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41話


 別邸に到着した一行は、積んでいた荷物を別邸に運び込み、同時に調査に必要な身支度を済ませる。

 山道は度重なる土砂崩れにより、アイーシャが覚えている時よりも道幅が狭くなり馬車での通行は難しい状況になっていた。

 事前に山道の確認のために放っていた部隊が帰還するなり、マーベリックは馬車を降りて徒歩で向かうことを決めた。


「ルドラン嬢。ここからは徒歩で向かおう。最低限の荷物だけ持って山中に入ろうか。リドルも良いか?」

「俺はいつでも大丈夫だよ」

「私も大丈夫です、殿下」


 マーベリックの言葉に、アイーシャもリドルも了承する。

 先鋒隊と合流する形で、アイーシャ達も山中に足を踏み入れた。


 アイーシャ自身、幼い頃に父親と来た数回の記憶しかなく、朧気だった景色も土砂崩れのせいで殆ど違う光景になってしまっている。

 足場の悪い山中を複数人で進みながら、マーベリックが前方を。リドルがアイーシャの後方を歩いている。

 歩みの遅さで調査隊の足を鈍らせてはいけない、とアイーシャが足を速めれば、背後のリドルがアイーシャに「焦らないで大丈夫」と声をかけてくれて、前を歩くマーベリックがアイーシャを気にして何度も振り返り、アイーシャの体力を考慮してくれる。

 アイーシャは二人の心遣いに深く感謝をしながら山道を進み、ある地点までやってきたところで顔を上げた。


「殿下。別邸の窓から見える場所が、大体この辺りだと思います」

「──なるほど」


 アイーシャが息を切らしながら前方を歩くマーベリックの背に声をかける。

 すぐに反応したマーベリックが全体に止まるように告げ、周囲をくるり、と見回した。

 周辺は獣道があるだけで、まだまだ開けた場所には出ていない。木々が生い茂り、空も見えず視界も悪い。


「ルドラン嬢が父君と来た時のように整備されたような状態ではないようだな。今はもう人の手が入っていなさそうだ」

「その可能性は高いかと。昔は父が隣国に買い付けに行っていたので、整備されていたようですが近年は……ほとんどされていないようです」

「ケネブ・ルドランがここ数年、この場所に来た可能性は少ない、か?」

「お義父様がこの場所に?」


 マーベリックの言葉に、アイーシャは驚きに目を見開く。

 そう言えばアイーシャには伝えていなかったか、とマーベリックは思い出した。


「ああ、そうだったな。ルドラン嬢には伝えていなかったか。この先、開けた場所があれば今夜はそこで野営をしよう。先鋒隊に良い場所があればそこを拠点とするよう伝えてくる。待っていてくれ」


 マーベリックはアイーシャとリドルにそう告げると、踵を返し足を進めて行く。

 アイーシャとリドルから遠ざかるマーベリックに、リドルはアイーシャに「ちょっと座ろうか」と声をかけた。

 リドルは手荷物の中から水を弾くような魔法をかけられた大きな布を取り出し、自分達の足元に広げた。

 リドルが先に腰を下ろし、躊躇しているアイーシャを手招きした。


「休める時に休んでおかないと。今回はクォンツを見つける事と、ケネブ・ルドランが話した事を調査しに来ているからね」

「お義父様は、エリシャに違法な魔法を覚えさせる以外にも何かしてしまったのですか?」


 国で禁止されている魔法を習得させることだけでも重罪なのに、それ以外にも罪を犯していたのか、とアイーシャは頭が痛くなってきてしまう。

 疲れたように頭を抱えるアイーシャに対して、リドルは苦笑いを浮かべた。


「うーん、そうだね……。この件については、マーベリックが戻って来てからにしよう。すぐ戻って来ると思うから」


 リドルがそう告げて、暫し。

 先鋒隊が開けた場所を見つけたのだろう。

 木々の間を縫って本当にすぐ戻って来たマーベリックは、アイーシャとリドルを手招いた。


「ルドラン嬢、リドル。ここを少し登った先に開けた場所があるようだ。今夜はそこで野営をする。動けるか?」


 マーベリックの言葉にアイーシャとリドルは頷き、すぐに腰を上げ、マーベリックの案内のもと広場に向かった。


 奇しくも、先鋒隊が見つけた「開けた場所」は。

 クォンツの父親や、クォンツが得体の知れない魔物と遭遇した場所だった。



 広場に移動したアイーシャ達は、野営の準備をする調査隊の手伝いをしながら天幕を張る。


「ルドラン嬢。疲れたんじゃない? 水分しっかり取ってる?」

「アーキワンデ卿! お気遣いありがとうございます。水分や食べ物は取ってますよ。アーキワンデ卿も食べてますか?」


 天幕を張り終え、各々が荷物を整理している時にアイーシャの様子を見にリドルがやって来てくれる。

 アイーシャは笑顔でリドルに言葉を返し、二人は暫しそこで世間話をした。


「俺はクォンツに付き合って魔法訓練や剣術の訓練を一緒にしてたから、普通の学園生よりは体力はあると思う」

「ふふ、やっぱりクォンツ様とアーキワンデ卿は昔から仲がよろしいんですね?」

「意外そうに見える?」


 揶揄うように瞳を細めてアイーシャを覗き込むリドルに、アイーシャは「いいえ」と笑いながら答える。


「いいえ。お二人の普段のご様子から、昔から交流がおありだったのは分かります」

「そうだね。俺とマーベリック……王太子殿下は従兄弟同士なんだけど。殿下と俺は幼い頃、クォンツのお父上に魔法を教わっていたんだ。その時にクォンツとも知り合って、同年代だった俺達三人は顔見知りになってね」

「そうだったのですね」

「うん。俺とクォンツより二歳上のマーベリック殿下が学園を卒業する前までは、三人で学園生活を楽しんでいたんだよ。クォンツのお父上はこの国でも優れた冒険者だからね、あの方に教わる時間は、とても有意義で勉強になったよ」


 ユルドラーク侯爵家は存外自由だろう? とリドルに言われ、アイーシャは確かに。と頷いてしまう。

 クォンツの母親、ユルドラーク侯爵がどっしり構え侯爵家を守り、クォンツの父親はこの国屈指の冒険者として、魔物の討伐にあたる。

 そのような自由奔放な生き方は、クォンツの母親である侯爵がいたからこそできているのだろう。


 アイーシャは数日だけだがユルドラーク侯爵邸に滞在した時のことを思い出しふふ、と笑ってしまう。

 凛と背筋を伸ばし、アイーシャのような得体の知れない家門の子供にも優しく接し、手を差し伸べてくれる力強いユルドラーク侯爵を思い出す。

 力の有る侯爵家とは言え、貴族の家のごたごたに巻き込まれることは忌避すべきだ。


 だが、それでも息子クォンツの言葉を聞き入れ、無条件に受け入れてくれたユルドラーク侯爵の心の広さにアイーシャは感謝していたし、あのような強い女性になりたい、とも思っていた。


「今のお話を聞いて、何だかクォンツ様とアーキワンデ卿がとっても仲が良くて、何でも言い合える関係性に納得いたしました。……早くクォンツ様とお会いできると良いですね」

「うん、そうだね」


 本当に心からそう思っているのだろう。

 アイーシャの言葉に、リドルは嬉しそうに瞳を細めて微笑む。


(普通、俺やクォンツが殿下と仲が良い、と聞くと貴族令嬢は色めき立つんだけど……ルドラン嬢は本当にそういったことに、興味無いんだろうな)


 友人であるクォンツやリドル、マーベリック三人を微笑ましく、見守るようにして笑うアイーシャにリドルも肩の力が抜ける。

 幼い頃からの友人だ、と。マーベリックとも幼少期からの付き合いだ、と知られればアイーシャの態度が変わってしまうかも、と少なからず不安はあった。

 けれども、アイーシャは貴族令嬢らしい打算的な様子は見えず、友人三人が早く会えると良いですね、とほわほわとした笑顔で告げてくれる。


(貴族令嬢としては……もうちょっと計算高くても良いと思うんだけど……。あぁ、だからかな)


 リドルは、アイーシャのその態度に「だからか」と納得する。


(だから、クォンツやマーベリックは真っ直ぐ自分を見てくれるルドラン嬢といるのが落ち着くんだ)


 何の思惑もない、打算的な、計算的な気配もないアイーシャと共にいるのが心地良いのだろう、とリドルは納得する。


(ルドラン嬢と一緒にいると、俺までとても優しい気持ちになれるし、優しい人間になれていると思える。……マーベリックですら()()()()のは頷けるな)


 リドルはクォンツの顔を頭に思い浮かべ、さっさと戻ってこないと知らないぞ、と苦笑した。

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