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40話


 エリシャが眠っていると、地下牢の通路が騒がしくなり、騒々しさに目が覚めてしまったエリシャは不機嫌になりつつ、体を起こした。


(なに? せっかく、固いベッドでやっと眠れたところだったのに……!)


 むっとしつつエリシャは外の声にそっと耳をそばだてる。


(そう言えば……さっきの牢番さんはもういなくなっちゃったのかしら……? また来るって言っていたけど……?)


 こてり、と首を傾げつつ外の会話を聞いているとどうやら牢番が二人殺されていたらしい。


(えぇっ!? それ、さっきの牢番の人じゃないでしょうね? せっかく牢から出してくれるって言ってたのに、死んじゃったら私がここから出られないじゃない!)


 牢の鉄格子に近寄り、外の会話を聞こうとするがその声はどんどんと遠ざかって行ってしまい、何を話しているのか分からなくなってしまった。

 再び地下牢はしん、と静まり返りる。

 エリシャは鉄格子にくっついていた体を離し、とぼとぼとベッドに戻っていく。

 手枷のせいで動き辛いし、口封じの布のせいで話すこともできず、不便な生活だ。


(ご飯は固形の物じゃなくて流動食みたいなやつだし……。もっと美味しい物を食べたいな。デザートとかも出してくれればいいのに……)


 静まり返り、人の気配がなくなった地下牢は若干肌寒さまで感じる。

 エリシャはぽすん、とベッドに横になると早く寝てしまおう、と瞳を閉じた。



「──……き、……きろ」


 薄っすらと意識が浮上する。

 男の声が聞こえ、エリシャは眉を寄せ「うるさい」とでも言うように鉄格子に背を向け再度眠りに入ろうとする。

 だが、そんなエリシャの行動を咎めるような声が響いた。


「起きろ! エリシャ・ルドラン!」

「──っむぅ!」


 怒気を孕んだその声に、エリシャはびくりと体を震わせがばりと体を起こした。


「起きたな。聞きたいことがある……。肯定ならば頷き、否定や分からない質問には首を横に振るんだ」


(マーベリック様だ! え、何でっ、何でこんな汚い所に!? もう出してくれるの!?)


 エリシャは自分を起こした人物が王太子マーベリックであることを知り、瞳を輝かせる。

 昨日の牢番の男がマーベリックに直談判でもしてくれたのだろうか、とエリシャは歓喜するが鉄格子の向こうに佇むマーベリックの表情は硬く、冷たい。

 マーベリックは冷たい視線をエリシャに向けたまま、言葉を発した。


「昨夜、怪しい人間が来なかったか? 見慣れぬ人間がここに来なかったか?」

「……?」


 マーベリックの言葉に、エリシャはきょとんとした後に首を横に振る。

 昨日、この地下牢にやって来たのはこの城の牢番だけで怪しい人物などではない。

 エリシャの動きと、表情をじっくりと眺めていたマーベリックは「では」と言葉を続ける。


「昨夜この地下牢に誰か来たか?」

「……ぅ」


 エリシャはマーベリックの言葉にもふるふると首を横に振る。


(出してくれるって言葉をかけてくれた牢番さんが、大人しくしてろって言ってた。もしかしたら、喋っちゃいけないことなのかもしれないわ)


 ふるふると首を横に振ったエリシャにマーベリックは瞳を細めた後、護衛に何か指示をして牢の奥へと行かせる。


(あの先は、確かお父様がいる牢屋がある……何でそっちに人を?)


 エリシャがそちらを不思議そうに見ていると、マーベリックがふう、と溜息を吐き出した。


「昨日、誰かがここに侵入したのは間違いない。そうでなければ、床に血のついた足跡があるのは不自然だ。ケネブ・ルドランの怪我の手当の仕方が違うことも説明が付かない……。眠っている間にでも侵入したのか……」

「……ぅ」


 マーベリックは地下牢に誰かが侵入したことを初めから知っていたのだろう。

 それなのに、エリシャには鎌をかけた。

 何故そんなことをしたのか理解ができないエリシャが首を傾げていると、マーベリックはもう一人の護衛に何か声をかけている。


「この女に確認しても無駄だな。ケネブ・ルドランに聞いた方が早い。あれを叩き起こせ」

「かしこまりました」


 エリシャから興味をなくし、去っていくマーベリックと護衛に、エリシャは小さく呻きながら鉄格子に縋る。

 この牢から出してくれるのではなかったのか、とエリシャは必死に呻き声を発したが、マーベリック達は一度も振り返らず地下牢を後にした。


◇◆◇


 地下牢で二名の牢番が命を落としてから、二日。

 エリシャ・ルドランとケネブ・ルドランに尋問を行ったが何も情報を得ることはできなかった。

 僅かに焦りを感じていたマーベリックは、俯き眉間を揉みながら馬車を走らせていた。


 リドルも同乗しており、二人は貴族然とした煌びやかな服装ではなく、山中を調査するに相応しい品は良いが動きやすい服装を身にまとっている。

 疲れた様子のマーベリックに視線を向けてから、リドルは口を開く。


「マーベリック。これからルドラン嬢が馬車に乗るんだから、その顔はやめた方がいいと思う」

「あ、ああ……。すまない、考え込んでいた」

「まぁ……牢番が命を落としているから分かるけど」

「ああ。あの牢番二名は鋭利な刃物で一刀の元に命を落としていた。抵抗もできず一瞬で命を奪われた。……相手は相当な手練だろう。こんな時にあの二人を王都に置いて出るのは不安だが……地下牢はしっかりと見張らせているから兵達を信じる他ないな」

「まあ、そうなるよな……」

「あぁ」


 王城の居住区域から城の正門に向かっていると、正門付近にアイーシャの姿を見付けた。

 アイーシャは横にいる女性使用人と談笑している。

 笑うアイーシャの姿を見て、マーベリックが表情を緩めたことに気付いたリドルは、見ていない振りをして直ぐに視線を窓の外に戻す。

 数人の使用人とやってきたのだろう。

 ルドラン子爵家の家紋があしらわれた馬車が少し離れた場所に待機しており、アイーシャがそれに乗ってやって来たのだろうということが伺える。

 使用人達が邸に帰宅する時に、乗って来た馬車を使わせるつもりなのだろう。

 アイーシャと、使用人。そして護衛の者だろうか。王城の正門の隅の辺りに控え、門番も交えて談笑しているのが遠目からでも分かる。


 使用人だろうが、護衛だろうが分け隔てなく話しているアイーシャに、マーベリックもリドルもアイーシャの人柄の良さにほわり、と和んだ。

 貴族の令嬢や子息は、邸の使用人や護衛に対してあのように和やかに対応する者は少ない。


「アイーシャ・ルドラン嬢のご生母と、父君はきっとルドラン嬢のように柔らかな人柄だったのだろうな」


 ぽつり、と呟いたマーベリックの言葉にリドルも「確かに」と同意する。

 きっと、両親もアイーシャのように柔らかな人柄で、他者に優しく朗らかな人柄だったのだろう。

 マーベリックとリドルの乗る馬車がアイーシャの近くで停車すると、気が付いたアイーシャが使用人達に挨拶をして馬車に近付いて来る。


「ルドラン嬢」

「殿下、本日はよろしくお願いいたします」


 マーベリック自ら馬車を降り、アイーシャを出迎えた姿に、使用人や護衛達は驚いている。

 門番もさっ、と姿勢を正しマーベリックに一礼するがマーベリックは軽く手を上げてそれに応えるとアイーシャが持つ手荷物をひょい、と受け取った。


「あっ」

「さあ、行こうかルドラン嬢」

「ありがとうございます、失礼します!」


 ぺこぺこと頭を下げるアイーシャに、リドルは馬車の扉からひょこり、と顔を出すと手を振る。

 リドルの姿に気付いたアイーシャも、嬉しそうに表情を綻ばせると頭を下げた。



 アイーシャと合流し、馬車が走り出して暫し。

 今は郊外の馬車道を走っている。

 馬車の窓から見える景色に自然が多くなって来た頃、マーベリックはアイーシャに今回の道程を話し始めた。


 拠点として、前回と同じくルドラン子爵の別邸を使用すること。

 山中は戦闘が得意な調査隊と共に入る。調査隊は魔法攻撃が得意な部隊と、魔法防御が得意な部隊とで二つの部隊に別れている。

 アイーシャ達はその二つの部隊の内、魔法攻撃が得意な部隊と主に行動を共にするらしい。


 それらの説明を受け、アイーシャはこくりと頷いた。


「分かりました。調査の邪魔をしないよう、努めます」

「そんなに気負わなくても大丈夫だ。ルドラン嬢には、幼少期に父君から聞いたという魔力が豊富な土地をなるべく思い出してくれ。見覚えがある場所があれば、すぐに伝えて欲しい」

「はい!」


 こくり、と頷いたアイーシャは窓の外に視線を移し、膝に置いた両手をぐぅっと握り締める。


(クォンツ様、どうかご無事だといいのだけど)


 馬車の速度は、以前よりも早い。

 途中休憩を挟みつつ、以前より一日早くルドラン子爵領の別邸に到着した。



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