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71話



 ──翌朝、明朝。

 アイーシャは出立の準備を終え、クォンツと合流した。

 侯爵邸の正門でマーベリックやウィルバートと落ち合う予定となっているらしく、クォンツと共に正門で待つ。


 侯爵邸にやってきたばかりだと言うのに、数日間不在にすると話した時のシャーロットはとても悲しそうで、アイーシャまで悲しくなってしまったが、シャーロットとは全てが終わった後にゆっくりお茶会をしよう、と約束をした。

 「約束ですよ!」と指を差し出してくるシャーロットと指切りをしたのはつい先ほどの事だ。


 アイーシャとクォンツは、動きやすい簡素な服装で正門で皆が来る間他愛のない話をしながら待つ。

 夜が明け、薄らと明るくなり始めた空を見上げながらクォンツがぽつりと呟いた。


「そう言えば、アイーシャ嬢はせっかく学園に入学したってのにあれから全然通えてないな」

「そうでしたね……クォンツ様の仰る通り、暫く学園には行けていません。入学する前は通う事を楽しみにしていたのですが」

「だが、家の問題で休んでる状態だからな。事が済めばマーベリックがどうにかすんだろ」


 俺もリドルも今は休学、って形になってるしなとクォンツが続ける。


「そっか……、そうですよね、休学。私もそういった措置を取らないと。た、退学になってしまうでしょうか?」

「いや、恐らく大丈夫だろ。リドルが手を回してる筈だ」

「アーキワンデ卿が……。何だかクォンツ様とアーキワンデ卿には沢山助けてもらっていますね。申し訳ございません。どうお返しをすれば良いか……」


 へにょり、と眉を下げて申し訳なさそうにアイーシャが告げると、クォンツは気にしていない、と言うように笑顔を浮かべた。


「俺もリドルも、見返りを求めてアイーシャ嬢を助けてる訳じゃねえから。友人が困ってたら手助けすんのは当然だろ」

「ありがとうございますっ」


 当たり前のようにけろり、と言葉を紡ぐクォンツに、アイーシャはくしゃりと表情を歪める。

 当然のようにクォンツは告げるが、何の見返りもなく手助けするような人間など、殆どいないだろう。

 クォンツだからこそ、こうして手を貸してくれたのだとアイーシャは思う。

 他人を助ける事に、なんの躊躇いも見返りも望まずに動く人はきっとあまりいない。


(だって……。私だってきっとクォンツ様やアーキワンデ卿……家族くらいしか手助けしないもの……。学園で、見知らぬ人が困っていたからといってクォンツ様のように私は親身になれたかしら)


 アイーシャは自分の隣にいるクォンツをちらり、と盗み見る。

 学園で顔見知りになったとは言え、他家の問題に介入する勇気なんてない。


 アイーシャの視線に気付いたのだろう。クォンツはアイーシャに顔を向けると、首を傾げた。


「──何でもありません」

「そうか?」


 誤魔化すように笑い、アイーシャは視線を外して再び前を向く。

 アイーシャの視界にはこちらに近付いて来る馬車の姿が映った。



「──アイーシャ!? どうしてここに……っ」

「お父様、おはようございます」


 馬車から降りて来たウィルバートは、アイーシャの姿を見るなり驚愕に目を見開き、素っ頓狂な声を上げる。アイーシャの隣に飄々と立っているクォンツに鋭い視線を向けた。


 ウィルバートの様子から、アイーシャが同行する事は想定外だったのだろう。

 慌てて降りて来たウィルバートの後から、マーベリックが苦笑いを浮かべつつウィルバートに続いて降りて来た。


「まぁ……クォンツに話した時点でこうなる事は予測出来ていたが」

「──殿下! 今回は隣国に向かうのです! もし万が一アイーシャに何かあればっ」

「だが、ルドラン嬢に何も話さず置いて行ってしまえば、どうして話してくれなかったのかと責められるのではないか?」

「で、ですが……」

「ええ、確かに殿下の仰る通りです。私だけ蚊帳の外、となればお父様の事を嫌いになってしまうかもしれません」

「……っ、それは駄目だ!」


 アイーシャの言葉にショックを受け、ウィルバートは反射的に言い返す。言い返してしまったあとで「あー……っ」と低く唸りながら頭を抱えた。


「アイーシャ。私達はこれから隣国に向かう。隣国は国内よりも安全が確保されていない……アイーシャにもし、何かあれば……」

「お父様。それでも私は今回の件に関わりがございます。戦闘能力も乏しい私が同行するのは、確かに無謀だと思いますが……義父のケネブ、卿がいるのであれば……」

「アイーシャは私が守るから絶対に大丈夫だが……見たくないものを目にする可能性だってある。それでもいいのか?」

「覚悟の上です」


 ウィルバートの言葉に、アイーシャはこくりと深く頷く。馬車から降りたマーベリックとやり取りをしていたクォンツがくるり、とアイーシャとウィルバートに振り向いた。


「ウィルバート卿。アイーシャ嬢もこう言ってますし……出立が遅くなると隣国に入るのも遅れてしまいます。行きましょう」

「──ああ、もう……。分かったよ、分かった……」


 ウィルバートは諦めたようにアイーシャと馬車に乗り込んだ。



 隣国に入るには、ルドラン子爵領にある別邸近くの山道を使う事になっている。


 ウィルバートが十年間暮らしていた家は隣国の地とは言え、国境にほど近く土地勘もある。そのため土地勘のあるウィルバートを中心に進むらしい。


「今後は国境をしっかりと見張らねばならんな……」


 ルドラン子爵領に向かう道すがら、馬車に乗っているマーベリックがぼそりと呟く。

 渋い顔をしているマーベリックに同意するように、リドルも頷いた。


「殿下の仰る通りですね……。山間部が入り組んでいるとは言え……隣国と我が国を簡単に行き来できてしまうのは些か問題です」

「ああ。今後は行き来できないよう、完全に道を塞いでしまおう」


 隣国と自国の間には渓谷があり、川の流れも激流のためそうそう簡単に行き来する事はできないだろうが、実際今回ケネブが脱獄し、隣国に逃れてしまっている。


「……教団の協力者が橋でもかけたか」

「それでしたらその橋も壊さねばなりませんね」

「ああ。それに、身体強化魔法で崖を飛び移れる程度であれば、その場所に監視塔も作らねばならんな」

「……ここ以外にも国内にはそういった箇所が出て来そうですね」

「──ああ、見落としがあるだろう。確認していかねば……」


 マーベリックは軽く自分の額に手をやると溜息を零す。


 隣国と休戦協定を結んで十数年。

 それまでは他国と争い、国内外が荒れていた。

 だが、休戦協定を結んでからやっと国内が落ち着き始め、国内の魔物討伐に集中し始めて数年。

 ここ近年で国王の体調が悪化し、国内の(まつりごと)が後手後手に回っている。


 王太子として、次代の国王としてマーベリックも奔走しているが国王が病に倒れる事が多くなり手が回っていない事も事実。


「──くそっ、ここに来て邪教の集団か……」

「殿下も休まる日がないですね……」


 リドルの言葉に、マーベリックは苦笑して「本当にな」と言葉を返した。


◇◆◇


「ここから先は馬車は通れません。徒歩で向かいます」


 馬車で移動する事、数日。

 アイーシャ達が乗る馬車がルドラン子爵領山中で停車し、マーベリックの護衛が外から声をかける。


 アイーシャはウィルバート、クォンツと同じ馬車に乗り、マーベリックとリドルは別の馬車でそれぞれ向かっていたのだが、山中の道が険しく、細くなり馬車では進めなくなって来た。

 その頃合いで外から声がかかり、アイーシャは先に降りたクォンツに手を貸してもらいながら馬車から降り立つ。


「ウィルバート殿。貴方が住んでいた家の方向はこちらで合っているか?」


 馬車から降りたマーベリックがアイーシャ達に近付きながら問う。


「ええ、殿下。この先──ああ、あそこです。あの川を流されて隣国に流れ着いたので、方向的にはこのまま進めば間違いないかと」

「俺と父が流されたのもここら辺でした。合ってると思いますよ」


 ウィルバートの背後からクォンツも顔を出して告げる。

 二人の回答を聞いたマーベリックは一つ頷くと、周囲をくるりと見回した。


「……橋がかけられそうな場所を探させよう。運が良ければケネブ・ルドランが橋を利用したか否か、確認できる」

「あったとして、壊されていないと良いですけどね」


 マーベリックの言葉を聞き、即座にリドルが兵士達に指示を飛ばす。

 リドルの指示を受けて忙しなく動き始める兵士達を横目に、マーベリックとリドル、ウィルバートは場所を移動し始めた。

 アイーシャもそちらに行こうと体の向きを変えた所でクォンツに腕を掴まれた。


「クォンツ様?」

「アイーシャ嬢、あの川底にいる魚見えるか? あれなんて魚だ?」

「へ? えっ、魚、ですか?」


 目を輝かせて聞いて来るクォンツにアイーシャはきょとり、と目を瞬かせる。

 アイーシャが離れた場所に行ってしまうウィルバート達におろおろとしている内に、クォンツに促されて逆方向に歩いて行く。


 クォンツはちらり、とウィルバート達の方へと視線を向ける。

 すると、クォンツの視線に気が付いたマーベリックが小さく頷いた。





「……クォンツがルドラン嬢を連れて離れた、な」


 マーベリックはアイーシャとクォンツが離れた事を確認して呟く。

 ウィルバートはちらりとアイーシャに視線を向けた後、マーベリックに顔を向けた。


「アイーシャの耳に入らぬようにした、と言う事は……殿下」

「ああ。ご令嬢の耳に入れるには少し、な……」

「……姪のエリシャの事でしょうか? それとも、義妹のエリザベートの事でしょうか?」

「どちらも、だな……」


 マーベリックはウィルバートに向き直り、言葉を続ける。


「先ずは……、エリザベート・ルドランだ。切断された上腕部から我が国では未確認の組織片が確認できた。当の合成獣(キメラ)は、ウィルバート殿の闇魔法で滅されているが、もし体が残っていれば組織片が一致しただろう」

「やはり、あれはこの国のどの魔物でも存在し得ない物、という事ですね?」


 ウィルバートの言葉に同意するようにマーベリックは頷く。


「ああ。エリザベート・ルドランの体に付着した組織片を証拠とし、未知の生物を創造・使役し国に被害を齎した、と邪教を潰す口実はできた」

「国に属さぬ教団とは言え、大義名分がなければ周辺諸国に何を言われるか分かりませんしね」

「ああ。それで、エリシャ・ルドランだが――」


 マーベリックは若干顔色を悪くしつつ口を開いた。


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