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9話


 室内にまたしても人が増えた、とクォンツが嫌そうに顔を歪める。

 リドルはクォンツが何故そのような表情を浮かべているのか分からず、僅かに首を傾げた後、室内を見回して怪訝そうに眉を顰めた。

 だがすぐに興味を失ったようにエリシャから視線を逸らし、リドルはクォンツの背後にいるアイーシャを見て優しげに話しかけた。


「先程クォンツが抱き上げていたご令嬢だね。怪我をしているのかな……?」


 リドルに話しかけられ、アイーシャが慌てて起き上がろうとしたのを慌てて止める。


「ああ! 無理に起き上がらなくて結構だ、寝ていてくれ!」

「も、申し訳ございません。私はアイーシャ・ルドランと申します。クォンツ・ユルドラーク卿に助けていただきました。入学したばかりなのにこのような体たらく……お恥ずかしい限りです……」

「リドル・アーキワンデだ。きっと、クォンツがルドラン嬢に迷惑をかけたんだろう? こいつは昔からそうだから」

「昔からそうだ、とは心外だな……。お前も大概だろう」


 リドルの言葉にクォンツがぶすっと不貞腐れたように零す。

 遠慮のない物言いと、二人の雰囲気にクォンツとリドルの仲の良さが分かったアイーシャはくすくすと控え目に笑った。

 アイーシャに笑われたことを恥ずかしいとでも思ったのだろうか。クォンツがアイーシャにも不貞腐れたような表情を向け、唇を尖らせる。


「──アイーシャ嬢まで何だよ……そんなに俺は適当そうに見えるか?」

「いっ、いえ……っふふっ、クォンツ様はとってもお優しい方だ、と分かっております」

「良かったなぁ、クォンツ。ルドラン嬢はクォンツに迷惑をかけられてもそれを迷惑とは思わない広い心を持っているみたいだぞ?」


 仲良さげな学友の会話。

 その輪の中に自分ではなくてアイーシャがいることに怒りを感じたエリシャはじわり、と瞳に涙を溜め、自分の後ろにいるベルトルトに向かって勢い良く振り返った。

 アイーシャが自分を蔑ろにしている、とベルトルトに訴えようとしたエリシャは、しかしベルトルトに視線を向けて目を見開いた。


「──アイーシャ……笑顔が……」


 ぽうっ、とまるでアイーシャに見惚れるように頬を染めてアイーシャを凝視しているベルトルトに、エリシャは内心で舌打ちする。


(私が! 隣にいるのに、ベルトルト様は何であの人に見惚れているのよ……っ! 信じられないっ!)


「ベルトルト様!」

「──へっ? えっ、何だいエリシャ嬢……」


 ベルトルトは、エリシャからくいっと服の裾を引かれてはっとし、慌ててエリシャに顔を向ける。

 視界に映ったエリシャはじわり、と涙を瞳いっぱいに溜めており、今にもその大きな瞳から雫が零れ落ちてしまいそうだ。


「おっ、お姉様が……酷いです……っ、いつもこうしてっ、私を無視して……っお姉様のお友達や、お知り合いを紹介してくれないんですっ」

「──なっ! アイーシャがそんなことを……!?」


 ぐしぐし、と泣くエリシャの高い声は二人から離れた場所にいたアイーシャ達にもしっかり届いており、アイーシャは「またか」と諦めにも似た感情を抱く。


「また、あの子は……」


 か細く零れたアイーシャの声は、すぐ側にいたクォンツやリドルにもしっかりと届いていて。

 クォンツは呆れたようにアイーシャのベッドに腰かけ、肩を竦めて見せた。


「アイーシャ嬢、何なんだあの妹は? 不躾に人の会話に入ったり、最低限のマナーすら知らないで……本当に君と同じ家で育っているのか?」

「──え」

「本当だな……。紹介してくれない、って……紹介されないのにはそれだけの理由があるとは思わないのか」


 クォンツだけではなく、クォンツの隣に立っていたリドルまで呆れたようにやれやれといった顔をしていて、アイーシャは驚きに目を瞬いた。

 今までは、エリシャの言葉を信じてしまう者が多く、アイーシャの言葉を信じてくれるような人はいなかった。


「お二人、は……義妹の言葉を信じたり、しないのですか……?」

「は? 何を言っているんだ、アイーシャ嬢。あんなのただの難癖じゃねーか」

「……? 勿論。クォンツがルドラン嬢と親しい、ということは置いても、貴女と彼女、どちらが礼儀正しい女性か分かるからね」


 当たり前だろう? と至極あっさりと言う二人に、アイーシャは嬉しさで表情を綻ばせ、お礼を告げる。

 だが、その様子を見ていたエリシャは悔しさや羞恥、怒り様々な感情で顔を真っ赤に染め、責めるように声を荒げた。


「ひっ、酷いです……っユルドラーク卿に、アーキワンデ卿! どうしてお姉様の言葉を信じるのですか……っ! わっ、私は家でも……っうぅ……っ」

「エ、エリシャ嬢っ!」


 エリシャは声を荒げ、あろうことかバタバタと足音を立てながらエリシャはクォンツとリドルの方へ走り出した。

 失礼な態度を取り続けているエリシャに、ベルトルトは顔を真っ青にしながら止めようとエリシャの腕に自分の手を伸ばしたが、空振りしてしまう。

 リドルとクォンツ、二人のすぐ側まで走り寄ったエリシャは、庇護欲を誘う見た目を利用して涙を瞳一杯に溜め、上目遣いで口を開こうとした。

 が、エリシャが何かを言おうとする前に冷たい視線でクォンツに見下ろされ、エリシャの喉がひゅっと鳴った。


「……喧しい女だな。本当にアイーシャ嬢の妹なのか? 淑女らしさの欠片もねえ」

「まあ、小猿のように愛らしい所はあるけれど……。そうだね。淑女としてはあまり褒められた行動ではないね」


 クォンツとリドルの辛辣な言葉に、今までそのような言葉をかけられたことのなかったエリシャはぷるぷると怒りに体を震わせた。

 その様子に我慢の限界だ、とでもいうようにアイーシャが強い口調で言葉を紡ぐ。


「──エリシャ。いい加減になさい」

「っ!? ひっ、酷いですわお姉様っ!」


 アイーシャに叱責されたエリシャはぶわっ、と涙を溢れさせすぐ側に来ていたベルトルトに泣き付く。

 だが、アイーシャは強くエリシャを見据えたまま言葉を続ける。


「酷いのはどちらですか……! 先程から、貴方は礼儀の欠けた態度ばかり……! クォンツ様と、アーキワンデ卿とは初対面なのです! それにお二方は私達よりも高貴な身分のお方なの! それも分からないの!?」


 普段は、全て諦めたようにエリシャやエリシャの母、ベルトルトに何を言われようが言い返すことなど一切しなかったアイーシャ。

 物静かで、大人しい女性だ、と思っていたベルトルトは、声を荒らげ叱責するアイーシャの姿に驚いた。

 しっかりとした、芯の通った女性。そう認識しそうになったベルトルトの意識を、エリシャの悲鳴が遮る。


「いやぁっ、お姉様っ、怒らないで下さいっ、また打たれるのは嫌ですぅっ!!」

「エリシャ……!」


 ここぞとばかりに取り乱す口実を得たエリシャは、アイーシャに哀れな程怯えて見せるが、今までのようにすぐさまエリシャを庇ってくれるのはベルトルトだけだ。

 変わらず、クォンツとリドルからは冷めた視線を向けられる。


(えっ、えっ? 何で……? 私の魔力、満ちているわよね……?)


 クォンツとリドルの態度の変わらなさにエリシャが狼狽えていると、エリシャを庇うように抱き込んでいたベルトルトがアイーシャを睨み付けるように見つめ、責めるような言葉を発した。


「アイーシャ! これ以上妹であるエリシャ嬢に暴力を振るうな! 君の仕打ちに、エリシャの腕は酷い傷が出来ているんだぞ! 何度も何度もか弱いエリシャ嬢を鞭打つなんて、常軌を逸した行いだ!」


 何故、エリシャを鞭打っていたことになっているのか。

 そんなことしたことも覚えもないアイーシャは、ベルトルトに向かってキッパリと言い返した。


「そのようなこと、今まで一度もしたことはございませんが……。エリシャが、ベルトルト様にそのように告げたのですか?」

「ああ、そうだ……! 可哀想に、エリシャ嬢は黙っていてくれ、と! 君にバレてしまったらまた酷いことをされる、と怯えていた……! そんな思いをしていると言うのに、エリシャ嬢は自分が至らない部分が多いから仕方ないのだ、と姉である君を庇って見せたというのに……!」

「そうですか……。ベルトルト様は私に事実確認をせず、エリシャの言葉だけを信じてしまったのですね……。そうですか……」


 失望。

 アイーシャの心の中にはその二文字が浮かんだ。

 義妹であるエリシャの言葉を一方的に信じ、アイーシャ本人に事実なのかどうか確認することもなく、アイーシャがそのようなことをする人間だと、ベルトルトは認識している。


「……話がすり替わってしまっておりますが、先のことに関して私は一切間違ったことは告げていません。ベルトルト様はお考えが違う、という認識でよろしいでしょうか?」


 アイーシャの言葉に、論点がずれてしまっていたことに気付いたベルトルトは悔しそうに唇を噛み締めた。

 アイーシャに冷静に告げられ、先程のアイーシャの言葉を思い出したベルトルトは、アイーシャが何一つ間違ったことを言っていないのがはっきりと分かる。

 確かに、先程のエリシャの態度は高位貴族の人間に対して行き過ぎた行いだ。

 せめて友人であれば咎められることはないが、初めて顔を合わせた相手に対して、あのような礼を欠いた行動を取ってはならない。

 例え高位貴族ではなくとも、あの態度は駄目だ。と、ベルトルトは頭では分かっているが、それを目の前のアイーシャに言われているのが、咎められているのが気に食わない。

 自分は、妹に対して暴力を振るっているくせに、という感情がどうしても拭えないのだ。


「……エリシャ嬢が可哀想だ。彼女を邸まで送る」


 ベルトルトは、アイーシャの問いには何も返さず、小さく呟くとエリシャの肩を抱いたまま、逃げるように医務室から出て行った。


 エリシャがベルトルトに連れられて部屋を出て行くなり室内はしん、と静まり返る。

 アイーシャはクォンツとリドルの前でなんてはしたないことをしたのだろう、と顔を両手で覆った。

 家族のいざこざに巻き込んでしまった、とアイーシャが謝罪をするよりも前に、クォンツが呆れたように言葉を零した。


「──なんだ、あいつら……。まったく話にならないな?」

「本当にな……。ルドラン嬢、大丈夫だったかい?」


 先程と変わらず優しい二人に、アイーシャは泣きそうになってしまった。


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