57話
「そうだ。そうだったな、エリザベート・ルドラン。エリシャ・ルドランが母親に接触を図る可能性があるな」
マーベリックは自身の顎に手を添え、エリザベートを上手く利用してエリシャを捕らえることはできないか、と考える。
エリシャは両親に依存している。
自分一人の考えでは行動に移すことに躊躇いがあり、父か母に常に確認をしている。
地下牢で捕らえられていた時もいたくケネブを気にしていたことをマーベリックは思い出した。
「エリシャ・ルドランであれば母親を助けに来る可能性は高い。侵入し難い王城ではなく、場所を移すか」
――他の場所。
マーベリックの口から出た言葉に、ぴくりとアイーシャが反応する。
「殿下。発言してもよろしいでしょうか?」
考え込むマーベリックに、アイーシャがおずおずと話しかける。
するとマーベリックはぱっと顔を上げて首を傾げた。
「もちろんだ、ルドラン嬢。何か案を思い付いたか?」
先ほどの怒りなど微塵も感じさせず、優しくマーベリックが促す。
マーベリックの気遣いに感謝しつつ、アイーシャは答えた。
「はい。お義母……エリザベート・ルドランを子爵邸に戻すのは、如何でしょうか?」
「ルドラン子爵邸にか?」
アイーシャとマーベリックの会話に、移動していたクォンツ達が戻ってくる。
「はい。邸内でしたら、お父様は内部を把握しております。もし可能でしたら、王城の騎士の方を派遣していただき、お義母様の見張り件、エリシャの侵入時の連絡役を担っていただければ、と……」
「なるほどな。確かに邸を知っている者がいる場所でエリザベート・ルドランを監視した方が良いな。だが、そうするとウィルバート殿が生きていたと使用人達に知られてしまう。……城の諜報部隊を使用人として使おう。ルドラン子爵邸の使用人達には少しの間だけ休暇をやってくれ」
アイーシャとマーベリックの会話に、ウィルバートも頷く。
途中マーベリックから視線を向けられたウィルバートは、問うような視線に「問題ない」というように強く頷いている。
マーベリックの言葉を聞いたウィルバートは任せてくれ、と言わんばかりに晴れ晴れとした顔で胸に手を当てた。
「かしこまりました。殿下の仰る通り、私が生きていた事を使用人に知られてしまっては不味いですね。……信用のおける使用人のみ、数人だけあの邸に残してもよろしいでしょうか?」
ウィルバートの言葉にマーベリックは頷き、「数人だけにしてくれ」と言葉を返した。
エリザベートをルドラン子爵邸に戻し、接触を図るであろうエリシャを捕らえる。
言葉にすれば端的で単純ではあるが、捕縛には恐らく骨が折れるであろう事は分かる。
マーベリックはアイーシャとウィルバート二人としっかり目を合わせ、凛とした声で言い放つ。
「二人とも、精神干渉魔法には気を付ける事。私直属の諜報部隊を向かわせるので、落ち合いその後の動きを相談してくれ」
「かしこまりました」
マーベリックの言葉に、アイーシャもウィルバートも胸に手を当て頭を下げる。
次いでマーベリックは側にやってきていたクォンツとリドルに視線を向けた。
「クォンツ・ユルドラーク、リドル・アーキワンデ両名は精神耐性があるな。二人もルドラン子爵邸に行き、ウィルバート殿の協力を。必ずエリシャ・ルドランの捕縛を」
「かしこまりました、殿下」
クォンツとリドルも、アイーシャ達と同じように一礼する。
マーベリックは次いでその場で暇そうにしているクラウディオに視線を向け、苦笑しつつ口を開いた。
「クラウディオ殿は、ユルドラーク侯爵邸に戻りユルドラーク侯爵の補佐をしてくれ。彼女一人だと大変だろうからな」
「かしこまりましたよ、殿下」
的確に指示を出したマーベリックは、それぞれと顔を合わせ頷き合った後、地下牢をあとにした。
◇
アイーシャとウィルバート、クォンツは地下牢から出、当面の動きを話し合った。
闇魔法の使い手であるウィルバートの魔力が切れた時、アイーシャ一人だけでは有事の際に対応し切れない可能性がある。
そのため、単独で討伐に向かう力のあるクォンツはアイーシャとウィルバートと行動を共にすることに決め、リドルは後ほど諜報部隊を伴いルドラン子爵邸にやって来る事になった。
王城の廊下を三人で進みながら、クォンツが口を開く。
「エリザベート・ルドランだが……二人が脱獄する際に放っておかれた事を鑑みて、殿下はあの女は一連の騒動とは無関係と結論付けたって事だよな?」
「ええ、私もそうだと思います」
「護衛騎士を付けておけば、万が一危険な事が起きても大丈夫か……」
顎に手を当て、考えつつ足を進めるクォンツを横目で見つめながらアイーシャは先ほどのマーベリックの言葉を思い出す。
マーベリックは、一時的ではあるがクォンツに調査官の肩書きを与えた。
調査官の肩書きがあれば、他家の邸滞在も可能で事件に関する尋問――エリザベートへの尋問も可能だ。
そして、調査対象であるエリザベートに接触を図る人物を捕らえる事ができる権限も与えた。
「殿下の指示は的確で有難いが……。それだけ責任が重いんだよな……」
「ですが、殿下は人を見る目がおありです。過分なお役目を託さないですよ。クォンツ様は殿下に信頼されているのですよ」
「それは嬉しいがな……」
何の気負いもなく、むしろ笑顔さえ見せてクォンツと会話をするアイーシャ。
アイーシャとクォンツ二人を後ろから眺めていたウィルバートは、何とも言えない複雑な顔をしていた。
娘が笑顔を浮かべているのは嬉しい。
だが、その笑顔を向けている相手が自分ではなく、クォンツなのが気に食わない。
ウィルバートは頭に被ったフードを目深に被り直し、二人から視線を外した。
ウィルバートの姿をエリザベートに見られ騒がれては困る。
十年前、数回程度しか顔を合わせた事はないが、万が一エリザベートがウィルバートを覚えていて王城で騒ぎ出しては困る。
そのため、ウィルバートは調査官クォンツの補佐と言う体で一緒にエリザベートの所に向かっていた。
(──さて。あの義妹は僕の事を覚えているかどうか……アイーシャが姿を見せたらどんな反応をするか……確認しておかないと)
ウィルバートが胸中で独り言つ。
そうこうしている間に、エリザベートが軟禁されている王城の一室に辿り着いた。クォンツ、アイーシャ、ウィルバートの順で室内に入室した。
途端――。
エリザベートのヒステリックな叫び声が耳を劈く。
「お前!! お前のせいで、私がこんな目に!!」
アイーシャの姿を視界に入れたエリザベートは、髪を振り乱し怒り狂った様子で硝子の花瓶を投げ付けた。
「アイーシャ嬢」
「──!」
予め予想はしていたのだろう。
落ち着いた様子でクォンツはアイーシャの腕を引っ張ると、防御障壁を発動してアイーシャに飛んで来た花瓶を防ぐ。
──ガシャン!
と、派手な音を立て障壁に阻まれ床に落ちた花瓶は割れて散らばる。
「も、申し訳ございません……! お怪我は!」
室内にいた兵士が急ぎエリザベートを取り押さえ、床に引き倒す。
「離しなさい! あの女っ、あの女がいるから私たちがこんな目に!」
取り押さえられ、床に押さえつけられた状態でもバタバタともがき暴れるエリザベートに、クォンツはアイーシャを自分の背後に隠す。
だが、アイーシャはクォンツの袖をつん、と引っ張った。
「アイーシャ嬢?」
「クォンツ様」
袖を引かれたクォンツがアイーシャを振り向くと、アイーシャは首を横に振った。
「あの人と話をしなければいけません」
「だが……。あの状態だぞ? 話が通じるような状態じゃあ……」
「アイーシャ。私もクォンツ卿に同意だ。錯乱し、アイーシャに怒りを向けているあの状態ではまともな話などできない。無理矢理にでも邸に連れ帰り、軟禁した方が良い」
クォンツとウィルバートに言われ、アイーシャは困ったように眉を下げてエリザベートに視線を向ける。
エリザベートはアイーシャを憎しみの籠った瞳で睨み付け、未だに品の無い言葉をアイーシャに投げつけている。
「……エリザベート・ルドラン夫人」
今まではどんなに冷たく当たられようが、存在を無視されようが、エリザベートを「お義母様」と呼んでいた。そんなアイーシャの口から、他人行儀な名でエリザベートが呼ばれ、クォンツは驚き目を見開いた。
だが、当の本人であるエリザベートはアイーシャの呼び名の変化に気付かず、暴れ続けている。
「エリシャと……ケネブ・ルドラン子爵が罪を犯した状態のまま脱獄しました。エリザベート夫人に接触する可能性があります。貴女の身柄を我が子爵邸で預かる事になりました。これは、王太子殿下が命じられました。そして、身柄を預かり調査官として任命されたのはクォンツ・ユルドラーク卿です」
「何を訳の分からない事を……っ! 何が我が子爵邸よ! あの邸は私たち夫婦と、エリシャの邸! お前の邸ではない!」
「──っ!」
エリザベートの言葉にウィルバートが反応したが、アイーシャはエリザベートの言葉に答える。
「エリザベート夫人、エリシャや、ケネブ子爵が罪を犯し、脱獄しているのです。罪を犯した二人が、夫人に接触を図る可能性があるのです。夫人も、あの二人を──」
「うるさいっ! お前さえっ、お前さえいなければこんな事にはならなかったのにっ、お前はルドラン子爵家の疫病神っ、お前も両親と共に馬車の事故で死んでいればこんな事になっていなかったのに!」
エリザベートの言葉に我慢ならなかったのだろう。
青筋を浮かべたウィルバートが素早く動き、エリザベートに近付いた。
クォンツが止める間もなく、闇魔法を発動したウィルバートはエリザベートを気絶させてしまった。




