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89話


 あれから。

 マーベリックが退出した後、アイーシャ達は王城を後にした。

 リドルは自宅に、アイーシャとクォンツはユルドラーク邸に戻る。


 王城から出る時も、茫然自失としたアイーシャはただはらはらと涙を流し続けるだけで。

 馬車に乗る時も、普段ならクォンツが手助けをすると嬉しそうに笑顔でお礼を口にするアイーシャは感情を失ったように一点を見つめているだけだ。


「――くそ……っ」


 馬車の中。

 走り出した馬車に揺られながら、クォンツは隣に座っているアイーシャの頭を抱え込むようにして抱き締める。

 どうしてこうなった。とクォンツは心の中で毒付き、やるせなさに前髪をくしゃりと握り潰す。


 先ほどのマーベリックの言葉は尤もだ。国を思えばウィルバートの処罰、処刑は免れない。

 私利私欲で他人を害した、と本人が認めてしまっている。それに、重罪人を脱獄させてしまった罪は重い。


「せっかく……本当の家族と一緒に暮らせるようになると思えば。それに、爵位もどうすんだ……。ルドラン子爵家は王家預かりになるのか……」


 ぶつぶつ、と言葉に出して頭の中を整理する。

 ウィルバートが処刑されてしまっては、もうどうする事もできない。


(そもそも……ウィルバート卿は十年前に亡くなった人間として処理されてる……確かに、ウィルバート・ルドランは既にこの世にいてはいけない存在だ)


 そこで、クォンツはふと違和感を覚える。

 確かにウィルバートはこの世に存在していてはいけない。

 「ウィルバート・ルドラン」という人間は十年前に死んでいなければならない人間なのは納得できる。

 十年という年月を経て、ウィルバートの外見が年相応になっていればまだしも、闇魔法の使い手となってしまったウィルバートの外見は十年前から変化していないのだ。

 それを、世間に公表できる筈がない。


「だからこそ、ウィルバート卿の名前を口にするな、とマーベリックは言ったのか」

「……クォンツ、様?」


 ウィルバートの名前に反応したのだろう。

 腕の中にいたアイーシャがぴくり、と反応して顔を上げた。

 先ほどまでの生気を失ったような眼差しではなく、アイーシャの綺麗なエメラルドグリーンの瞳には微かに意思が宿っている。


「いや……。アイーシャ嬢、明日……ケネブ・ルドランの処刑の時に、マーベリックにもう一度詳しい話を聞いてみよう。どうにも腑に落ちねえ」

「腑に、落ちない……?」

「ああ……だが、俺にも今はまだよく分からないんだ……。ひとまず、邸に着くまで寝てていい。疲れただろう?」


 クォンツは、ウィルバートがアイーシャによくそうしてやっていたように頭を撫でてやってから、アイーシャの涙を優しく拭う。

 自分の肩にアイーシャの頭を引き寄せ、もう片方の腕でアイーシャの背をぽんぽん、と叩き少し眠るように促す。


「分かり、ました……。ありがとうございます、クォンツ様……」

「ああ。着いたら起こす」


 暫しして、アイーシャの規則正しい寝息が聞こえてきてクォンツは窓の外に視線を移した。

 移り変わって行く景色に、やるせなさと、微かな違和感を感じながら馬車の揺れに身を任せた。




 かたん、と小さく馬車が揺れて止まる。

 どうやら目的の邸に到着したようで、御者が外から声をかけてきた。クォンツは今降りる、と告げてからアイーシャに声をかけた。


「アイーシャ嬢、アイーシャ嬢。着いたぞ、起きろ」

「――、ん、はい」


 アイーシャの肩を優しく揺らしながら声をかけると、アイーシャの眉が寄せられ、次いでゆるゆると瞼が上がった。

 思いのほか間近にあるアイーシャの顔に、クォンツがぎくり、と体を硬直させていると僅かに頬を染めたアイーシャがさささ、とクォンツから離れる。


「す、すみませんクォンツ様……。肩を貸して下さってありがとうございます」

「い、いや。気にしないでくれ。降りれそうか?」

「大丈夫です、ご迷惑をおかけしてすみません」


 しゅん、と瞼を伏せるアイーシャ。

 クォンツは先に馬車から降りてアイーシャに手を差し出した。


「気にするな。辛い時は泣いたっていいんだ。その、泣くんだったら、俺の側で……」

「――えっ、あっ!!」


 クォンツの言葉に、最後の方に告げられた言葉にアイーシャは驚き、馬車のステップから足を踏み外してしまう。

 ずる、と体が傾いたアイーシャに慌てて手を伸ばしたクォンツはそのままアイーシャを抱き留めた。


「あ、あぶねえ……悪い、変な事を言って驚かせたな」

「い、いえ、ありがとうございますクォンツ様」


 どっどっど、と互いの心臓の鼓動が聞こえる。

 通常より鼓動が早いのはアイーシャが落ちてしまう恐怖によってか、それとも――。


 お互い抱き合ったまま暫し固まっていると――。


 ぞわり、とクォンツの背筋に悪寒が走った。


「──っ!?」


 まるで射るような、敵意の籠った視線。



 まるで、愛娘に触れるな、とでも言うような恐ろしい視線。

 クォンツは馴染みのある感覚にしゃきっと背筋を伸ばし、急いでアイーシャから距離を取った。


「ク、クォンツ様?」


 瞬時にアイーシャから距離を取り、クォンツは青い顔のまま周囲を見回した。

 そこは、見慣れた自分の邸で。

 さわさわ、と微風で木々の葉が揺れている。穏やかで、変わりないいつもの風景のはずなのに。


「いや、まさか……な。いやいや……」

「ど、どうしたのですか……? お顔が真っ青ですが……」

「いや……」


 クォンツは、視線を感じた方向――。

 ()()()()の方に顔を向けた。


(やっぱり……。変だと思ったんだ……。だが、今は不確かな情報でアイーシャ嬢をぬか喜びさせるのは時期尚早……いや、ほぼ確信ではあるが……)


 ぶつぶつ、とクォンツは呟く。

 アイーシャには聞こえない程度のごく小さな呟き。

 自分の考えを整理するように呟きつつ足を進める。

 だが、考えを整理するまでもない。


 クォンツ自身、その視線は身に覚えがありすぎる。


 アイーシャに必要以上に近付けば、射る様に向けられた。

 アイーシャに不必要な接触を図ればじとっとした視線を向けられた。


 これはどう考えても――。


(大事な愛娘に近付く男に対する殺気、だよな……)


 今すぐアイーシャに伝えてやりたい、とクォンツは思うがそれをすんでのところで飲み込む。

 確証を得た訳ではない。

 それに、もし今後二度と姿を見せる事がないのであれば悪戯にアイーシャに希望を与える事は良くない。


(マーベリックを問い詰める……。そんで、父上にも相談してみるか)


 クォンツは、未だに首を傾げ不思議そうにしているアイーシャの背を押して邸へと促した。



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