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72話


「……エリシャ・ルドランを拷問専門の部隊に任せ、居所を吐かす事に成功した。当初は口から出まかせを言っている可能性も考慮したのだが」

「具体的な地名が出て、信憑性が増したのですね?」


 マーベリックの言葉を聞いたウィルバートは続きを察し、自ら告げて見せた。すると、ウィルバートの言葉を聞いたマーベリックもリドルも深く頷いて肯定する。


「ああ。ウィルバート殿の言う通りだ。以前ウィルバート殿を交えて話し合いを行っただろう? その時に目ぼしい場所として複数候補を上げていたが、その内の一つがエリシャ・ルドランの口から出た」

「エリシャ・ルドランと話した時間は短いですが、彼女の教養は高くない。子爵領のあの地名をはっきりと間違えずに口に出せるという事は、信頼できる情報だと私も思います」


 マーベリック、リドルが答える内容にウィルバートも「確かにな」とごちる。

 これでエリシャが演技でもして、アイーシャ達を誘い出すような高度な駆け引きをしているのであれば話は違ってくるが、高度な演技力はないだろう、とウィルバートは即座にその考えを除外した。


「エリシャ・ルドランは演技をできるような人間ではないですしね」

「ああ。それに関しては私もリドルもウィルバート殿と同意見だ。恐らくケネブ・ルドランが事を計画し、娘に補佐をさせていたのだろう」


 ケネブにそれほど人道に反した行いを取らせる動機は何なのだろうか、とマーベリックは考え込む。

 あれ程、執念を持つに至る動機は一体何なのか。

 ウィルバートからはケネブに恨まれていた、と聞いているが恨みでこれ程までの事を仕出かすだろうか、と考える。


「ああ、嫌だな……」

「殿下?」

「いや……、ただの私の独り言だと思って聞いてくれ。これが、もし、もしだぞ? ケネブ・ルドランを隠れ蓑にして背後にもっと強大な何かが潜んでいたら、嫌だなと。ふとそう思ってしまっただけだ」

「……根拠の無い例え話はおやめ下さい。殿下の嫌な予感は当たるんですから」

「ああ、すまない。ただの戯言だ」


 マーベリックの言葉に心底嫌そうな顔でリドルが言葉を紡ぐ。マーベリックは苦笑して「すまない」と肩を竦めた。


 ウィルバートは背後にいるアイーシャとクォンツにちらり、と視線を向ける。

 クォンツに話しかけられ、言葉を返しつつ笑顔を浮かべているアイーシャの姿を見てウィルバートは瞳を細めた。

 しっかり今のアイーシャの姿を自分の目で見つめ、記憶に刻み込む。


(すっかり大人になったな……。僕とイライアがアイーシャを育てられなかった分……僕とイライアが傍にいてあげられなかった間、ケネブは……)


 アイーシャを愛し、慈しみ、成長を見守っていた訳ではない。

 ケネブ・ルドランは憎しみを抱いていた兄の最愛の伴侶と、愛娘を自分の手で不幸にしたかったのだろう。

 恨んでいた人間の最愛を、自分の手で潰したかったのだろうというのが分かる。


(今の僕にはその気持ちが良く分かる……。そして、今の僕はそれを成し遂げる力を得てしまった)


 ウィルバートは自分の手のひらを見下ろした。

 闇魔法は術者の力量でどんな魔法だって創り出す事ができる。時間が経つたび、闇魔法を発動するたびに、ウィルバートは理解した。

 多少無理をすればどんな事だって成し遂げられるだろう。


(──だからこそ、闇魔法の使い手は滅多に現れないのだろうな。……そして、僕の前の使い手は自ら命を絶った)


 その気持ちも分かる、とウィルバートは自嘲する。


「ウィルバート殿?」

「──、ああ、すみません殿下」


 マーベリックに話し掛けられたウィルバートはぱっと顔を上げると笑顔で返事を返した。


(殿下達にも、僕が闇魔法でケネブを見つける事ができるのは黙っていよう)


 ウィルバートはそう考えると、ケネブの捜索に頭を悩ますマーベリックとリドルに同調しつつ、悟られぬよう細心の注意を払い、闇魔法を発動した。

 慣れない内は闇魔法を発動すると黒い粒子がきらきらと空中に舞ってしまっていたが、今では魔法の制御が上手くできるまでになった。


(いや。コツを掴んだのか)


 補助魔法のように周囲に人の気配がないかどうかを探る、気配察知の魔法を発動する。だが、そこでウィルバートはケネブの魔力を察知出来るようにひと工夫した。


 ケネブとは、血の繋がりがある。

 血縁関係のあるケネブの反応を絞り込み、広く広く遠くまで魔法を行き渡らせる。


 いくら魔力の出力を絞ったとしても、闇魔法に目覚める前のウィルバートはこのような芸当など、到底できなかった。

 同じような事を昔にしようとしていたら、恐らく魔力切れを起こし命を失っていただろう。


(ますます人間離れしてきたな……)


 ウィルバートは自嘲の笑みを浮かべると俯く。

 先日、感じた違和感。なんだか自分自身が人間らしさを失っていっているような気がする。人の生き死ににも、以前ほど気にならなくなってしまっている事に気付いたウィルバートは、変化の大きさに気付いた時に戦慄した。


(まだ、今はまだその事を考えられる。だから、僕はまだ人としての思考が出来ているから、今はまだ人間だ)


 遠くまで魔力を行き渡らせながらウィルバートは考える。


(けれど、どこまで行ったら僕は人間らしさを失うのだろう。そもそも、人間らしさって? 憎しみに心が蝕まれたら人ではなくなる? 人間の定義って、いったいなんだ?)


 恨み憎しみを抱いたら人ではなく、化け物になるのだろうか。

 人を慈しみ、愛すれば人で居続けられるのだろうか。


 それならば、妻を愛し、娘を愛し、弟を憎み恨み、姪を恨んでいる自分は何なのだろうか、とウィルバートは顔を上げる。

 愛情と、怨嗟の念が自分の中には同時に存在している。


 これでも、僕は人間なのだろうか、とウィルバートが虚空を見つめていたその時。


(──みつけた)


 発動した察知魔法に、ケネブと思わしき魔力反応が引っ掛かり、ウィルバートは無意識に口角を吊り上げた。




「ウィルバート殿?」

「お父様?」


 すぐ側からマーベリックとアイーシャの声が聞こえ、ウィルバートははっと目を見開いた。


(しまった、集中し過ぎていた……)


 不思議そうに自分を見るマーベリックと、心配そうに自分を見上げるアイーシャに、ウィルバートはふにゃりと様相を崩し、アイーシャの頭を撫でながら口を開いた。


「申し訳ございません、殿下。ケネブを見つけ出す方法がないか、考え込んでしまっておりました」

「それは嬉しいが……無理して考え込まずとも良いぞ? 時間はかかってしまうだろうが、地道に調べて行こう」

「殿下の仰る通りです、お父様。……何か無理をして探そうとしていたのではないですよね?」

「ふふっ、大丈夫だよアイーシャ。闇魔法は万能ではないらしい。私も殿下のご判断に従いますよ」


 にこにこと頭を撫でてくれるウィルバートの様子に、アイーシャは若干の違和感を感じる。が、その違和感がなんなのかはっきり分からず、僅かに首を傾げるとウィルバートの腕を取って「休憩だそうですよ」とクォンツのいる方に歩き出した。

 ウィルバートはアイーシャに手を引かれて歩いている間にケネブの居所を確定させ、魔法を発動する。

 闇魔法で作られたウィルバートの魔力は、一行から遠く離れた場所で黒い鴉のような形を取り、空高く飛んで行った。



「ウィルバート卿って、何か苦手な物でもあるんですか?」

「苦手な物? いや、特にない」


 ──ぱちぱち、と火が爆ぜる。

 とっぷりと日が暮れ、太陽が西に沈んでからどれくらい時間が経っただろうか。


 休憩を挟んだ一行は少しだけ山の中を進み、野営ができそうな建物が崩壊した跡を見つけた。

 隣国との距離は目と鼻の先に迫った場所でもある。少しでも安全な自国で休もうとなった一行は、野営の準備を終わらせ、今は夕飯の時間。

 世間話の延長で、食べ物で苦手な物はないのかとクォンツに聞かれたウィルバートは、隣でハフハフと汁物の熱を冷ましているアイーシャを目を細めて見つめたあと、答えた。


「アイーシャは逆に食べられない物が多かったな。今は克服しているのかい?」

「も、もちろんですっ! もう子供ではありませんから……っ、好き嫌いはないですっ」

「私の前ではまだまだ子供で良いんだよ?」


 子供扱いしないでください! と恥ずかしそうにしているアイーシャにウィルバートはにこにこと嬉しそうに笑顔を浮かべる。


「だが、アイーシャ嬢。侯爵家では……」


 クォンツがあれ? と言うように口を開いたのを見て、アイーシャがクォンツをきっ、と睨む。

 恐らく、アイーシャがユルドラーク侯爵家で朝食の際に苦手な食べ物を後に残してちまちま食べていた所を見ていたのだろう。

 その事を指摘しようとしたクォンツは、父に恥ずかしい事を言わないで! と言うようなアイーシャの態度に思わず吹き出してしまう。


「……っ、ふっは……っ、りょーかいりょーかい。言っちゃいけねえんだな」

「クォンツ様っ!」


 日を追う毎に、共に過ごす時間が増える毎に。遠慮しがちで全くこちらに踏み込んで来なかったアイーシャが素直に感情を見せるようになってくれている。

 その変化が嬉しくて、クォンツが頬を緩めているとじとっ、とした視線がアイーシャの隣から寄越された。


「うちの娘と、随分仲が良さそうだな……」

「……っ」


 地を這うような声で「小僧」と続けたウィルバートに、クォンツはびゃっと背筋を伸ばした。



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