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60話(戦闘描写あり)

グロテスクな描写がございます。

ご注意ください。


 エリシャは勝手知ったる邸の裏門から敷地内に入り込むと「こっちです!」と嬉しそうに表情を綻ばせ男を先導する。

 裏門から入ると庭園の裏手側に出る。

 裏手から建物に沿って歩いて行くと、使用人が使用する出入口があり、その出入口を施錠している鍵は魔法干渉に弱い材質に取り替えてある。


「ふふっ。夜中、ベルトルト様と逢瀬をする時のためにすぐ壊せるような鍵に変えていたんですっ! 鍵を変えてから大分時間が経っちゃってますけど、見た目は同じだから……」


 エリシャは聞かれてもいない事をぺらぺら男に話して聞かせながら、出入口を施錠している鍵に向かって自分の魔力を流し込んだ。

 途端、鍵がボロボロと崩れていく。エリシャと男の目の前で鍵だった物がそのまま地面に落下した。

 落下した時の衝撃で鍵は完全に崩れ落ち、炭となった鍵が風に攫われて行くのを横目に見ながらエリシャは得意気にふふん、と口端を持ち上げた。


「どうですか? これでお母様を迎えに行けます!」

「ああ。大したもんだよアンタは」


 男は呆れたように肩を竦めてエリシャに言葉を返した。善悪の認識が歪んでいるのだ、エリシャは。

 用が済んだら始末してしまおうか、と考えるが始末するにはエリシャが取得している消滅魔術(ロストソーサリィ)の魔法は惜しい。

 蠱惑と魅惑の魔法は、人を操り堕とす。

 精神干渉の耐性がない人間は、簡単に魔法にかかるだろう。


(我らが主のために、今暫くは蠱惑と魅惑を使わせるため、生かしておくか……)


 男は、自分の前を嬉しそうに歩くエリシャを眺めながら足を進めた。



 使用人の出入口から建物内に入り込み、暫し。

 階段は地下に続いているようで、暗い階段を進みながら男は微かな違和感を感じていた。

 夜中とは言え、この先は人の気配があまりにもなさ過ぎる。


「おい。エリシャ・ルドラン」

「何ですか?」


 何も感じていないエリシャは、背後でぴたりと立ち止まった男にきょとん、と瞳を瞬かせて振り返る。


「この邸は、これが普通なのか?」

「へ?」

「使用人用の出入口から侵入したってのに、この先に使用人がいるような気配がないじゃないか……。使用人の寝起きしている場所はこの先か……? それとももっと下の階にあるのか?」

「えっ、えぇ? ちょっと、一度に沢山聞かれても分からないですっ! えっと、人の気配がない、のは……分からないです。だってこんな地下になんて私は殆ど近付いたことないですもん。使用人が寝起きしている場所も分からない、です……」

「──はぁ? 邸に詳しいんじゃなかったのか……!?」

「お、お母様のお部屋はしっかりと分かりますもの……! とりあえずこの地下から上の階に出てしまえばもう安心です!」


 偉そうに胸を張って答えるエリシャに、同行していた男は益々不安になってくる。

 エリシャがどうしても母親を助けたい、と言うからそれならば早めに母親を連れ出してしまった方が良いか、と思い決行したが危ない橋を渡っていそうだ。


「そもそも……エリザベート・ルドランが邸に戻っていたらアイーシャ・ルドランがいない可能性の方が高いもんな。この邸にはいないかもしれない。くそっ一緒にアイーシャ・ルドランを攫ってしまえば一石二鳥かと思ったが上手くいかなそうだ」


 男は自分の顎に手を当ててぶつぶつと考え込んでいるが、前を歩いていたエリシャはどんどん進んで行く。

 前を進んでいたエリシャは「あっ」と嬉しそうな声を上げ、くるりと男に振り返った。

 振り返ったエリシャは嬉しそうに笑顔を浮かべていて、男にそのまま話しかける。


「ありましたありました! この扉の奥に上階に続く階段があるはずです!」

「──待て! 迂闊に扉を開けるな──……っ!」


 扉のノブに手を掛け、躊躇無く開け放とうとしているエリシャを止めようと、男が咄嗟に声をかける。が、時すでに遅く。

 エリシャは男の制止の声を聞く前に扉を開けてしまった。




 瞬間。

 扉の奥から聞こえるはずのない声が聞こえた。


「本当に来たよ……」

「闇魔法ってのは本当に便利だな」


 声が聞こえて来たと思った瞬間に、扉の前にいたエリシャを素通りして、男に誰かが一瞬の間に接近した。


「──くそっ!」


 男は咄嗟に攻撃魔法を発動しようとしたが、その腕を捻り上げられ、勢い良く床に叩き付けらる。

 邪教の男は、自分の腕を捻り上げられている痛みに息を荒くしながら相手を見やる。そこにいたのは、空色の髪の毛に海のような深い蒼色の瞳を持つリドル・アーキワンデが。

 リドルの向こう側、エリシャが扉を開けたそのすぐ傍には、濃紺の夜明けのような髪色に、金の瞳を持つクォンツ・ユルドラークが呆気に取られているエリシャを拘束していた。


「──くそっ、くそぉっ」


 ──公爵家と、侯爵家の嫡男が相手では分が悪い。


 邪教の男は床に押さえつけられたまま、踏みつけられてしない片腕をがむしゃらに動かし、リドルの足を力任せに跳ね除けた。


「悪あがきをっ!」


 男が暴れだし、眉を顰めたリドルが腰の長剣の柄に手をかけた所で、男は自分の体に流れる魔力を暴発させた。


「っ!?」

「リドル!」


 周囲一帯を巻き込み自爆でもしようとしたのだろうか。

 邪教の男から膨大な魔力が膨れ上がり、それが暴発する寸前。リドルは瞬時に周囲に魔法障壁を発動し、男から距離を取った。

 エリシャを拘束していたクォンツも、エリシャを扉の奥に押しやると、自分達を守るように重ねて魔法障壁を発動する。


 刹那。

 ──カッ

 と眩い光が視界いっぱいに広がる。眩しさにクォンツもリドルも、瞳を閉じてしまった。

 だが、その光も一瞬で収まり目を開けたクォンツとリドルは目の前に広がった光景に唖然とした。


「くそっ、くそぉ……っ!!」


 邪教の男は本気でリドルを巻き込み、自爆しようとしていたのだろう。

 火魔法の魔力暴発。

 敢えて魔力を制御不能にまで昂らせ、周囲を巻き込み自爆しようとした。


 邪教の男が自分の命さえ投げ出し、このようなことを仕出かすとは思っていなかったクォンツとリドルはゾッとする。

 捕まるのであれば、自ら命を絶つ。

 常人では考えられぬような選択を行う男に、改めて邪教の異常さを認識する。


 目の前で魔力暴発を起こした男の肌は、炎に焼かれ爛れ落ち、焼けた肌が垂れ下がっている。

 片腕は肘から先が吹き飛んでしまったのか、体のバランスが取れずに傾いている。

 そんな中でも、邪教の男は痛みを感じないのか悔しさに顔を歪めていて、その異質さにもクォンツとリドルは寒気を感じた。


「何だ、こいつ……っ」

「クォンツっ、エリシャ・ルドランを!!」

「しまった!」


 邪教の男の行動に気を取られてしまい、エリシャから目を離してしまったクォンツは急いで振り返る。

 振り返った先には、腰を抜かした状態で男の酷い有様に恐れ、泣いている。いつの間にか、エリシャの近くには王太子マーベリックが立っていた。


「クォンツ。この女から目を離すな」

「す、すまないマーベリック」


 呆れたように苦言を呈すマーベリックに、クォンツが詫びを告げる。

 いつの間にマーベリックはエリシャに口封じの布を噛ませたのか。落ち着いた様子で状況を確認すると、よたよたと歩き残った片腕を自分の懐に入れる邪教の男の行動に眉を顰めた。


「クォンツ、リドル! その男から今すぐ離れろ!」

「!?」


 マーベリックの鋭い声に反応し、クォンツとリドルは反射的に男から大きく距離を取った。

 クォンツとリドルの後方で男は懐から取り出した錠剤のような物を、三人の目の前で躊躇いなくごくり、と飲み込んだ。


 このような場面で躊躇なく口にする物は確実に良くない、厄介な代物だ。

 そのように判断したマーベリックは、側にいたエリシャを担ぎ上げるとこの場を離れるため駆け出した。

 マーベリックの行動にクォンツとリドルも倣い、着いて行くように駆け出す。


 そして。

 ぽつりとその場に取り残された男は、錠剤を飲んだ後一拍置いて体が膨張し始めた。


「立ち止まるな! 距離を取れ!」

「あれは何だってんだ……っ!?」

「殿下っ! 他にも侵入者がいるかもしれません! あまり先行せぬよう!」


 マーベリックが後方の二人に吠え、クォンツが悪態を付き、リドルがマーベリックの身を案じる。

 バタバタと走る三人の足音の後方の空間から、禍々しい魔力が膨張し、そして弾けた。

 魔力が弾けた瞬間、大きな振動が三人を襲う。次いで爆発音がし、後方が崩壊する音が轟く。



 物凄い音を立てて崩れた瓦礫から、ぶくぶくと青黒いぬめった皮膚のような物が膨張し、大分距離を取った三人の目にもしっかり映る。

 信じられない光景に、思わずその場に立ち止まってしまった。


「──何だ……、あれ……」


 ぽつり、と呟いたクォンツの言葉には誰も言葉を返す事が出来ず、ぼうっとその膨張し続ける物体を見上げる。


 邸の中心部にアイーシャ達を避難させているが、あの物体がそちらに向かってしまってはどうしようもない。

 アイーシャはウィルバートと、マーベリックが連れて来た部隊の騎士達と一緒だ。

 ウィルバートが一緒なのだから安心ではあるが、闇魔法はまだ不透明な部分が多く、アイーシャの身の安全を確保するのであれば合流するのが一番。

 だが、物体が邪魔をしていて合流しようにもその物体との戦闘は避けられないだろう。


「──もっと城から人員を引っ張ってくれば良かったか」


 マーベリックの言葉にクォンツとリドルは曖昧に答える事しか出来ず、自分達の視界に巨大化した男だった物が完全に姿を現し、背中に嫌な汗が伝った。

 所々、体の形成が成されていないが、かつて人間だった男の体は山中で見た魔物と何処か似た印象を与えている。


 クォンツ達三人は、無言で腰の長剣を抜き放った。



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