81話(閲覧注意)
残酷な描写がございます。ご注意ください。
その様子を離れた場所で確認したクォンツとマーベリック、リドルは瞳を見開く。
「おいっ! あれ!」
「皆! その場から離れろ!」
ウィルバートを突き飛ばし、薬を口に入れたエリシャ。
その薬に、酷く既視感を覚えたクォンツは咄嗟に周囲に退避を促した。
「あれは……! ルドラン子爵邸で教団の男が口にした薬と酷似している……! 気をつけろ、人間を合成獣に変える薬かもしれない!」
クォンツの言葉に、周囲がざわり、とざわめいた。
◇◆◇
馬車の中で待機していたアイーシャは、馬車の外が騒がしくなり窓の外を確認する。
だが窓からは外の様子がよく見えない。
「……外に出て確認した方が早そうね」
クォンツから安全が確認できるまでは中にいるように、と言われていたが御者もすぐ側にいる。
少し離れた場所にはクォンツやリドルもいる。
そしてアイーシャは、多少ならば攻撃魔法も発動できる。
「何かあったとしても……時間稼ぎ程度なら、できるわ」
アイーシャは自分の手のひらをぐっ、と強く握る。気持ちを落ち着かせてから扉の取っ手を握った。
だが、アイーシャが扉を開ける前に勢い良く外から開けられて、外に出ようとしたアイーシャは握っていた取っ手に引っ張られるようにして倒れ込んでしまった。
「あっ!」
「悪いアイーシャ嬢!」
勢い良く誰かの胸元に倒れ込んでしまったアイーシャだったが、しっかりと受け止められてほっとする。
頭上から聞こえて来た声は最早ここ最近聞き慣れたクォンツの声。
アイーシャはクォンツの腕の中で顔を上げ、口を開いた。
「クォンツ様! 一体何が起きたのですか!?」
「ああ、最悪な事が起きたかもしれねえ」
クォンツはひょいっとそのままアイーシャを横抱きにし、馬車から離れるように駆け出す。
クォンツの向かう先には、リドルやマーベリックが集まっており、二人はアイーシャ達が走って来る後方に視線を向け、難しい顔をしている。
何があったのだろうか、とアイーシャが背後を確認する前に駆けるクォンツが簡単に説明してくれた。
「エリシャ・ルドランが邪教が作り出した薬を飲んだ。その薬は、以前人間を合成獣に変貌させる力を持つ薬と酷似している。エリシャ・ルドランは教団の男から渡されていたんだろう」
「えぇ!?」
アイーシャが言葉を失っている内に、リドルやマーベリック達の下に到着したクォンツは、抱き上げていたアイーシャをその場に下ろし、後方を確認する。
「ウィルバート卿もエリシャ・ルドランやケネブ・ルドランの近くにいた。何ともなければいいが……」
「お父様が!?」
ウィルバートもあちらにいた、と聞いてアイーシャは焦ったように後方を振り返る。
すると、ウィルバートはあちらにいた護衛数名と治癒術士を引き連れ、アイーシャ達の方へ走って来ているのが見える。
小脇には顔色を真っ青にさせたケネブが抱えられていて、ウィルバートはエリシャをその場に残し、ケネブと動ける者達を連れて避難してきたようだった。
「アイーシャ! 無事か!?」
「お父様こそ、大丈夫ですか!? エリシャが薬を飲んでしまったと聞きました、お怪我は!? エリシャに何かされてませんか!?」
駆け寄って来るウィルバートに、アイーシャも駆け寄る。
目の前にやって来たウィルバートの手を取り、無事を確認するとアイーシャはほっとしてウィルバートの胸元にどん、と抱き着いた。
「私は大丈夫だよ。クォンツ卿の声が聞こえてすぐにエリシャから離れたからね。──だが、エリシャが飲んだ薬……本当に合成獣に変貌する薬なのか?」
ウィルバートは言葉を切り、離れた場所にぽつりと一人残されたエリシャを見やる。
ウィルバートの行動に倣うように、アイーシャもその場にいたクォンツ達もエリシャに視線を向けた。
エリシャは未だ地面にへたり込んだまま微動だにせず、何かをぶつぶつと呟いている。
「──何か、喋っている?」
風に乗ってエリシャの声が聞こえて来るが、何を喋っているか、言葉までは聞き取れない。
もっと良く聞こえないだろうか、とアイーシャが足を一歩踏み出した所で、先程ウィルバートが地面に落としたケネブが突然暴れ出した。
「──! ……っ」
「こいつっ、急に!」
事故で喉を怪我してしまったのだろうか。
ケネブは必死に口を動かしながら藻掻き、取り押さえようとする護衛達に抵抗している。
言葉にならない掠れた声を必死に上げながら、取り残されているエリシャに向かって手を伸ばし、エリシャに向かって駆け出そうとしている。
「エリシャっ! エリシャアアア!!」
声を出せず、藻掻いていたケネブの口から酷く掠れた叫び声が漏れる。
カスカスに掠れてしまった声を必死に上げ、時折咳き込み、血を吐きながら悲鳴を上げるようにエリシャの名前を叫ぶ。
瞳いっぱいに涙を溜め、エリシャの名を叫ぶケネブは子を想う父の姿としてしっかりとアイーシャの目に映る。
だが、アイーシャを抱き留めているウィルバートは酷く冷めた視線をケネブに向けていた。
その様子を見ていたマーベリックは溜息を吐き出し、痛む頭を押さえるように額に手をやった。
「お前っ! ウィルバートっ貴様ああ!」
エリシャに向かって悲痛な叫び声を上げていたケネブが突然ウィルバートに向き直り、怒りをぶつけてくる。
ケネブの鬼の形相と、怒声にアイーシャは幼い頃からの癖でついついびくり、と体を震わせてしまう。
アイーシャの震えを如実に感じ取ったウィルバートは憎々しげにケネブを睨みつけた。
「……何度言ったら愚弟は分かるのか。お兄様だろう」
「このっ、貴様っ、どの口が言う……っ!」
「ケネブ・ルドランを拘束しろ!」
今にも掴みかかろうと護衛を押し退け、ウィルバートとアイーシャに詰め寄ろうとするケネブに、マーベリックははっとして命を下す。
マーベリックの声にクォンツやリドルもはっとして急いでケネブを地面に押さえ付け、その背中に片足を乗せて身動き出来ぬよう動きを封じる。
そうして、ケネブに注目が集まっていた数秒間。
誰もがエリシャから視線が外れている間に、変貌が始まった。
「──あああ! 私の腕が、治ってっ」
エリシャは、自分の吹き飛んだ腕が再生し始めた事に歓声を上げた。
だが、それも一瞬ですぐに絶望に満ちた表情に変化した。
「えっ!? いやっ、何これ……っ!? いやあああああ!」
「エリシャっ!」
離れた場所にいるアイーシャの目にもはっきりと映る。
エリシャの肘から下部が再生しだした、と認識したが一転。その腕は人間とは思えない太さに変化していき、色も健康的な肌色からどす黒いくすんだ色に変色して行く。
エリシャの変貌にケネブは叫び、拘束を解こうと暴れるがクォンツとリドルがケネブの拘束を解く事はない。クォンツとリドル二人はケネブを抑えつけたままエリシャを呆然と見つめた。
エリシャからは大分距離が離れているというのに、みちみち、と異音を奏で再生と修復を繰り返し尋常ではない速度で腕が巨大化していく。
エリシャは腕の重さに耐えきれず、その場にずしゃり、と体を倒した。
アイーシャは、その光景を信じられない物を見るように、見開いた瞳で真っ直ぐ見つめながらからからに乾いた喉で何とか声を絞り出した。
「エ、エリシャ?」
ウィルバートからふらり、と離れたアイーシャはエリシャの信じられない姿にぽつりと呟く。
嫌だ。
何これ。
誰か助けて。
叫ぶエリシャに、アイーシャ達一同はその場を動く事ができない。
そうしている内にエリシャの腕の変貌は止まり、悍ましく醜い合成獣の腕がエリシャの腕から生えた異常性に、その場にいた誰もが眉を顰めた。




