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55話


◇◆◇


「──おいっ、急げ……! 王太子が戻って来る……!」

「ちょ、ちょっと待って下さい……! 私っ、沢山叩かれてっ、足が痛いんですっ! 少しくらい手を貸してくれたっていいじゃないですか!」

「おいっ、止めろよ……! 俺に魅了や蠱惑の精神干渉魔法を発動したらすぐに殺すからな……! お前達の代わりはいくらでも作れる! 変な真似をしたら分かってるだろうな!」

「わっ、分かりました……っ! 頑張って歩きます、歩きますから……っ、けどお父様が……っ」


 暗がりの中を、バタバタと慌ただしい足音が響く。

 地下深くに作られている牢に侵入した男は、牢番を殺した後エリシャ・ルドランとケネブ・ルドランを伴い大急ぎで地上に向かっていた。

 エリシャに付けられていた口封じの布は男によって外されており、文句を口にしながら後をついて来るエリシャの後ろからはぜいぜいと肩で息をするケネブ・ルドランが続く。


「俺たちが作った可愛い合成獣(キメラ)が滅された。畜生っ! あれはこれから人間を喰ってどんどん成長するように術式を組み込んだ最高傑作だったのによ!」


 男がぶつぶつ、と呟き八つ当たりをするように既に事切れている牢番の体を蹴り上げる。


「いいか、可愛い合成獣(キメラ)が消滅して俺たちの主が悲しんでおられる。お前達はあの資料を回収、領地から領民を適当に見繕って隣国に連れてこい! 王太子にバレる前に国から脱出するぞ……! 隣国に行けばまだ何とかなる、隣国で再び領民を使って作るぞ!」


 その男の言葉に、最後尾にいたケネブがひゅうひゅうとか細い声で言葉を発した。


「ならば、ならば……アイーシャも……!」


 ケネブの声に反応したのは前にいたエリシャだ。

 エリシャはケネブの発言に眉を顰めた。


「お姉様? どうしてお姉様なんか必要なんですか?」

「……あれ、は……魔力量は低いが……魔力制御に長けている……。緻密な魔力制御が出来れば……強大な魔法を放つことが……、可能だ……」

「──っ、何でお姉様ばかり……っ」

「あの男の、……っ、魔力制御の正確さを、受け継いだのだろう……、魔力量は少ないから……、取り込んでしまえば……っ二度と元には戻らん……っ!」

「へえ? 何で母親と一緒に殺さないのか不思議だったけど……。スペアとして残しておいたのか? まあ、あの合成獣(キメラ)と同等か、それ以上の力を得られれば主も喜ばれるだろう」


 軽い調子で話す男には返事を返さず、ケネブはブツブツ呟き続ける。


「簡単に、殺して……たまるか……、あの男の血を引いた……人間は……っ、最期の時まで……苦しませてっ、絶望の中で……っ、息絶えればいい……っ」

「──? 何だか難しいことを言っていてよくわかりませんが……。私達はとりあえず隣国に行くのですね!」


 場違いなほど明るいエリシャの声に、先頭を駆けていた男は呆れつつ地下牢から地上に飛び出した。


「まだ交代の時間じゃない……! だが残り時間は僅かだ……! すぐにこの場を離れるぞ」

「まっ、待って下さい! このどこかにお母様がいらっしゃるのですっ、お母様も一緒に隣国に行かないと……っ、あっ! あとベルトルト様っ、ベルトルト様も……!」

「……っ、そいつらは後から連れて来てやるから急げ! 直ぐに見回りがやってくる! 牢番が死んだ事が騒ぎになる前に仲間と合流するぞ!」


 月が雲に隠れ、辺り一面が暗くなった瞬間に男が城壁に向かって走る。


 エリシャは後ろをぜいぜいと苦しげに走るケネブを気遣うように振り返るが、自分達がしている事は悪い事だ、と分かっているエリシャは必死に足を動かしながら父親の手を取り、男の後を追いかけた。


「ちょっとだけ隣国に行くけれど……っきっと直ぐに戻ってきますわ、お母様っ、ベルトルト様っ!」


 エリシャは小さく叫び、自分達を待つ男のもとに急いで向かった。


 男は外にいた仲間に何か合図を送ると壁を破壊して素早く外に出る。

 大きく響いた破壊音に、城の騎士達が近付いて来る足音が聞こえる。エリシャはケネブの手を引いて急いで男の後に続いた。

 城壁を破壊し、外に出た三人は迎えに来ていた男の仲間達の馬車に飛び乗る。

 粗末な馬車に勢い良く飛び乗った反動でエリシャは床にべしゃり、と倒れ鼻を打ってしまう。

 「痛いっ」と文句を口にしているが男もその仲間達も、父親のケネブもエリシャを心配するような様子はない。


 馬車の座席に乱暴に腰を下ろした男ははぁーっ、と溜息を吐き出すと「そうだった」と思い出したかのようにケネブに声をかけた。


「ケネブ・ルドラン。そう言えばさっきアイーシャ、とか言ったな? あの合成獣(キメラ)の代替となる、核になれるような人間か?」

「──っ、そう、……っ、そうですっ」


 男の言葉にケネブはゲホゲホと咳き込みながら言葉を返す。


「特徴は? 何か絵姿とかないか? 核となる人間を間違えて連れて来る訳にはいかないからな」

「絵姿は……、何もっ、ただ! アイーシャはこの国では珍しい赤紫の躑躅(つつじ)の髪をした女だ……っ、エメラルドグリーンの瞳でっ、あの男とも顔立ちが似ている! 一目見れば気付くっ」

「こっちはケネブ・ルドランのようにあんたの兄貴に執着してない。顔立ちが似ていると言われてもなぁ……。ああ、でも珍しい髪色をしているから判断がつくか」


 その男はケネブとエリシャに視線を向けた後、「じゃあ、その娘を主の元に」と呟くとケネブは狂ったように何度も何度も頷き、エリシャは首を傾げた。


◇◆◇


 アイーシャとクォンツが保養所内にあった蔵書を片付け始めて暫し。

 少し前に別れたウィルバートが音もなく転移魔法で突然姿を現した。


「──ひゃっ! ……お父様!?」

「何だ、ウィルバート卿か……危うく斬りかかる所だった」


 突然姿を現したウィルバートに、クォンツはアイーシャを自分の背に隠し、剣を構えてしまったが現れたのがウィルバートだと分かり安堵した。

 ウィルバートに向けていた剣を下ろし、クォンツの背中からひょこりと顔を出したアイーシャがウィルバートの顔を見て驚き、駆け寄る。


「お父様!? 何があったのですか!?」

「──アイーシャ」


 憔悴しきった様子のウィルバートに焦って駆け寄ったアイーシャは、ウィルバートの頬に涙の跡があることに気付いてぐっ、と唇を噛み締めた。


「いや、何でもないよ。それより、ここは……あの保養所跡の地下室、か?」

「ええ、そうです。倉庫の役割を果たしていた場所のようです。それで、この本が……」

「これは」


 アイーシャとクォンツの前にある机に目をやり、ウィルバートは驚き目を見開いた。


「どうして、ここにあるんだ……? この蔵書類はあの蔵書室にあったはず」

「ケネブ・ルドランがあの場所から持ち出した物かと思います。……恐らく、ここで邪教の人間となにかしらの実験をしていたのでしょう」


 本をなぞるウィルバートにクォンツが説明すると「なるほどな」と呟く。


「私と、イライアが集めた本が……そのような邪教の実験に使われてしまっていたのか……」

「ここにある蔵書の種類だけでは合成獣(キメラ)を作り出す事は無理かと……もしかしたら邪教で伝わる秘術のような物と組み合わせたのかもしれません」


 クォンツの言葉にウィルバートは力なく頷いた。


「そうか……そうだな。だが、この本をこのままこうしてはおけないだろう。……重要な資料として殿下に提出しよう」


 ウィルバートはそう告げると、その本に手を翳し闇魔法を発動する。

 数多くの本を最早見慣れた黒い粒子がじわじわと包み込み、そして瞬く間に姿が消えてしまった。


「えっ! お父様、本が!」

「大丈夫だ、安心しなさい。闇魔法で保管した」

「そ、そうなのですね……! 良かったです」


 ほっとしたように話すアイーシャの後ろで、クォンツは青い顔をしながら「おいおい」と心の中で呟いた。


(亜空間魔法……? そんな物が本当に存在してたのかよ……。闇魔法……規格外だな)


 クォンツがそう考えている事など露知らず、ウィルバートはアイーシャに微笑んだあとクォンツに視線を移した。


「クォンツ卿。そろそろ我々も殿下と合流しようか。転移魔法で殿下を追いかければ王都に到着する前に合流できるだろう?」

「分かりました。この場所の調査は、王都の部隊に頼みましょう」



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