61話(閲覧注意)
戦闘シーン、残酷な描写がございます。
ご注意ください。
抜き放った剣を片手で構えつつ、三人は目の前で肥大化していく物を唖然と見上げる。
「──ははっ。あれ程禍々しい生き物を見たことがない……」
「あんな物がこの世に何体も存在していたら不味いだろう」
「ここは、俺とクォンツで対応して……殿下は避難した方が良いかもしれません」
得体の知れない生き物。
そのような生き物からマーベリックを離した方が良い。そう判断したリドルが告げるが、当のマーベリックは生き物にちらりと視線を向けた後、苦笑いを浮かべた。
「いや……。あれは無理だろう。今動くのは得策ではない。様子を見た方が良いかもしれないな」
「まあ……下手に動いてアレを刺激すんのも不味いか」
マーベリックの言葉に、クォンツも同意する。
クォンツが生き物に視線を向けると、未だにぶくぶくと膨張を続けていて、その体の大きさは以前山中で見た合成獣よりも巨大な気がする。
先程は合成獣に似た姿と感じたが、肥大する体は既に合成獣とは似ても似つかわしくない物になっており、その姿を見ると恐れや不安を覚えた。
本来、頭がある部分は大きく抉れていて、体からは良く分からない液体をだらだらと垂らしている。巨大な体を震わせながらもぞもぞと蠢いている様子が不気味さに拍車をかけている。
「マーベリック、どうする。放っておけばアレは街に出ちまうぞ」
「街に出しては不味い」
「ならば、この場で消滅させるしかないな」
マーベリックを後方にやり、生物にクォンツは一歩近付く。
クォンツが近付いた事に気付いたのだろうか。生物は巨大な体でもぞり、と僅かに動きクォンツ達の方へ体を向けたように感じる。
顔がないため、はっきりとは分からないが恐らく体の正面はクォンツ達に向いている気がする。
「……魔法攻撃がどれくらい効くのか、攻撃してみるか? それともこのまま様子見をするか?」
「いや。今のクォンツの動きにアレは反応した。このままでは私達に攻撃してくるのも時間の問題だろう。先手を打った方が良い」
「了解。リドルとマーベリックは離れていてくれ」
クォンツの言葉に従い、マーベリックはエリシャを連れたまま更に後退し、生物から距離を取る。
リドルもマーベリックの護衛に徹する事を決めたのだろう。剣を構えたままマーベリックの側に立った。
クォンツはちらりと後方に視線を向けてから魔力を練り上げ始める。
火魔法ではなく、雷魔法。
火魔法では炎により煙が発生して視界が悪くなる。
あれ程の巨大な体が煙に遮られて見えなくなる事はないだろうが、その憂いは絶っておいた方が良い。
その点、雷魔法であれば煙は殆ど発生しない。
クォンツの手にバチバチと雷が帯電し始める。
時間をかけ、最大限魔力を練り上げたクォンツは、その生き物に向かって雷魔法を放った。
カッ、と一瞬だけ閃光が走り、クォンツの雷魔法が巨大な生き物に難無く命中する。
派手な音を立てて生き物の体を雷がバリバリと走る。
痛みを感じるのか、生き物はその場で巨大な体を揺さぶり、苦しんでいるかのように見えた。
形容し難い不快な叫び声を上げながら、その巨体がもそり、と動いた。
「──っ」
びしゃりびしゃり、と体液を撒き散らしながら生き物は魔法を放った。
「ふっざけんな……! 魔法発動の動作がなんもねえ!」
クォンツ目掛けて火魔法のような魔法をし、襲い来る魔法攻撃にクォンツは悪態をつく。だがクォンツは落ち着いて目の前に魔法障壁を発動する。
ぱん! と甲高い音を立て、生き物が放った火魔法が弾かれ、消滅した。
「やっぱりこいつも魔法を使いやがる……! 山中で出会った魔物──合成獣も、この邪教が作り出したと見て正解だな!」
「クォンツ! 大丈夫か!」
背後からマーベリックの叫ぶ声が聞こえ、それにクォンツは片手を上げ、応える。
(この程度の魔法威力であれば、防ぐ事は可能だ。……だが、長期化すれば俺の魔力の方が先に底をつく……!)
どうしたものか、とクォンツが悩んでいると巨大な生き物から少し離れた場所から人の気配を感じた。
「いやああぁっ! 何あれ!」
女性の悲鳴が響き、クォンツは弾かれたように顔を向けた。
響いた声は、エリシャの母親であるエリザベート・ルドランの声。
どうしてこの場に、とクォンツは驚愕に目を見開いた。
エリザベートは私室に軟禁していたはず。
その部屋の前にも、室内にも見張りの兵を置いていたはずなのに何故、とクォンツが考えていると、エリザベートの腕を拘束していた手枷が破損している事に気付いた。
「ちくしょう、アレが暴れた影響で部屋が破壊されたか……っ」
あの合成獣のような物が暴れ、破壊した場所はエリザベートの私室に近かったような気がする。
エリザベートが今、一人で動き回っているという事は、配置した兵が負傷でもして逃がしたという事に他ならない。
エリザベートを捕らえる事を最優先とするか、と悩むクォンツの耳にくぐもった声が届く。
「んんぅーっ、んんーっ!」
口封じの布でエリシャは言葉を発する事は出来ないが、必死に声のようなものを発している。
遠い場所でも、娘の声に反応したのだろう。エリザベートはぐりん、と顔を振り向かせる。エリシャがマーベリックに捕らえられている姿を見て、激昂した。
「エリシャっ! エリシャになんて事をっ!!」
隣にいるのがこの国の王太子であるにも関わらず、怒りを顕わにする。ただただ、娘が拘束されている姿を見て憤り、あろうことかマーベリックを敵視するように睨み付けた。
エリザベートは怒りを顕にしたまま、エリシャのもとに来ようとしているのだろう。近くにいる合成獣など目に入っていないのか。声を荒らげ、体の向きを変えてこちらに駆けてくる。
クォンツ達の方に近付くという事はすなわち、合成獣に近付くという事だ。
「お、おいっ近付くな……っ!」
合成獣を刺激して、面倒な事になっても困る。
クォンツは近付いて来るエリザベートに静止の声をかけた。
だが、その時。
合成獣は自分に近付く気配にぴくり、と反応した。
巨大な体をのそり、と動かし地面にびしゃびしゃと自分の体液を撒き散らしながらエリザベートを見た。
エリザベートに、不意に巨大な影が被さった。
「──え」
そこで初めてエリザベートは周囲の状況を確認した。
足元に黒い影が出来て、それは何なのだろう、とゆっくりと頭上を見上げる。
「──んうぅーっ!! んぅーっ!」
クォンツの背後からは、エリシャの切羽詰まったような声が聞こえる。
エリザベートは先程自分が悲鳴を上げた存在が、頭上に覆い被さるようにして静止している姿を見て目を見開いた。
エリザベートの顔に、頭上から合成獣の体液がぼた、ぼたと垂れる。
「──ひっ」
自分の顔に落ちた体液に、エリザベートが頬を指先で触れ引き攣った声を出す。
エリザベートが悲鳴を上げそうになったが、瞬間。
──パシュッ
と軽い音が聞こえた。
巨大な体で、緩慢な動きしかしていなかった合成獣からは想像も出来ない程、俊敏な動きだった。
合成獣の頭部がある筈のそこから太い触手のような物が生え、鞭のように撓り、一瞬の内にエリザベートの右腕を襲った。
「──は?」
合成獣の触手が動いた後には、そこにあったはずのエリザベートの腕は消失していた。
はくはく、とエリザベートが痛みなのか恐怖なのか分からない涙をぼろぼろと零す。バランスを取れなくなったのか、エリザベートの身体はその場にどさり、と崩れ落ちる。
「んううぅっ! んうううーっ!!」
背後でエリシャが何か喚いている声が聞こえるが、クォンツは瞳を見開き、その場を微動だに出来ない。
──人間の右腕が一瞬の内に消失した。
唖然としていると、合成獣の触手が再び動きだすのが見えた。
床に這いつくばり、何とか逃げ出そうとしているエリザベートを食らうつもりなのだろう。
よくよく見てみれば、触手と思っていた物は、頭部の部分より少し下。
人間で言う所の肩の位置から生えているのが見て取れる。そして、合成獣の触手には手のひらのような平べったい部分がある。
その手のひらの部分には、口が見受けられたのだ。
エリザベートを襲った一瞬の間に、状況を確認し、合成獣の触手に口がある事に気付いたクォンツは考えるよりも先に駆け出した。
身体強化の魔法を自身に発動し、一足飛びでエリザベートと合成獣に接近する。
「クォンツ!!」
背後で切迫したようなマーベリックの声が聞こえるが、クォンツはエリザベートの腕を掴んだ。




