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51話


「──私が()()なったのは十年前の馬車事故が原因──いえ。切っ掛けとでも言うのでしょうか」


 ウィルバートはぽつり、ぽつりと語り出す。


 馬車が転落し、イライアは瀕死の状態。頭を強く打ったウィルバートは夥しい出血で意識朦朧としていた。

 そんな時に、イライアから自分の名前と思わしき言葉を呼ばれた。

 その時には既に記憶を失っていたウィルバートは、自分の名前であろう言葉を呟いたイライアがきっと妻だ、と認識したが怪我の状態が酷く、身動きひとつ取れぬ状態だった。


「体が動かず、最早痛みも何も感じない状態で……私は自分も死ぬのだと漠然とした予感を抱えておりました。──その時に、私の顔を覗き込むようにして影が落ちたのです」

「──え」


 ウィルバートの言葉に、アイーシャはついつい声を上げてしまう。

 闇魔法をどうやって取得したのか。それはアイーシャも初耳であったのだ。

 ウィルバートはアイーシャの声に微笑むと、アイーシャの頭を一撫でしてから続きを口にした。


「私を覗き込んだ人は、今となってはその存在は人ではなかったのだと思いますが。私に助かりたいか、と聞きました」

「その存在に助けられた、と?」


 マーベリックの言葉にウィルバートは頷く。


「ええ。無意識に私はその者に頷いていました。そうして、私が頷いてすぐです。その存在は恐らく闇魔法を発動しました。落下の衝撃で、私は恐らく頭が割れ、内蔵も殆どが損傷していましたと思います。視界に映る私の体がおかしな方向を向いていたので、骨もあちらこちら折れていたのだと思いますが、その存在が私に闇魔法を発動した途端、私の体が元通りになったのです」

「──闇魔法は、治癒も使えるのか!?」


 信じられない、というようにマーベリックが声を上げたが、ウィルバートはふるふると首を横に振って否定する。

 そして、もっと信じられない言葉を口にした。


「いえ……残念ながら治癒は使えないと思います。恐らく、私の体の時間を戻したのだと思います。そして、その存在は私の目の前で突然崩れ落ちました」


 ウィルバートの言葉に、一同は息を飲む。

 崩れ落ちた、とは一体どういうことだろうか、との疑問にはやはりウィルバートが答えた。


「ボロボロと体が崩れ、私の目の前で黒い粒子となって風に攫われました。そして私に闇魔法が宿った、と言う感覚……それが()()()()のです」


 ウィルバートの言葉に、マーベリックは混乱している思考を落ち着かせるように額に手を当てて「ちょっと待て……」と呟いている。


「──それ、は確かか? それではもう、その闇魔法を発動した者は存在しない、と……?」

「ええ。闇魔法は受け継いで行くようです。闇魔法の使用者は次の使用者に受け継がせた後、命を落とす」


 そういう仕組みなのかもしれません、とあっさり口にするウィルバートに、周囲の者は言葉を無くす。

 その様子を見て、ウィルバートは苦笑しながら言葉を続けた。


「──十年の月日が経っても、老いる事も成長する事もないこの体で分かりました。闇魔法の使用者は生きることに飽きていたのでしょう」


 その後は、ウィルバートが以前語った通り隣国の山中で親切な人物に助けられ、山中にあるこじんまりとした家で暮らしていたらしい。

 妻の墓標があるあの場所を移動することはできず、自分を助けてくれた人が年を取り、息を引き取った後もあの場所で暮らしていて。そして。

 かつての自分のように怪我を負い、川を流されて来たクラウディオと、クォンツを助けたようだった。


「──これで、私の存在が不可思議な現象や、人道に反した魔法が存在する証明にもなってしまうでしょう?」


 闇魔法は、己の意思でどんなことでも成し得てしまう、とウィルバートは乾いた笑いを零す。


「──我々は、魔法を本当に理解していないな。魔法には、恐らくもっと様々な謎があるのだろうが……。我々人間は魔法の表面上しか見えていなかった、理解していなかった、ということか」


 マーベリックがぽつりと呟き、ウィルバートに視線を移す。


「ウィルバート殿。話をしてくれて感謝する。闇魔法は……、本来であれば秘匿すべき内容だろう。だが、それでも我々に聞かせてくれたお陰で、今回のような邪教の存在も、合成獣(キメラ)を作り出す術があるということも理解した」

「──いえ。妻、イライアのような人をもう二度と出してはいけませんから」


 マーベリックとウィルバートの会話を黙って聞いていたクォンツは、自分の口元に手を当て考え込んでいた。


(──そもそも、あの馬車事故自体、ケネブ・ルドランが引き起こした可能性がある……あの時の馬車の御者は、ケネブの手回しでルドラン子爵家に雇われていた形跡があった。そうすると、おかしくねぇか? そもそも、何で子爵領の保養所跡に魔物が捕らえられていた?)


 すなわち、それはケネブ・ルドランが邪教と繋がっている証拠とならないだろうか。

 クォンツはそう考えると、ウィルバートとマーベリックに向かって焦って声を発した。


「殿下、ウィルバート卿……! それならば、先程話していた邪教がケネブ・ルドランと繋がっているのでは!?」

「何だと?」


 クォンツの言葉にマーベリックが怪訝な表情を浮かべ、どういうことだと先を促す。


「ルドラン子爵家からアイーシャ嬢を保護するにあたって、ルドラン子爵家を調べていたのです。何故、アイーシャ嬢があのような酷い仕打ちを受けねばならなかったのか……、何故エリシャ・ルドランの言葉を周囲は鵜呑みにするのか、を父の捜索に出る前に調べていたのですが……」

「クォンツ様、そこまで調べていただいていたのですか」


 クォンツの言葉に、アイーシャは驚きに目を見開いてしまう。

 あの家から保護してくれただけではなく、アイーシャがあの家で不当な扱いを受けなければならないのか、どうして誰もかれもアイーシャの言葉を信じず、エリシャの言葉ばかりを鵜呑みにするのか。

 それを調べ、クォンツは当時のルドラン子爵家の情報を得た。


「ああ。アイーシャ嬢を保護したと言っても、一時しのぎでは意味がない。だから、ルドラン子爵家を調べていた。殿下のお陰で、エリシャ・ルドランが魅了と信用魔法を乱用していたのは分かったが……それ以外にもウィルバート卿と、奥方の転落事故。それ自体そもそもが仕組まれていたんじゃねえか、と思ってな……」

「仕組まれていた、だと? そんな、こと……」


 クォンツの言葉にウィルバートは信じられない、と絶句してしまう。

 もし、クォンツの言葉が事実であれば。

 ケネブ・ルドランは実兄と、その伴侶を手にかけた。

 それに加えて、娘に魅了魔法と信用魔法を覚えさせ、国で調べる事すら禁じられている消滅魔術(ロストソーサリィ)の取得も促し、更には邪教と関わりがあるとしたら。

 ケネブ・ルドランの罪はどれだけだろうか。


「十二年前、ルドラン子爵は御者を三人採用した記憶が残っておりました。そして、十年前の転落事故が起こった際に、以前採用した御者が当日馬車の御者を。その御者、どうやらケネブ・ルドランの斡旋を受けたようです」

「──!」

「その御者も当時の転落事故に巻き込まれ、亡くなったと記録はされていましたが……」


 クォンツが言葉を濁したことで、顔色を悪くしたウィルバートが呟いた。


「まさか」


 ウィルバートの考えを肯定するようにクォンツは眉を寄せ、感情を押し殺すようにしてこくりと頷いた。


「ええ。馬車の御者は生き延びていて……。再びケネブ・ルドランの用意した推薦状を持って他家に雇われていました」


 いったい、クォンツはどんな魔法を使って十年以上も前のことを調べたのだろうか。

 だが、そのクォンツの調べてくれた情報のお陰で、十年前に起きた恐ろしい事件の真相が、少しずつ暴かれている。

 アイーシャは自分の口元に手を当て、声を出してしまわないようにぐっ、と耐える。


 気を付けて、耐えておかねば口汚い言葉が零れ出てしまいそうだ。


「ケネブが……っ、御者を……」


 ウィルバートも、まさか自分が巻き込まれた転落事故が仕組まれた事であったとは考えつかなかったのだろう。

 マーベリックとリドルは痛ましい表情を浮かべ、口を噤んでいる。


「ならば! ならば、その御者を何とか説得してケネブに依頼されたと言質を取れば……!」


 そうすれば、ケネブに罪を追求できる。

 ウィルバートは、愛する妻の命を奪ったケネブを許すつもりはない。愛する娘を孤独に過ごさせ、長い時間笑顔を奪ったことを許すつもりもない。


 自分の手でケネブに罰を与えたいとウィルバートは強く願うが、クォンツが揃えてくれた証拠だけで十分効力がある。

 そもそも、侯爵家の人間が調べた物が裁判で証拠として認められない訳がない。


 だが、ウィルバートの考えを打ち砕くようにクォンツは首を横に振った。


「けれど、その御者に会うことはもうできません」


 悔しそうに唇を噛み締めるクォンツに、それまで黙って聞いていたマーベリックが吐き捨てるように言葉を紡いだ。


「その御者、消されたか」



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