69話
◇
朝食を終え、アイーシャ達は王城にやってきていた。
城に到着するなり、マーベリックの指示があったのだろう。案内のための使用人がやってきて、アイーシャ達を案内する。
廊下を暫く進み、使用人が「こちらです」と言葉をかけた後、一礼して去って行く。
マーベリックが待つ部屋に到着したのだろう。
アイーシャ達三人、お互い顔を見合わせた後、クォンツが一歩前に進み出て扉をノックした。
「クォンツ・ユルドラーク。ウィルバート・ルドラン卿、アイーシャ・ルドラン嬢到着いたしました」
クォンツが良く通る声で述べると、すぐにマーベリックの返事が戻ってくる。
「ああ、入ってくれ」
クォンツの後にアイーシャ、ウィルバートと続いて入る。
室内に目をやると、リドルの姿があり、クォンツはリドルに向かって片手を上げている。
マーベリックは執務をしていたのだろう。書類から視線を上げ椅子から腰を上げる。入室した三人にソファに座るよう促し、自らも向かいのソファに腰掛けた。
「朝早くからすまないな。昨日の件と、これからの件について話したい」
三人が座った事を確認するなりマーベリックが話し出す。
「これから、か。確かに話し合いは必要ですね」
「ああ。落とし所は決めておかねばならないだろう?」
クォンツの言葉にマーベリックは気遣うようにちらり、とウィルバートに視線を向ける。
──落とし所。
アイーシャはマーベリックの言葉にざわりと胸の奥がざわめいた。
視線を向けられたウィルバートは心得ている、とばかりに深く頷き、口を開いた。
「殿下の仰る通りかと。そこを決めておかねば、何かあった際に判断に困る事も出てきましょう」
「ウィルバート殿は、いいのか? 弟だろう」
「肉親だと、血の繋がった兄弟だと思っていたのは私だけのようでしたから。問題ありません」
きっぱり言い放つウィルバートに、マーベリックは眉を下げアイーシャにも視線を向けてくれるが、アイーシャ自身も何とも言えない表情を浮かべ、小さく頷いた。
「──……」
悲しくないと言えば、嘘になる。
育ててもらった感謝の気持ちがあるのは本当だ。
だが、とアイーシャは考える。
育ててもらった感謝の気持ちはあれど、両親に行った仕打ちは到底許せるものではない。
ウィルバートと、イライアが感じた恐怖はどれくらいだったのだろうか。
辛さ、苦しさ、悲しみはどれくらいだったのだろうか。
そして、死して尚苦しめられたイライアを想うと。
愛する人をその手で葬ったウィルバートの胸中を考えると、アイーシャはとても義父のしてきた事を許せない。
ウィルバートとアイーシャの答えを確認したマーベリックは、一度目を閉じた後再び目を開く。
その瞳には先程まで浮かんでいた気遣う感情は消え、この国の王族として、次代の国を背負う者として強い意思を宿していた。
「分かった。エリシャ・ルドランには昨夜から尋問を開始しているが……ケネブ・ルドランの居場所は未だ不明だ。庇っているのか、それとも本当に知らないのかはわからんが……そろそろ音を上げると思う」
「ケネブの居場所がまだ分かっていないのですね」
「ああ。恐らく国内にはいないだろう。他国の商人や商団と繋がりがあったようだ。今はそちらを探らせている」
「他国の……」
マーベリックの言葉にウィルバートは考え込むように自分の口元に手を持って行く。
暫しの間、沈思したウィルバートはふ、と顔を上げて口を開いた。
「殿下。ルドラン子爵が取引を行った記録などを確認させて頂く事は可能ですか?」
「それは可能だが……手掛かりを得られそうか?」
ウィルバートの発言にマーベリックはぱっと期待のこもった視線を向ける。
「ええ。もしかしたら分かるかもしれません。……私が当主だった頃の販路、商人や商団は覚えています。見知らぬ名前があれば……」
「──! ケネブ・ルドランを匿っている可能性があると言う事だな! すぐに持ってこさせよう」
マーベリックはそう告げると、近くにいた護衛に指示を飛ばしている。
ウィルバートが確認し、あたりを付けた後エリシャを揺さぶればボロを出すかもしれない。
エリシャが動揺すれば、その場所にケネブがいる可能性は高い。
これ以上被害を拡大させぬよう、マーベリックは次々指示を飛ばした。
マーベリックの指示のもと、ルドラン子爵が治める領地の各種資料を持って護衛や政務官数人が再び室内に戻って来る。
「確認するぞ」
戻って来るなりマーベリックは資料を大きなテーブルに広げるように指示を出し、その周りにマーベリックを筆頭にウィルバートや政務官がぱらぱらと集まる。
この先の話には加われそうにない。
そう判断したアイーシャは、テーブルの近くには行かずにその輪から少しだけ離れた。
アイーシャと同じく、クォンツもそう判断したのだろう。
アイーシャと全く同じ行動をして、マーベリックやウィルバート、リドル達の輪から離れたクォンツがアイーシャの視線に気付き恥ずかしそうにはにかんだ。
「俺はこういった小難しい話は苦手だからな。その点、今や殿下の補佐をしているリドルは頭を使う事の方が得意だ。リドルがいれば充分だろ」
「ふふ、クォンツ様は……何というか体を動かされている方が生き生きとしてますものね」
「ああ、分かるか? 俺は魔物討伐の方が向いてるからな」
二人は声を落としてこそこそと言葉を交わす。
アイーシャとクォンツが離れ、壁際に背を預けてもテーブルの周囲に集まった者達の会話は止まらない事から、二人は話し合いに加わらなくとも大丈夫だ、と判断されたのだろう。
先程からマーベリックやウィルバートの口から些か物騒な言葉が飛び出て来ている。
物騒な言葉は声のトーンを落としてくれて、配慮をしてくれているのだろうが同じ室内にいる以上、アイーシャの耳にも微かにその言葉は届いてしまう。
クォンツと他愛のない会話を交わしてはいるが、時折クォンツから気遣わしげな視線を向けられている。
アイーシャは眉を下げて「大丈夫だ」と言うように小さく笑みを浮かべ、話を変えるように敢えて声を弾ませてクォンツに話しかけた。
「そう言えば、領地にあった別邸での確認が終わった後、お母様の墓標に向かいたかったのですがバタバタしていてそのまま戻って来てしまいました」
お母様に怒られてしまいそうです、と微笑むアイーシャにクォンツは眉を下げて言葉を返す。
「色々な事が起きたからな……。この件が落ち着いたら改めて時間を取って、お父上と一緒に行ってはどうだ? そうだな……俺も挨拶したいし」
「え? クォンツ様も?」
まさかクォンツの口から母親に挨拶に行きたい、と言う言葉が出るとは思わずついついアイーシャはきょとん、と瞳を瞬かせて聞き返す。
するとクォンツは駄目か? と言うように首を傾げた。
「こんな事になっちまって残念だが……挨拶はしとかねえと。ウィルバート卿を見てれば分かる。アイーシャ嬢はご両親に愛され、大切にされてたんだ、って」
「──っ」
「そんな大切な娘さんの近くにいるんだから……──友人としてしっかり挨拶をしとかねえと、怒られそうだ」
肩を竦めてそう告げるクォンツに、アイーシャは嬉しさと同時に何故かつきり、と小さく胸が傷んだ。
友人だ、と言われて嬉しい。
一人の人間として扱ってくれる事がとても嬉しいのに、烏滸がましくもどうして胸が一瞬痛んだのか。
不思議な感覚に、アイーシャは咄嗟に笑って誤魔化した。
◇
「──よし、この流れで行こうか」
アイーシャとクォンツが壁際で会話をしている間に、マーベリックとウィルバート達の話し合いは大方纏まったのだろう。
マーベリックの明るい声に、アイーシャははっとしてテーブルに視線を戻す。
すると、話が纏まったからだろうか。
ウィルバートがその輪から離れてアイーシャに近付いて来た。
「アイーシャ、待たせてすまないね。話は終わったのだが……」
「お父様」
アイーシャの近くまでやって来たウィルバートは一旦クォンツの方にちらり、と視線を向けた後すぐにアイーシャに視線を戻して言葉を続ける。
「だがすまない、アイーシャ。話は終わったんだが……その、私の見た目がこれ、だろう? このままルドラン子爵邸に戻る訳にもいかない。殿下から暫く城に滞在する許可をもらったから、私は城に残るよ。アイーシャは子爵邸ではなく、ユルドラーク侯爵邸でまた少しの間だけ過ごしていて欲しい。……殿下が侯爵に伝えて下さっていて、侯爵からも許可は得ている」
「え、そう、なのですね……? そっか……確かに……大勢の使用人の前にお父様が姿を見せるのはまだ難しい、ですよね……」
「ああ。昔から私の事を良く知っている人には私の存命を知られても大丈夫だが……その他の使用人にはまだ、な。それに邸も半壊してしまっているし、私もアイーシャが侯爵邸にいてくれるのであれば安心だ」
「分かりました。侯爵様も了承済でしたら」
アイーシャとウィルバートはお互い頷き合うと、話が一段落ついたウィルバートはつい、とクォンツに視線を向けた。
「クォンツ卿、アイーシャを頼んでもいいか?」
「ええ、もちろん」
ウィルバートの言葉にクォンツはしっかり頷く。
クォンツの返答に、ウィルバートは満足そうに笑みを浮かべた。




