56話
アイーシャとクォンツ、ウィルバート三人は上の階に戻り、マーベリック達と合流するため荷物を纏め始めた。
「そう言えば、お父様。お父様が使用する転移魔法は、殿下のもとに転移することができるのですか? 殿下達の居場所はわかりませんが……」
相手の居場所が分からない状況だが、近くに転移することは可能なのか、というアイーシャの疑問は尤もだ。
心配そうにしているアイーシャに、ウィルバートは安心させるように頷いた。
「問題ないよ、アイーシャ。殿下には私の魔力を封じた魔石をお渡ししている。私の魔力を辿れば問題ない」
いつの間に魔石を渡していたのか。
あっさり告げるウィルバートにアイーシャは感心してしまう。
「お父様は、流石ですね」
「ふふっ、そうかい? アイーシャにそう言ってもらえると嬉しいね」
楽しそうに会話を交わす親子二人を、クォンツも和やかに見守る。
家族に蔑ろにされていたアイーシャ。
家族の記憶を失っていたウィルバート。
(できれば……今後は穏やかに過ごしてもらいたかったが……それも暫くは無理か……)
王都に戻れば、忙しくなるだろう。
(それに……ウィルバート卿の見た目……十年前と変わらない姿をどう説明するのか。今回の一件は公表が必要だが……マーベリックはどう公表するつもりだ)
悶々とクォンツが考え込んでいると、荷物を纏め終わったのだろう。
アイーシャとウィルバートが不思議そうな顔でクォンツに視線を向けている。
「クォンツ卿、どうした? そろそろ殿下のもとに向かおう」
「あっ、はい……! 今そちらに向かいます!」
クォンツは声をかけられはっとして、急ぎ足で向かう。
ウィルバートはアイーシャとクォンツの腕を取り、握った。
「では、転移するぞ。殿下達のすぐ側ではなく、少し離れた場所に転移する」
「分かりました、お父様」
「よろしくお願いします、ウィルバート卿」
アイーシャとクォンツが返事をしたことを確認し、ウィルバートは転移魔法を発動した。
ぶわり、とアイーシャやクォンツの体を黒い粒子が瞬く間に覆う。
次いで一瞬で景色が変化し、三人が転移した場所は王都からそう離れていない街中の建物の陰だった。
「ここは……マデランの街か」
クォンツの言葉に、周囲を見回していたアイーシャがクォンツに話しかける。
「マデランですか?」
「ああ。王都からさほど離れていない街だな。流通も良く、そこそこ賑わっている主要都市だ」
「ここがマデランか? 十年前から大分変わっているな」
「お父様も、マデランの街を知ってらしたのですね?」
「ああ、私も十年前はこれでも一応子爵領の領主を務めていたからね? 国中を回ったことがあるが、こんなに栄えているとは思わなかったな」
にこりと笑顔を浮かべたウィルバートに、アイーシャははっとして顔を赤くしてしまう。
「そっ、そうですよね! すみません、私は何を馬鹿なことを聞いてしまったの……!」
恥ずかしそうに両頬を抑えるアイーシャに、クォンツもウィルバートもほんわかとしてしまう。
和やかな雰囲気の中、ふとウィルバートが建物の陰から通りを見やった。
するとそこに丁度タイミングよく見知った姿を見つけ、ウィルバートは声を上げた。
「殿下たちだ」
アイーシャもクォンツも、ウィルバートが見やる方向に顔を向ける。
するとそこには、外套を目深に被り、移動しているマーベリック達の姿が見えた。足早に街中を通り過ぎている様子から、急いでいる様子が分かる。
三人はお互い顔を見合わせた後、頷き合い急いで後を追った。
アイーシャ達の接近に気が付いたのは護衛達で、一瞬警戒を顕わにしたが近付いてくるのがアイーシャ達だと分かった瞬間、すぐにマーベリックに声をかけた。
護衛から報告を受けたマーベリックは、ぱっと表情を輝かせ安心したように表情を綻ばせた。
◇
ざわざわ、と活気あふれる食堂内。
マデランの宿屋に併設されている食堂に移動し、落ち合ったアイーシャ達は小休憩がてら食事を摂ることになった。
沢山の人が食堂を利用していて、自分達の声がかき消されてしまいそうな程活気に満ちている。
マーベリックはフードを被ったまま。リドルはフードを外し、アイーシャ達の正面に座っている。
頼んだ料理や飲み物が全てテーブルの上に揃った頃、マーベリックが口を開いた。
「ウィルバート殿、ルドラン嬢にクォンツ。早い合流だったな。安心した」
「殿下と早めに合流できて良かったです」
「それで……目的は果たせたか?」
マーベリックの言葉にウィルバートが返事をすると、マーベリックが言葉を続ける。
ウィルバートはこくりと頷き、アイーシャ達に視線を向けた後、口を開いた。
「はい。目的は恙無く。その間、アイーシャとクォンツ卿が保養所跡で蔵書を発見いたしました。私達が討伐した魔物に関して、精製方法が記載されている蔵書です」
「本当か。その蔵書は今どこに?」
「私が保管しております。ここでお渡しするには些か人の目が多いため、後ほど王都に戻りましたら」
ちらり、と周囲に視線を向けるウィルバートの様子にマーベリックも察したのだろう。
「分かった」と頷いた。
「ならば軽く腹に何か入れよう。王都に戻る道中小休憩はもう取らない予定だ」
マーベリックの言葉に、一同は純粋に食事の時間を楽しむことにした。
◇
食堂を出た一行は、昼夜馬を駆け続ける。
ウィルバートの馬に乗り、王都に戻ってきた頃はもうアイーシャはへとへとで。なれない馬での移動に、疲労が溜まり足に力が入らない。
何とか王城にやってきた一行がそれぞれ馬から下りていると奥から慌ただしくマーベリックを呼ぶ足音が近付いて来た。
緊張感溢れる様子にアイーシャが驚いていると、奥から複数の騎士が姿を現した。
「──殿下……っ、殿下! 申し訳ございません!!」
真っ青な顔を見る限り、ただ事ではない。
駆け寄ってきた騎士達にマーベリックは眉を顰めた。
「……何事だ」
「それがっ、申し訳ございません殿下……っその……」
マーベリックの低い声に怯む騎士の一人がちらり、とアイーシャ達に視線を向けた。
この場で話しても良いのだろうか、と悩んでいるのが傍目からでも分かる。
その様子に気付いたマーベリックは「いい、話せ」と短く答えた。
マーベリックの言葉に騎士はぐっ、と眉を寄せたあと、情けない声で言葉を発した。
「申し訳ございません……っ、大罪人であるケネブ・ルドランとエリシャ・ルドランの脱走を許してしまいました……!」
「──なんだと!?」
騎士の言葉に、マーベリックの怒声が響いた。
◇
バタバタと慌ただしく階段を降りる音が響き渡る。
「詳細を説明しろ!」
「はっ!」
城に戻るなり、マーベリックの下に届いた報告は、耳を疑うような物だった。
マーベリック達が王都を離れている間に、ケネブとエリシャは地下牢を脱獄し、行方を眩ませたらしい。
「昨晩、牢番の交代時間になり、交代の者がこの地下牢にやって来ると、殺された牢番が! ケネブ・ルドランとエリシャ・ルドランの姿は既になく、近衛騎士に周辺を探させましたが、結局脱獄者二名は見つかりませんでした!」
「──まんまと脱獄された、と言う訳か……!」
「もっ、申し訳ございません殿下……っ!」
激昂するマーベリックに騎士は怯えるように謝罪を口にするが、マーベリックは駆ける速度を上げ地下牢に向かう。
マーベリックが地下牢に辿り着くなり、設置していた魔道具が全て破壊されている様を見て、怒りに任せ鉄柵を拳で殴り付けた。
ガシャン! と大きな音が響き、同行していたアイーシャは肩を跳ねさせた。
これほど怒りを顕にしたマーベリックを初めて見た。
リドルはすぐに周囲の確認を始め、クォンツも破壊された魔道具の回収に動いている。
「あの二人に協力者がいる。そやつが牢番も手にかけたのだろう」
「はい。城壁も一部破壊されており、恐らくそこから外へ逃れたものとみられます……っ」
牢の中には、エリシャに付けられていた口封じの布が落ちており、現在エリシャは魅了魔法も信用魔法も発動できる状態だ。
「精神干渉魔法を察知できる魔道具がある場所で、魅了魔法を発動されれば追跡は可能だが……そうもいかんだろう」
魔道具がない場所で精神干渉魔法を発動されてしまっては、追うことはできない。
そもそもエリシャが魅了魔法を一度も発動せずに国から脱してしまえば。
二人を追う事ができなくなってしまう。
「まずは国境の封鎖だが、既に済んでいるだろうな!?」
「は、はいっ!! 国王陛下の命により、国境は封鎖しております!」
「ならば、後は──っ」
マーベリックが次に打つ手を模索していると、リドルが小さく声を上げた。
「殿下……! エリザベート・ルドランは!? あの者はまだ王城で捕らたままです! エリシャ・ルドランは母親に接触を図るのではないでしょうか!」
「エリザベート・ルドランか!」
リドルの提案に、マーベリックはぱっと顔を上げた。




