64話(戦闘シーンあり)
アイーシャは目の前に広がる背中を見つめる。
先ほどまで自分の腕を引いてくれていたウィルバートは既に遥か前方に離れて行ってしまっている。
(この場所からでも、何か援護できれば……!)
アイーシャはきょろ、と周囲を見回す。
土煙がようやく晴れてきて、アイーシャの視界にもはっきり合成獣の姿が現れる。
そして、その向こうには探していたクォンツの姿と、マーベリック達の姿。
マーベリック達のすぐ近くにはエリシャの姿もあって、アイーシャは捕縛が上手くいったのだ、とほっとした。
そして、エリシャとは違う人物の姿もあり、目を見開いた。
「え……お義母様……?」
エリシャの近くには気を失っているエリザベートの姿がある。何やら怪我をしているようで、肩から先を大きな布で覆われ、布にはじわりと血が滲んでいる。
マーベリックの足元に横たわっており、気を失っているエリザベートにエリシャが必死に話しかけているが口封じの布で声になっておらず、エリザベートの耳には一切エリシャの声は届いていない。
どうしてあんな所にいるのか。
合成獣が暴れた拍子にエリザベートの私室が破壊され怪我でもしたのだろうか、と混乱しつつ考えているアイーシャの耳に、ウィルバートの声が届いた。
「クォンツ卿! 離れろ!」
土煙の向こう。
そこで合成獣と戦っていたクォンツに向かってウィルバートが叫ぶ。
走り出した瞬間からウィルバートは闇魔法の魔力を限界まで練り上げていた。
合成獣はクォンツの攻撃によって切り落とされた腕を再生しようとしていたらしく、切り口からは目にも止まらない速度で組織が再生・修復していくのが見える。
「再生できないように、消失させる!」
「っ! 了解!」
ウィルバートの意図を汲み取ったクォンツは、瞬時に身を翻し後方に大きく距離を取った。
クォンツが巻き添えにならない範囲まで下がった事を確認したウィルバートは、両手を合成獣に向けて闇魔法を放つ。
ぎゅる! と黒い球体のようなものが合成獣の腕を覆い、空間が圧縮されるように徐々に球体が小さくなり、そして完全に消滅した。
合成獣の腕の肩から先が完全に消え去る。
痛みを感じるのだろうか。合成獣はその場でどたどた、と巨体を揺さぶりのたうち回る。
のたうち回る度、振動が離れた場所にいるアイーシャにまで伝わってくる。
「殿下達もご無事だったか!」
暫く合成獣は動けないだろう。
そう判断したウィルバートは素早くマーベリック達に駆け寄り、マーベリックが捕らえている少女──エリシャの姿と、床に転がるエリザベートを見て、僅かに目を見開いた。
「ああ。ウィルバート殿も無事であったか、良かった」
マーベリックがほっと安堵したように息をつく。
リドルもウィルバートの近くにやって来て、クォンツも近付いて来るが合成獣の動向を注視するように少しばかり距離を取った場所で静止した。
「ええ。私も、アイーシャも無事です」
「ならば良かった」
「エリシャ・ルドランを捕縛できたのですね。……それで、これは一体どういう状況で?」
合成獣への警戒は解かないまま、状況を把握するためにウィルバートはマーベリックに問う。
元々エリシャを捕縛するのが目的だった。だからエリシャがこの場にいるのはまだ分かるのだが、なぜここにエリザベートが? というウィルバートの疑問は尤もだ、とマーベリックは頷いた。
「ああ。それが……エリシャ・ルドランと一緒に教団の人間が母親の奪還に来ていた」
「ならば、あの合成獣はまさか?」
「ああ。ウィルバート殿の考えの通りだ。逃げ場がないと判断した教団の人間が合成獣に変貌した。エリザベート・ルドランは私室から抜け出してきたようでな……」
「戦闘に巻き込まれたのですか?」
そう言えば、とウィルバートも思い出す。
あの合成獣が現れた時にエリザベートが攻撃を受けていた。その時には既にクォンツ達もあの場にいて、戦闘が始まっていたのか、と考えたウィルバートは疑問を口にした。
「怪我をした人間は、足手まといになります。何故、助けたのですか?」
それにエリザベートはケネブの悪事には加わっていなかった。
助けたとしても何も話は聞けない。
冷たい事を言っている自覚は、ウィルバートにはなかった。
だが、今までウィルバートと言葉を交わし、アイーシャへの態度を見て、クォンツとのやり取りをその目で見ていたマーベリックは、まるでエリザベートを切り捨てるような言葉を口にしたウィルバートに、目を見開いた。
ウィルバートも、マーベリックもリドルもだからこそ気付かなかった。
合成獣の意識がまるで何かに引っ張られるように他に向いていることを。
合成獣の体が頭も顔もどこにあるのか分からないからこそ気付くのが遅れたのだ。
一番最初に違和感に気付いたのは合成獣を注視していたクォンツだった。
もぞり。
と、合成獣が緩慢な動作で動いた。
瞬間、クォンツが弾かれたようにある方向に顔を向けた。
アイーシャがいる方向に顔を向けたクォンツは、咄嗟に叫んだ。
「アイーシャ嬢!! 逃げろ!!」
◇
もぞり、と合成獣が動いた。
遠目からでもそれがはっきりと分かる。
「どうしよう、この場から離れた方がいいかしら」
だが、ウィルバートはクォンツ達と合流している。
下手に自分が動き、合成獣を刺激してしまってはいけない。合成獣を刺激し、今の戦況を変化させてはいけない。
アイーシャがそう考え、その場に留まろうと考えていた所で。
合成獣を注視していたクォンツがアイーシャに顔を向けた。
そして、合成獣もこちらを見ている。
「――え」
「アイーシャ嬢!! 逃げろ!!」
ぞくり、と背筋が震えた瞬間、クォンツの絶叫が空間に木霊した。
――ア゙イィィィーーじゃ!!!
ばん、と合成獣の巨体が床に弾む。
次の瞬間、弾んだ合成獣の体が大きく空に飛び出し、離れた場所にいるアイーシャに向かって突進してきた。
「ひっ!」
合成獣の様子は尋常じゃない。
そして、何か言葉を口にした。
「なっ、なん……っ!!」
アイーシャが混乱により硬直したのは一瞬。
すぐに体の硬直は解け、クォンツが口にした言葉の通り、一目散に駆け出した。
この場から一刻も早く逃げ出さねば――。
最早強迫観念に駆られるようにアイーシャは足を縺れさせながら必死に動かす。
クォンツの叫び声に気付いたウィルバートが動くのが視界の端で見える。
少しでも時間を稼ぐ事ができれば、クォンツやウィルバートがいる。
アイーシャは少しでも合成獣の動きを遅くさせるため、行動制限の補助魔法を合成獣に向かって放つ。
効果は長くは続かないが、それでも時間を稼ぐ助けにはなる。
「は……っ、はぁ……っ」
ぐらり、とアイーシャの体が大きく傾く。
大分魔力を消費しているせいで、アイーシャの体は限界に近い。
ずきずきと痛む頭を抑えながら、それでもアイーシャは何とか足を動かし続ける。
合成獣の興味はクォンツ達から完全に逸れ、今はアイーシャに集中している。
(なんで……っ、私をっ!?)
一種の執着めいたものを感じ、アイーシャはぞっとした。




