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76話


◇◆◇


 場所は変わり、アイーシャ達が夜営を行っていた開けた場。

 咆哮は、アイーシャ達のいる場所にもしっかりと届いていた。響いて来た咆哮に周囲はざわりと緊張感に包まれる。


「おいおい……思ったよりも近そうだな」


 アイーシャの隣にいたクォンツが強ばった声で発した後、長剣の柄を握る。周囲が緊張感に包まれ、アイーシャは咆哮が聞こえた方に顔を向けた。

 奇しくもその方向は、昨夜ウィルバートが戻って来た方角だ。

 奇妙な偶然に、アイーシャは自分の胸中がざわり、とざわめいた。


「あの方向……」

「アイーシャ嬢?」

「あの方向、昨夜お父様が戻って来た方向ではありませんか?」


 アイーシャの不安そうな声を聞き、クォンツも思い出す。

 アイーシャの言う通り、咆哮が聞こえて来た方向はウィルバートが昨夜遅くに戻って来た方向と一緒だ。


「まさか、お父様の身に何かあったのでしょうか?」

「いや、いやいやいや。まさかな……違うだろ……」


 あれ程の闇魔法の使い手だ。そうそう簡単にやられはしないだろう、とクォンツは考える。

 ウィルバートの闇魔法はこの世界に存在している他属性のどの魔法よりも強力で、恐ろしい。

 それ程の力を持った人が、例え大型の獣や魔物に出くわし、襲われたとしても問題ないはずだ。


 だが、一つだけ懸念がある。危険な目には遭っていないだろうが――。

 ウィルバートは以前「闇魔法は何でもできる」と口にしていた。


(何でもできるっつうのが、文字通り本当に何でも実現可能っつーことなら……)


 本当にそのような魔法なのだとしたら。


合成獣(キメラ)だって造っちまえるって事じゃ……。だが、そんな事をあの人がやるか……?)


 クォンツはちらりとアイーシャを見やる。

 アイーシャは未だにウィルバートの身を案じ、心配そうな顔で咆哮が聞こえた方角を見ている。


(だが……ウィルバート卿の妻が、最愛の家族が、酷い目に遭ったなら。俺だったら、俺が、もし……)


 クォンツは無意識にアイーシャに視線を向ける。

 もし。万が一アイーシャにそんな危険が迫ったら。そう考えたクォンツはアイーシャをじっと見つめてしまう。見つめられている事に気付いたのだろう。視線に気付いたアイーシャがふ、とクォンツに顔を向けた。


「クォンツ様?」


 クォンツの真剣な表情を見て、アイーシャは狼狽える。整った顔立ちの人の無表情ほど、怖いものはない。

 どうしたのだろうか、とアイーシャがクォンツにもう一度話しかけようとした所で背後から声がかけられた。


「クォンツ! おい、どうした!? 咆哮が聞こえた方向に向かう事が決まった! ルドラン嬢もすぐに出立の準備を!」

「っ、分かった!」


 背後からリドルが駆け寄り、クォンツの背をひと叩きすると、次いでアイーシャに声をかける。

 リドルの声にはっとしたクォンツは慌てて言葉を返し、アイーシャの頭をぐしゃり、と撫でてから出立の支度に向かう事になった。



 支度を終えたアイーシャは兵達と話すマーベリックとリドル、クォンツの姿を見つけ、小走りで駆け寄り合流する。

 アイーシャがやって来た事に気付いたのだろう。言葉を交わしていたマーベリックがアイーシャに顔を向け「ルドラン嬢」と話しかける。


「はい!」

「ルドラン嬢。これから我々は先程の咆哮が聞こえた方へ向かう。この場には半数程の人員を残して森の奥に入り、ウィルバート殿の捜索と共に、橋の捜索も同時に行う。……ルドラン嬢も私達に同行して欲しい。大丈夫か?」

「勿論です、かしこまりました」

「……山道は険しい。辛くなったら遠慮せずに言ってくれ」

「お気遣い痛み入ります」


 本当は自分を連れて行かない方が進みも早いだろう。

 だが、全てを考慮した上でアイーシャを連れて行くと決めたのであれば、アイーシャにそれを拒むつもりはない。


(それに、私がお父様を見つけなくては……そうしなくてはいけない……)


 漠然とした不安や焦り、それらを抱えながらアイーシャはマーベリック、リドル、クォンツ達と共に山道へ足を踏み出した。



 出立してからどれくらい時間が経っただろうか。

 ぜいぜいと息が上がり、背中にもじっとりと汗をかいてきた頃。

 アイーシャの隣を歩いていたクォンツが一番に反応した。


「マーベリック!」


 クォンツが鋭い声を上げ、手に持っていた長剣を鞘から抜き放つ。

 緊迫したクォンツの声に、マーベリックとリドル、そして先頭を歩いていたマーベリックの護衛がクォンツに倣い剣を抜いた。


「人の気配だ! 用心しろ!」


 正面を睨み付けたまま鋭く叫ぶクォンツに、マーベリック達もクォンツの視線を追い、剣を構える。


「殿下、お下がり下さい!」

「人の気配だと?」


 護衛の声に、マーベリックは素直に数歩後ろに下がる。

 同じようにマーベリックの横に並び立ったリドルが周囲を警戒する。


「アイーシャ嬢。大丈夫だから慌てるな。俺から離れないように」

「分かり、ました」


 ざり、と踵を鳴らしたアイーシャの背をすかさずクォンツが支える。

 ぐっ、とクォンツの方に引き寄せられてアイーシャはいつでも魔法を放てるように前方に集中する。


 人、と言っていたがこんな場所に本当に人がいるのだろうか。

 人と言うのであれば、ウィルバートだろうか。

 そうでなければ獣か、魔物だろうか。と忙しなく頭の中で考えていると、前方から言い合うような大きな声が聞こえてきた。


「――っ! あの声!」


 言い合う声に一番に反応したのはアイーシャだ。

 アイーシャの背がぴくっ、と震えたのがクォンツの手のひらを介して伝わる。


「アイーシャ嬢?」

「この声はっ」


 呟いたアイーシャの声が震える。聞こえる声には、嫌と言う程聞き覚えがある。アイーシャは、硬い声で言葉を続けた。


「聞こえて来る声は、ケネブ・ルドランとエリシャ・ルドランに間違いありません……!」

「何!?」


 アイーシャの言葉に反応したマーベリックは、声の聞こえて来る方向を睨み付けるように見据える。護衛達は剣を構えつつ、戦闘に備える。

 マーベリックは素早く懐から何かを取り出すと、隣のリドルに手渡し、そしてクォンツとアイーシャにそれを投げ寄越した。


「マーベリック、これは!?」

「精神干渉への耐性魔法がかけられた魔道具だ! 消滅魔術(ロストソーサリィ)に対し、どれだけの効力を発揮するかは分からんが、信用魔法と魅了魔法ならば防ぐ事ができる! すぐに装着しろ!」


 緊迫した様子のマーベリックからそう言われ、各々は急いで魔道具のアクセサリーを手首に嵌めた。

 魔道具を装着し終わったと同時。

 薄暗い森の中から二つの影がアイーシャ達の目の前に姿を現した。


「──だからっ、先程の男性がお父様のお兄様なのでしたらどうして……っ!」

「あの場はああする他なかったのだ! そもそもエリシャ、お前は何故消滅魔術(ロストソーサリィ)の魅惑と蠱惑をっ」


 走って来たのだろうか。

 木々の間から勢い良く出てきたエリシャとケネブは、目の前にいる一行を視界に入れた瞬間、真っ青になった。


「ケネブ・ルドランとエリシャ・ルドランを捕らえよ!」


 ケネブが怯んだ一瞬の隙をつき、マーベリックが捕縛命令を出す。

 すると、前方にいたエリシャとケネブに一番近い護衛達がマーベリックの言葉に短く返事をし、素早く動いた。


「──しまっ」

「えっ、えっ! どうしてここにクォンツ様やリドル様が……!? あっ! 王太子殿下まで!」


 狼狽えるケネブとは真逆に、黄色い悲鳴を上げ、嬉しそうにしているエリシャは事態が呑み込めていないのか、キラキラと瞳を輝かせている。


「何故エリシャ・ルドランは口封じの布をしていない……っ」


 アイーシャの隣にいたクォンツが舌打ちし、魔道具を発動させる。

 先程ケネブの口から消滅魔術(ロストソーサリィ)の言葉が出た。

 信用魔法や魅了魔法ならば耐性はあるが、消滅魔術(ロストソーサリィ)を発動されてはどうなるか分からない。


 消滅魔術(ロストソーサリィ)を発動される前に対処してしまおうと、クォンツは身体強化魔法を発動し、一足飛びでエリシャ達に近付く。

 焦った様子のケネブが魔法を発動しようとしているのが見える。


「させるか――!」


 ケネブが魔法を発動するより、クォンツが二人に接近する方が早い。

 一瞬でケネブと距離を詰めたクォンツは、魔法を発動しようとしたケネブの腕を剣の柄で殴打する。

 ぎゃ! と声を上げたケネブの背後に素早く回り込み、叫んだ。


「──リドル! お前はエリシャ・ルドランを!」

「了解!」


 ぐるり、と自分の腕をケネブの首に巻き付けたクォンツは遠心力を利用してそのままケネブを地面に引き倒す。

 遅れてやってきた護衛の手から魔力封じの手枷を受け取ったクォンツは、暴れるケネブの抵抗をものともせずに手枷を嵌めた。


 クォンツの流れるような攻撃に、もたついていたケネブは唖然としたまま自分の手首に嵌められた手枷を見つめる。

 遅れてはっと目を瞬いたケネブは、一縷の望みをかけてエリシャに向かって叫ぶ。


「エ、エリシャ……!! 攻撃魔法を、攻撃魔法を放て!!」

「え……っ、あ……っ」


 ケネブの怒声に、狼狽えたまま周囲を見回したエリシャの視界に、アイーシャの姿が映った。



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