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52話


「──消されて……!?」


 マーベリックの言葉にウィルバートは驚き慌ててクォンツに視線を向ける。

 ウィルバートの視線を受け、クォンツは肯定するように頷いた。


「ええ。悔しいですが、その御者は新しい職場に向かう途中、物取りに襲われて死んでいます」


 ウィルバートは唖然としたまま「なんということを」と呟き、一同は重い空気に沈黙した。

 だが、その重苦しい雰囲気の中沈黙を破ったのは怒りに濡れたアイーシャの声だ。


「どうしてケネブ叔父様は、なんの罪もないお父様とお母様を! どうして簡単に人の命を奪おうとっ、人の命を何だと思ってるのよっ」

「アイーシャ」


 ぎゅうっ、と両手を強く強く握り締めて瞳から堰を切ったようにボロボロ涙を零すアイーシャに、ウィルバートは辛そうに顔を歪め、肩を抱き寄せる。

 落ち着かせるように何度もウィルバートの手のひらがアイーシャの肩をとんとん、と叩くがアイーシャの怒りは収まらない。


「何の恨みがあって、私達を……っ! 何の恨みがあってお母様をあのような……!!」


 アイーシャが怒りを顕に嘆く姿は痛々しく、今までこれほど感情を剝き出しにしている姿を見たことがなかったクォンツやマーベリック、リドルは戸惑ってしまう。

 どう声をかければいいのか、と狼狽えている内にアイーシャの隣に座っていたウィルバートがアイーシャを宥め、落ち着かせる。


「アイーシャ。ケネブが犯した罪は重い。私とイライアを亡き者にしようとして十二年前に計画殺人を企てた。……そして証拠となりえる人物も始末をしている。それに娘に帝国内で禁止されている魔法を覚えさせることも重罪だ。邪教との関わりなど、以ての外。極刑は免れないだろう」


 ウィルバートはちらり、とマーベリックに確認するように視線を向ける。マーベリックは静かに頷く。


「ウィルバート殿が説明した通りだ、ルドラン嬢。ケネブ・ルドランは数多の罪を犯している。殺人だけでも重罪なのに、余罪も多い。過去の犯罪の事例から見ても、極刑は免れぬだろう」

「極刑……」


 マーベリックの言葉を繰り返すように呟いたアイーシャは、真っ直ぐマーベリックを見返し、言葉を紡いだ。


「叔父様にっ、自分の罪がどれほど重いのか、しっかりと自覚していただきたいです、そして罪を償って欲しいですっ」

「ああ、そうだな……アイーシャ」


 アイーシャの悲痛な叫びが部屋に響いた。



 話が一段落した面々は、広い部屋の中で休むことにした。

 バラバラに散ってしまい、再び魔物に襲われた時の危険性も考え女性のアイーシャも同じ室内で過ごす。

 アイーシャとウィルバート以外は互いに距離を取り、横になっている。


 アイーシャもウィルバートの隣に横になっていたが、変に目が冴えてしまい一向に眠気が訪れない。じっと高い天井を見つめながら、明日以降の行動に思いを馳せる。


(殿下が、明日は山中を発つと言っていたわね……。急いで王都に戻り、ケネブ叔父様とエリシャの罪を裁くと仰っていた。私は、ケネブ叔父様達の顔なんてもう二度と見たくないっ)


 父と母を殺害しようと長年計画を練っていたのだ。

 そのような人物だとは知らず、同じ邸で過ごしていたのだと考えると恐ろしい。


(私だって殺されてもおかしくなかった、のよね)


 それなのに、どうして自分だけは生かされていたのだろうか、と考える。

 ベルトルトと婚約をしていたから生かされていたのだろうか。だが、あの日クォンツに助けてもらってなかったら。

 学園でクォンツやリドルと会わずに過ごしていたらベルトルトはエリシャとの仲を深め、その内エリザベートやケネブが婚約破棄の申し出を行っていたかもしれない。

 ベルトルトの侯爵家は婚約破棄を良しとはしないかもしれないが、アイーシャが邪魔になったエリザベートとケネブはアイーシャを消してしまおうと考えたかもしれない。


(でも、もう済んだことだし。お父様も戻って来てくれた。これ以上実現し得なかったことについて頭を悩ますのは得策じゃないわね)


 アイーシャはころり、と寝返りを打ち周囲を見回す。

 部屋の入口付近にはリドルとマーベリック。そして護衛がそれぞれ離れて眠っている。反対側の窓側には、クラウディオとクォンツが眠っているのが見える。

 暫しぼうっとしていたアイーシャだったが――。


「──……っ」


 ぶるり、と体が震えた。


(どうしよう……お手洗い……)


 寒さに生理現象が生じ、アイーシャは自分の隣に眠るウィルバートをちらりと見やる。

 ウィルバートは何かあればすぐに起こしていい。と言われていたが、気持ち良さそうに眠っているのを起こすのは何だか可哀想な気がして。


 この邸内は、マーベリックが最低限の設備を整えさせている。

 皆が利用する手洗いも、魔道具と魔石を使用して設備を整えてもらっていることをアイーシャは知っている。

 だが、手洗いのためだけにウィルバートを起こすのは忍びなく、深夜に他の人を起こすなんて以ての外だ。何より恥ずかしくてアイーシャは頼めない。


(お手洗いは離れているけど……。部屋の外には見張りの人もいるし、すぐ行って帰るだけなら……)


 そう考えたアイーシャは静かにその場に起き上がった。

 皆、寝息を立てて眠っているようでウィルバートも起きる気配がない。


 アイーシャは音を立てずに立ち上がり、皆を起こしてしまわないように扉に向かう。

 部屋の扉を開け、音を立てずに外に出た。

 扉に背を預けたアイーシャは、ふぅと息を付いて一歩踏み出した。

 だが、アイーシャが一歩足を踏み出したと同じタイミングで、部屋の扉が開く音がした。


「アイーシャ嬢。一人で行動するのは危ないぞ」

「ク、クォンツ様……っ」


 扉から出て来たのは苦笑いを浮かべているクォンツ。

 アイーシャは恥ずかしさやら申し訳なさでしどろもどろになりつつクォンツの名前を呼んだ。



 二人並んで廊下を歩きながら、クォンツが呆れたようにアイーシャに言葉をかける。


「アイーシャ嬢。気遣っているのはウィルバート卿も分かっていると思うが……黙って出て行くのはいただけないな。それに、人の気配に敏い俺達には足音を殺したとしてもバレる。しかもあの部屋には殿下の護衛達もいるし……」

「えっ、え……っ、私が立ち上がったことも最初から全部──?」

「ああ……まあ……。あの部屋の全員は気付いていた」

「そっ、そんな……っ恥ずかしい……っ」


 クォンツが眉を下げて笑う姿を見て、アイーシャは自分の赤く染まった頬を手のひらで覆った。


「でも、そうですよね……。皆さん魔物がいるかもしれない場所で熟睡しませんよね。お父様も起きていらっしゃったなんて……」

「ウィルバート卿は、アイーシャ嬢の気遣う気持ちが分かるからこそ声をかけなかったみたいだな。戻ったら気付いてない振りをしてそのまま眠っちまえ」


 クォンツはアイーシャに笑いかけると、ぴたりと足を止めた。

 突然足を止めたクォンツにアイーシャは不思議そうな顔をして首を傾げた。

 前方には、アイーシャが目指していたお手洗いがあり、クォンツはその大分手前で足を止めて窓際へ背中を預けていた。

 アイーシャはクォンツの配慮に有り難さを感じ、「で、では」と小さく言葉を発して小走りにお手洗いに向かった。


 クォンツから離れ、アイーシャはそそくさとお手洗いに入るとお手洗いの中がほわり、と僅かに明るく整えられていることに感心する。

 灯りは自分で整えなければ、と思っていたがその必要もなさそうだ。

 水も出るようにしっかりと整備されていて、アイーシャは洗面台に設置されている魔道具に手を翳す。すると問題なく水が流れた。

 アイーシャはクォンツを待たせる訳にはいかない、とお手洗いの用事をそそくさと済ませ、外に出た。


 外に出ると、丁度窓の外を眺めているクォンツの姿が視界に映る。

 アイーシャが戻ったことに気付いたクォンツは、ちょいちょいとアイーシャを手招くと窓の外に再び視線を戻した。

 アイーシャもクォンツに倣うように隣に立ち、窓の外の景色に視線を向ける。

 夜だが、月明かりのお陰か外は明るく照らされていて、この保養所から見える景色は当時はとても素晴らしい物だったのだろう、と分かる。

 アイーシャが外の景色を見ながらそんなことを考えていると、隣のクォンツがぽつりと声を零した。


「ケネブ・ルドランは何を考えているのか。けど……マーベリックがもう王都に戻る。きっと、殿下や陛下がケネブ・ルドランを強く罰して下さるだろう」


 ゆっくりと、だがぎこちない手つきでアイーシャの頭を撫でるクォンツに、アイーシャはクォンツが元気付けようとしてくれているのだ、と分かった。

 不器用ながら、優しいクォンツの頭を撫でる手つきに、アイーシャはどこか擽ったいような、けれど暖かい気遣いの心を感じて笑みを浮かべた。







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