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58話


 意識を失い、どさりと倒れ伏したエリザベートを冷たい目でウィルバートは見下ろした。


「アイーシャが、死んでいれば良かったと? 生きる価値がないのはお前の方だろう……っ」

「お、お父様……落ち着いて下さい!」


 ウィルバートが強く握り締めている拳の指先が真っ白になり、爪先が手のひらに強く食い込んでいる。

 常にない父親の様子に、このままでは怪我をしてしまう、とアイーシャは慌ててウィルバートの拳に手を添える。

 自分のために怒りを感じてくれるのは嬉しいが、それでウィルバートの体に傷が付いてしまうのは嫌だ。


 エリザベートを取り押さえた兵士達二名が真っ青な顔で震えているのがクォンツの目に入り、クォンツは胸中で呟いた。


(ウィルバート卿の怒気と魔力に中てられたか)


 怒りによりウィルバートの体から制御しきれなかった魔力が溢れ出ている。

 クォンツですら息苦しさを感じる中、ウィルバートの近くにいる兵士達は辛いだろう、とクォンツは納得する。


(アイーシャ嬢が平気な顔をしているという事は、ウィルバート卿は無意識にアイーシャ嬢を守っているのか? 改めて闇魔法は規格外だな)


 このままでは兵士も気を失いかねない、と判断したクォンツは兵士に向かって指示を出す。


「エリザベート・ルドランをルドラン子爵邸に移す。彼女を馬車に運んでくれ」

「かしこまりました」


 クォンツが調査官に任命されたことは既に知らされていたのだろう。

 無駄な動きを見せることなく兵士はクォンツに頭を下げ、エリザベートを抱えて部屋を出て行った。


「エリザベート・ルドランが途中で目を覚まして暴れねえように手枷を嵌めておかないとな」


 クォンツはアイーシャの頭を優しく撫で、ウィルバートとアイーシャ二人を部屋に残したまま先に退出した。

 クォンツの背中を見送ったアイーシャは、気遣うようにウィルバートに視線を向ける。


「お父様。私を心配して下さったのですよね? ありがとうございます」

「アイーシャ……、私は……っアイーシャがなぜあんな風にっ」

「大丈夫です。今はもう、本当に大丈夫なんです。私にはお父様がいます! それに、私を心配して、力を貸して下さる方もいるんです」


 ふにゃり、と弱々しい笑みを浮かべて見せるアイーシャに、ウィルバートはやるせない気持ちで一杯になってしまう。

 自分がいなかった十年間。アイーシャがどのような扱いを受け、暮らして来たのかが分かってしまう。

 あのような暴言を吐かれる事も、一度や二度ではなかったのだろう。


「──……っ」


 ウィルバートは苦しそうにくしゃり、と顔を歪め、先ほどクォンツが出て行った扉に視線を向ける。


「……クォンツ卿を待たせてしまっているな。私達の家に戻ろうか」

「はい、お父様……っ!」


 ぱっと笑顔を浮かべるアイーシャの背を押し、退出を促す。

 ウィルバートは自分のみならずイライアまで巻き込み、アイーシャに惨い仕打ちをした弟一家をどうしてやろうか、と考えながらクォンツが待つ部屋の外に向かった。



 ルドラン子爵邸に到着したアイーシャ達一同は、出迎えにやって来た僅かな使用人と軽く言葉を交わし、気を失ったままのエリザベートを任せた。

 同行した兵士はエリザベートの私室前と内部に配置し、何かあればすぐに知らせるよう手配する。

 恐らく、然程時間もかからずエリザベートは目を覚ますだろう。

 そうして、自分の現状に混乱し怒り、暴れる事は想像に容易い。

 

 だが、逆にエリザベートが目を覚まさねば尋問もできない。エリザベートが目を覚ますまでの間、アイーシャ達三人は食堂にやって来ていた。

 ルドラン子爵邸に残した使用人は、三名程。

 それ以外の使用人は休暇を与え、邸から出てもらった。

 残った使用人の内一人は、アイーシャを幼い頃から知っている使用人のルミア。それと、ルドラン子爵家の家令ディフォート。料理長のハドソンのみ。

 この邸に残った三人は、不安そうな表情を浮かべている。


「あー……俺、から説明をした方が良い、ですかね?」


 戸惑いの表情を浮かべている使用人達を前に、ちらりとクォンツがウィルバートに視線を向ける。

 調査官の地位を与えられてはいるものの、子爵家の主人はウィルバートだ。ウィルバートがこの場にいるにも関わらず、自分から説明をしていいのか、とクォンツは確認のつもりでウィルバートに話しかけた。

 クォンツとアイーシャ二人には使用人達は不思議そうにしていないが、フードを被り顔を隠しているウィルバートを不審がっているのが雰囲気からひしひしと伝わってくる。

 気まずそうにしているクォンツに、フードの下で苦笑いを浮かべたウィルバートは言葉を返した。


「いや、私から説明しよう。皆、見知った顔だ」


 ウィルバートがそう告げるなり、深く被っていたフードを外した。

 フードを外した弾みで、アイーシャと同じ赤紫の躑躅(つつじ)色の髪の毛がぱらり、と舞った。

 使用人は躑躅の髪色に目を見開き、次いで顔を晒したウィルバートの姿を見るなり、使用人達は目を見開き、硬直した。


「──旦那様?」


 硬直からすぐに脱したのは家令のディフォート。

 ディフォートは茫然としつつ、瞳にじわじわと涙の膜が張り始める。


「幻ではございません、よね……? 旦那様……っ、旦那様ですか? 本物なのですか……っ」


 よろよろ、とディフォートはウィルバートに近付いて行く。

 ウィルバートに腕を伸ばせば触れられる距離までやって来た時。ウィルバートは眉を下げてディフォートに言葉を返した。


「──ああ、私だ。戻るのが遅くなってすまなかったな」


 ウィルバートが言葉を紡ぐなり、使用人達三人はぶわり、と涙を流した。そしてカクン、と膝から崩れ落ちる。


「──旦那様っ、! お戻りを……っ、お待ちしておりました……っ」

「良かった……っ、良かったです旦那様……っ」

「あぁっ、神様……! 本当にありがとうございます……っ!」


 三者三様、口々に言葉を放ちウィルバートの傍にやって来ていたディフォートはウィルバートの手を取り、縋るように握り締める。

 料理長のハドソンは涙を零し、ぐっと唇を噛み締めるとコック帽をぎゅうう、と強く握り締めてボタボタ床に涙を落とす。

 ルミアはアイーシャに駆け寄り「良かった、良かったですねお嬢様」と抱きしめた。


 三人はウィルバートが帰って来た事実を知り、喜びに溢れているせいでウィルバートの変わらぬ姿に今は考えが至っていない。


「三人とも。取りあえず座ってくれ。話をしようか」


 ウィルバートが苦笑しながらディフォートの手を取り立たせてやると、食堂のテーブルへ促す。


 再会を喜ぶのはまだ暫し先だ。

 今はウィルバートがどうして十年間もの間、帰って来る事が出来なかったのか。その説明をしなければならない。

 そして、何故この子爵邸にエリザベートだけを連れ帰って来たのかも、説明が必要だ。

 エリザベートが目を覚ます前に三人に事情を把握してもらう必要がある。


 ウィルバートはぐすぐすと泣く三人がテーブルに着いた事を確認すると、アイーシャとクォンツ順に視線を向け、頷き合ってからゆっくりと口を開いた。




 ウィルバートから語られる、十年前に起きた一連の出来事。


 自分に執着し、恨みを募らせる弟ケネブ。仕組まれた馬車事故。馬車事故でのイライアの死。

 そして、長年ウィルバートが記憶を失っていた事。

 恨みを持ったケネブが、長年アイーシャを苦しめていた事、そして。


 魔物の事。


 一連の出来事を端的に説明し、時折クォンツが補足するように言葉を紡ぐ。

 姿が変わらぬ事は、ある魔法を取得した途端に年を取らぬようになったと濁すと、三人は下手に詮索することはせず、神妙な顔をしてこくり、と頷いた。


 ウィルバートの説明が一段落し、皆の間に重苦しい空気が満ちる。


「そのような事が……」


 その中でも、ディフォートがぽつりと言葉を零した。

 小さく零されたディフォートの言葉の後、ハドソンは乱暴に自分の目元を服の袖で拭う。怒りを抑え切れない、と言うように口を開いた。


「許せません……っ! 旦那様、奥様にそのような仕打ちを! お嬢様も長年苦しめ続けたあの家族をっ、俺は許す事など出来ません……っ!」

「旦那様、私も同じ意見です。自分勝手に恨みを募らせ、旦那様と奥様に行った所業。お嬢様への仕打ち……私はっ、長年お嬢様を助ける事が出来ずっ、あのような酷い事を本当に長年っ!」


 悔しそうに唇を噛み締めるディフォートに、アイーシャは堪らず言葉を挟む。


「いいのよ、ディフォート。私の事はいつも気にしないで、と言っていたでしょう? 私を庇って、首になった人達が大勢いたのよ。首になった人達は、次の働き先も紹介してもらえず、大変な生活を」

「──ですがっ、お嬢様は首になってしまった使用人達を援助なさっています……っ! 本来であれば家令の私が彼らの様子を見てやらねばならなかったのに……っ」

「いいのよ。ディフォートには邸の使用人達を助けて欲しかったんだもの。それに、私はルミアがいてくれたから全然平気だったわ」


 ふふ、と微笑みさえ浮かべるアイーシャに、ディフォートもハドソンも。そしてルミアも咽び泣く。


「……っ、ぜっ、絶対に許せません……っ、こんなっ、こんな事を……っ」

「例え神が許してもっ、私達は絶対に許しません……っ」


 使用人達の言葉を聞き、ウィルバートも強く頷く。


「ああ。私も許すつもりはない。……だからこそ、ケネブとエリシャが脱獄した後、エリザベートに接触を図ると予測して彼女を邸に連れ戻した。……エリザベートを使い、接触を図って来たケネブとエリシャを捕らえる手助けをしてもらってもいいかい?」


 ウィルバートの言葉に、使用人三人は力強く頷き、「はい!」と大きく声を上げた。


「ありがとう、三人とも。……これから王太子殿下の用意した人員が邸にやって来る。その人達はこの邸の使用人として配置する。……クォンツ卿の指示の元、彼らと上手くやってくれ」

「かしこまりました、旦那様……!」

「殿下が手配下さった方達と協力いたします!」


 使用人の言葉にウィルバートは「ありがとう」と告げ、にっこりと笑みを浮かべた。


 食堂での話が一段落着いた頃。

 タイミング良くエリザベートが目を覚ました、と知らせがやってきた。




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