてしまう。


「アイーシャ嬢、どうした?」


 突然足を止めたアイーシャに、クォンツが不思議そうに声をかける。返事をしなくては、と思うのだがアイーシャは上手く言葉を紡げなかった。

 ぱし、と自分の口元を手のひらで覆い、漏れ出てしまいそうになる嗚咽を何とか抑える。


「アイーシャ嬢、どうしたんだ一体!?」


 今にも泣き出してしまいそうなアイーシャに、クォンツが慌てて声をかける。

 か細く震えるアイーシャの肩を支えてやっていると、アイーシャが震える唇で声を発した。


「ク、クォンツ様。あれ……っ、見えますか?」

「何だ?」


 ゆっくり腕を上げ、アイーシャがある場所を指差す。

 アイーシャの指差した方向にクォンツも目を向け、そして墓標に供えられている花を視界に捉えた。


「あれは……?」

「あれ、は。あの丘に咲いていた、枯れない不思議な花です……っ」

「……アイーシャ嬢が摘んで帰って来たのか?」


 クォンツの問いに、アイーシャはふるふると首を横に振る。


「摘んでも、あの場所から離れると、すぐに枯れてしまうんです。だから、私は持って帰って来ませんでした。……いえ、持ち帰る事ができなかったんです」


 ゆっくりと墓標に近付いて行くアイーシャの覚束無い足取りを支えつつ、クォンツも一緒に墓標まで向かう。


 魔力溢れる不思議なあの丘でしか咲き誇る事ができない花。

 その花が何故かイライアの墓標の前に沢山供えられている。

 そして、墓標の周辺一帯にも植えられていて、この場所には確かに魔力が溢れていた。


 そんな芸当が出来るのはこの国で一人しかいない。


「クォンツ様のお邸に出立する時にはなかったのです……」

「ああ」


 ボロボロと涙を零しながらアイーシャはその場にカクン、と膝を付いた。


「お父様っ、本当に生きていらっしゃるんですね……っ」


 咽び泣くアイーシャの声が、小さな花畑に響いて消えた。

 そよそよと微風に吹かれ、不思議で、美しい花々はゆらゆらと揺れている。


 小さく肩を震わせ、その場に膝をつき咽び泣くアイーシャの側に、クォンツもしゃがみこむ。

 震える肩を優しく支え、自分に引き寄せた後クォンツも花々に視線を向けた。


「一時はひやりとしたが、マーベリックもやってくれたな」


 はは、と笑い声を零すクォンツにアイーシャはしゃくり上げながら何度も頷く。


「あの人は妹の家庭教師をやってるし、いずれ邸で会えるだろう。その時にアイーシャ嬢の目が腫れていたらきっと心配する。心配させたいわけじゃねえだろ?」

「……っ」


 こくこく、と何度も頷くアイーシャにクォンツは「よっと」なんて声を上げながらアイーシャを抱き上げた。

 突然抱き上げられ、驚いたアイーシャは急に高くなった視界にクォンツの肩にしがみつく。


「よし、そうと決まれば急いで邸に戻ろう。もしかしたら彼がまだいるかもしれない」

「――っ! はい!」


 にぃ、と口角を上げ晴れやかな笑顔を見せるクォンツに、アイーシャも自然と頬が緩む。

 嬉しさを抑えきれず、アイーシャは自分を抱き上げてくれているクォンツに抱き付いた。



 馬車に乗り込み、ユルドラーク侯爵邸に戻る道中。

 馬車に揺られながらアイーシャはいつの間にか眠ってしまっていた。

 怒涛の一日だったのだ。

 人の生き死にをその目で見て、そして自分の邸に戻れば信じられない光景を見て。

 様々な情報がいっぺんに入って来て、疲れきってしまったのだろう。


 クォンツはアイーシャがこくりこくりと船を漕ぎ始めた事に気付き、場所を移動した。

 アイーシャが倒れてしまわないように自分に凭れかけさせ、体を支えてやる。


「まあ、これからの事を考えるとウィルバート卿を手放すなんてできやしねえもんな。よくよく考えれば当然だ」


 国王が病に伏してから、どうも国内がキナ臭い。

 調べるにも、逆賊を排するにも、大きな力を持つ人間が必要なのは必定。


「マーベリックは生かす代わりにウィルバート卿の力を手にしたって事か」


 正しい判断だ、とクォンツは独りごちる。


「ウィルバート卿の精神状態が心配ではあったが……、その原因もこの世から消えたしな」


 クォンツは自分に凭れて眠るアイーシャをちらりと横目で見やった後、心配そうに目を細める。


「危惧すべきはアイーシャ嬢か……。ウィルバート卿が姿を現してくれればいいが、どうだろうな……」


 クォンツが懸念していた通り、二人が邸に戻る頃にはシャーロットの家庭教師である新任のウィルバートと思わしき男性は既に帰宅してしまったらしく、見送りにやって来ていたシャーロットとちょうど鉢合わせした。


「お兄様、お帰りなさいませ」

「ああ、ただいまシャーロット」


 馬車から降りたクォンツに気付いたシャーロットがこちらにやってくる。

 それに返事をしながらクォンツは眠ってしまっているアイーシャを起こさないようそっと抱き上げた。

 ひょい、と体をずらし馬車の中を覗き込んだシャーロットが驚きに目を見開いた。


「アイーシャ嬢、眠ってしまわれたのですね」

「ああ。疲れてるんだ、起こさないよう寝かせてやろう」

「はあい」


 優しく抱き上げるクォンツの様子を見て、シャーロットはにんまりと口元を笑みの形に変え、邸に向かうクォンツの後を着いていった。



 アイーシャがユルドラーク邸に滞在させてもらっている間。

 シャーロットの家庭教師、と会おうとする度に何かしらの妨害に合う。

 

 今日は、王城への登城命令が出て、アイーシャとクォンツは二人揃って城に向かっていた。


「ア、アイーシャ嬢……」

「……」


 むう、と不機嫌さを隠しもせずすたすたと先を歩くアイーシャにクォンツは苦笑する。

 王城の渡り廊下。

 マーベリックから呼び出しを受けた二人は、城の使用人に案内をされ廊下を進んでいた。


(アイーシャ嬢も俺に対して遠慮とか、よそよそしさとかが無くなって嬉しいんだが……それを今言っても怒らせるだけだよなあ……)


 どうしたものか、とクォンツが後頭部をかいているとアイーシャの沈んだ声が聞こえる。


「殿下は……、お父様と二度と会わせてくれないおつもりでしょうか」

「いや、そんな事はねえとは思うんだが。会わせるつもりがねえのなら、徹底的に隠すだろうしな」


 クォンツの言葉にアイーシャはぐっ、と唇を噛み締める。

 本当に会えるようになるのか、それとも今後一生涯、ウィルバートと会う事ができないのか。


 血の繋がった家族に会えない、というのがウィルバートに課せられた罰だというのなら――。


(この後、殿下にお会いして……お尋ねしてみよう)


 アイーシャは気持ちを入れ替え、俯いていた顔を真っ直ぐ前に向けた。


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