68話
合成獣の姿も、エリシャの姿もなくなり、ルドラン子爵邸にはアイーシャ、ウィルバート、クォンツの三人が残った。
アイーシャは半壊してしまった邸を悲し気に眉を下げ、見回す。
父と母が亡くなった。と聞いた後も、長い時間この邸で過ごしたのだ。
両親と過ごした思い出が残る場所は、合成獣が暴れ半壊してしまい、玄関ホールなど見るも無惨な状態になってしまっている。
ぽつん、と広いホール内に立ち竦むアイーシャの隣に歩み寄ったウィルバートは、言葉を発さずアイーシャの肩を抱いて寄り添う。
アイーシャも無言でウィルバートに体重を預けると、その様子を見つめていたクォンツはそっと二人から視線を外し、足音を立てぬよう気を付けながら邸内部に向かって歩いて行った。
今はまだ使用人や護衛が隠れている。
その者達に一先ず戦闘は終わった事を告げなければならない。
──残るは、ケネブ・ルドラン一人だけ。
ウィルバートは仄暗い復讐心に呑み込まれないよう、強い視線で玄関ホールの壁を見つめ続けた。
◇◆◇
その日。
アイーシャ達は半壊したルドラン子爵邸で過ごす事ができなくなってしまったので、アイーシャとウィルバートはユルドラーク侯爵邸に一時的にではあるが、身を寄せさせてもらう事となった。
クォンツの父、クラウディオはマーベリック達とは別行動を取っており、もし万が一王都内にエリシャ達を手助けした邪教の一員が現れた際にクラウディオが拘束する手筈となっていたが、クォンツやマーベリックの心配を他所に、邪教の者は王都内に現れる事はなかった。
邪教の男の身柄を抑える事はできなかったが、邪教が秘密裡に合成獣の研究を行い、製造している証拠を掴むことはできた。
アイーシャとウィルバートを快く迎え入れてくれたユルドラーク侯爵とクラウディオに二人はお礼を告げ、客間で休ませてもらっていた。
寝付けないかもしれない、と思っていたが意外と疲労が蓄積していたらしくアイーシャとウィルバートはそれぞれ与えられた客間のベッドに横になるなりすんなりと眠りに落ちてしまったのだった。
◇
そして、迎えた翌朝早朝。
早い時間に目が覚めてしまったアイーシャは、着替えを済ませると窓の外に見知った姿を見つけ、客間を後にした。
「クォンツ様」
アイーシャは客間の窓から見える庭園にクォンツの姿を見付け、やってきた。
軽く剣を振っていたのだろう。
先程までそうしているのが見えたが、アイーシャが庭園に辿り着いた時には既に長剣を鞘に納め、邸に戻る準備をしている最中だった。
アイーシャの声にクォンツが振り向くと、邸の方からアイーシャが近付いて来る。
「ああ、アイーシャ嬢おはよう。昨夜はしっかり休めたか?」
「おはようございます。はい、しっかり休ませて頂きました。ありがとうございます」
「それなら良かった。アイーシャ嬢は結構魔法を発動しただろう? 疲労が蓄積してたと思うからな」
「確かに……昨日は今までで沢山魔法を使ったのでちょっぴり疲れてしまいましたが、こうしてユルドラーク侯爵邸に迎え入れていただき、しっかり休めました。本当にありがとうございます」
アイーシャはクォンツに向かってぺこりと頭を下げる。
思えば、学園を早退した日。
あの日からアイーシャはルドラン子爵家で自分の居場所がなくなった。それに、義父ケネブと義母エリザベートからの暴力から匿ってくれていた。
感謝してもし切れない、とアイーシャは深々と頭を下げてクォンツにお礼を告げたのだが、頭を下げるアイーシャにクォンツは慌てて口を開く。
「おいおい、よしてくれ。もう十分アイーシャ嬢からお礼をもらった。……その、学友……、なら助けるのは当然のことだろう?」
「学友……!」
ごにょごにょ、と言葉を紡ぐクォンツの「学友」という言葉にアイーシャはキラキラと目を輝かせ、嬉しそうに笑みを浮かべる。
両手を握り、些か前のめりになりつつクォンツに言葉を返す。
「クォンツ様も! 今後何かあったらお手伝いさせて下さいね! お友達ですもの! 私もクォンツ様を助けます!!」
「あ、ああ、うん。そうする……」
嬉しそうにしているアイーシャに、クォンツはどこかがっかりしたように肩を落とす。
アイーシャの数歩後ろを歩いているクォンツがぽつりと漏らした「ただの友人にここまでしねーよ」という言葉は、うきうきと楽しそうにしているアイーシャの耳には届かなかった。
◇
アイーシャとクォンツが邸に戻ると、朝食の準備ができたのだろう。
食堂に皆が集まっているらしく、クォンツは着替えに。アイーシャはそのまま食堂に向かう。
既にクォンツの母ユルドラーク侯爵も、クラウディオも席についており、アイーシャは二人に挨拶をするとこれまた既に席に着いていた自分の父親ウィルバートの隣に腰かける。
少しだけ遅れてやって来たクォンツと、彼の妹であるシャーロットも遅れて食堂に姿を表し、皆が揃った所で朝食を摂り始めた。
今日は、朝食が終わった後マーベリックから城に呼ばれている。
アイーシャとウィルバート、クォンツは朝食を済ませると急いで登城の準備にかかる。
恐らく、昨日の件の再確認と、エリシャについて。そして未だ逃げているケネブについて話し合いが行われる。
エリシャを捕らえた事は僥倖だが、ケネブの居場所を付き止めねばならない。
アイーシャは今日もまた長い一日になりそうだ、と心の中で呟いたのだった。




