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39話


 アイーシャをこの場に呼ばれてしまったら。

 ベルトルトはさぁっと血の気が失せたような顔色で、慌てふためく。アイーシャを呼ばれ、話をされてしまえば、ベルトルトが話した内容が真っ赤な嘘だと知られる。

 そして、それに。とベルトルトはマーベリックの斜め後ろにいるリドルにちらり、と視線を向けた。

 先程からリドルが口を開かないお陰で、ベルトルトが嘘をついている、とバレていないが、先日アイーシャから婚約を破棄しようと話されたその場には、リドルも同席していた。

 あの時のやり取りをリドルが話してしまえば、アイーシャを呼ぶ前に全てが嘘だったと露呈してしまう。

 ベルトルトはちらちらリドルを気にしながら、尚も言い訳を口にする。


「き、きっとアイーシャは殿下に問われても私の事を愛していない、と言うでしょう! アイーシャは自分の気持ちを中々見せてくれない、ので! 二人きりの時はそれはもう……っ、酷い嫉妬心を見せるのですが……っ」

「それならば心配ない。真偽を問う魔道具がある。ルドラン嬢の話を聞く際には魔道具を使用する。王家に昔から伝わる魔道具だ。効果は保証する」


 マーベリックがにっこりと満面の笑みで告げる。そうして後方にいる護衛に振り返り、アイーシャを呼ぶように指示をした所で――。

 ベルトルトは真っ青のまま、その場で勢い良く頭を下げた。


「でっ、殿下! 大変申し訳ございません!」


 王族に対し、虚偽の申告及び情報撹乱、真実を隠蔽しようとした、という罪を犯し罰される恐れに負け、全て洗いざらい話した。



「──ふん。ルドラン嬢をこの場に呼ぶなど、する訳がないだろう」

「騙し討ちのような真似をして」

「最初に私を謀ったのはあちらだろう」

「まあ、いいけど……。しっかり自分の仕出かした罪を認めたしね」

「ああ。か弱い女性に対し、薬を用いて襲いかかろうとするなど外道の所業。惨たらしい罰を与えねばならんな」

「……私情が絡んでない?」


 リドルは何処か緊張した面持ちで前を歩くマーベリックに声をかける。

 だが、マーベリックは言葉の意味が分からない、というようにきょとん、と目を瞬いた。


「私情……? 私は自分の国に住まう国民を守る義務がある。……そのために行動したまでだ」


 「当たり前だろう」と不思議そうに告げるマーベリックに、リドルはその後ろ姿を見つめたまま「無自覚かぁ」と呟いた。


 ベルトルトの話を聞き終えた二人は、その結果をアイーシャと共有するためにアイーシャのいる部屋に戻ってきた。

 ベルトルトが自分の罪を認めたことをアイーシャに簡単に説明すると、アイーシャは予想だにしなかったのか、驚きにぽかん、としてしまう。


「まさ、か……。ケティング卿が素直に認めるなんて。彼は絶対認めないと思っていましたので……吃驚してしまいました」

「まあ、最初はな……。だが、最後にはしっかり罪を認めた。ルドラン嬢に対し、非合法の薬を用い、犯罪行為に至ろうとしたことを認めた」


 マーベリックの説明に、アイーシャはほっとして緊張に強張っていた体から力を抜いた。


「ありがとうございます、殿下。何とお礼を言ったらいいのか……。先日から助けていただいてばかりで、申し訳ございません」

「気にしないでくれ。ケティング卿は王城の牢に移送する予定だ。裁きを受けるから安心して欲しい」


 話が一段落した所で、アイーシャは先ほどからずっと考えていて、相談したかったことを伝えてみることにした。

 きゅっと唇を結び背をしゃん、と伸ばす。

 マーベリックとリドル、二人としかと視線を合わせ口を開いた。


「殿下、アーキワンデ卿。ご相談がございます」

「……それは私が部屋を出る時に話したことかな?」

「――!」


 分かっている、というようにマーベリックから告げられ、アイーシャははっ、と目を見開く。


「はは、ルドラン嬢は存外顔に出るな。クォンツのことだろう?」

「殿下には何でもお見通しですね」


 苦笑を浮かべたアイーシャは、言葉を続ける。


「はい。仰る通り、クォンツ・ユルドラーク卿が滞在している場所は、我がルドラン子爵領の近くと存じます。つきましては、殿下とアーキワンデ卿がルドラン子爵領の山中を調査する際に、クォンツ卿を捜索させていただきたく……私も調査に同行させて下さい」


 背筋を伸ばし、しっかり目を合わせてクォンツの捜索を、と願うアイーシャにマーベリックは一つ頷いてから答える。


「調査に同行か。こちらとしても、ルドラン嬢に調査同行を頼めれば道案内をしてもらえる利点がある」

「ほ、本当ですか……!?」


 ぱあっと瞳を輝かせ、嬉しそうに破顔するアイーシャにマーベリックは目を細める。


(ルドラン嬢が山中に同行してくれるのであれば、案内役としてこちらとしては助かる。だが、ケネブ・ルドランがあの山中で他国の商会と何らかの取引をしていたのも事実。もし、取引が続いていて、ケネブ・ルドランが長期間姿を見せないことを不審に思ったに商会が山中に入って来れば……我々との遭遇は免れん。そこで戦闘が起きる可能性もある)


 怪我をする可能性がある場所にアイーシャを連れて行ってもいいものか。

 マーベリックは悩みつつアイーシャに視線を向ける。


(ケネブ・ルドランとエリシャ・ルドランは案内役として使えん。ならば、何の悪事も働いていないルドラン嬢に山中の案内役を頼むが上策か……。令嬢一人ならば、私の護衛を増やせば事足りる)


 マーベリックは数秒の内に考えを纏め、「分かった」と頷いた。


「我々も土地勘のある者に案内してもらえるのであれば助かる。ルドラン嬢の安全はこちらで保証しよう」

「あ、ありがとうございます殿下! 足手まといにならぬよう気を付けます、よろしくお願いいたします」


 嬉しそうに破顔するアイーシャに、どこかもやり、とした感覚にマーベリックは首を傾げたが、それも一瞬。

 すぐに王太子然とした笑みを浮かべ、調査同行について当日の動きを練り始めた。


◇◆◇


 じめっとした暗い牢。

 エリシャ・ルドランは粗末なベッドに腰かけ、ぐったりと頭を落としたままふつふつと恨みを募らせていた。


(お父様とお母様があんな目に遭ってしまったのも、あの人……っ、お姉様……いいえ、アイーシャが全部全部悪いんだわ)


 ぎりっと拳を握り締める。


(あんな子、どうしてお父様もお母様も引き取ったのよ……っ、お金だけ取って、子供の時に捨てちゃえば良かったのに……っ。アイーシャのせいでこんなことになっちゃった……っ)


 ぐす、と鼻をすするエリシャの耳にこの牢屋に近付いてくる硬い靴底の音が聞こえてくる。

 エリシャは恐怖にびくりと体を震わせた。

 また、あの蔵書室でケネブに惨いことをした男がやって来たのだろうか、と怯える。

 痛いことも、辛いこともエリシャは嫌だ。

 だから早くこんな場所から出して欲しいのに、この国の王太子はちっとも出してくれる気配がない。

 エリシャ達を悪と決め付け、不当な扱いを受けている。


(お父様……っ、お父様はご無事かしら……っ)


 エリシャは牢の中から真っ暗な通路を見遣るが、自分の父親がどの牢に入っているのかは分からない。

 母親に関しては今どこにいて、無事なのかすらも分からない。

 エリシャが震えていると、こつこつと響いていた足音がエリシャの牢の前で止まった。

 痛いことをされるのだろうか。辛いことをされてしまうのだろうか。父親のように。

 エリシャがぶるぶると震えながらそろり、と視線を上げると、そこには牢番の制服を着た男がいた。


「エリシャ・ルドラン。こんな所にいたのか。探したぞ」

「──……っ、ふっ、ぅ?」


 感情の読めない声で、瞳でそう告げられ、エリシャは誰だろうと首を傾げる。

 だが、男はエリシャの疑問には何も答えず、男は腕を伸ばしエリシャの口を封じている口封じの布に手をかけた。

 魔法を発動しようとしたのだろうか。だが、この地下牢には魔法の発動を阻害する魔道具がある。

 魔法が発動できないことに気付いた牢番が、小さく舌打ちをした。


「手立てを考える。三日後には王太子マーベリックも暫く王都を離れる筈だ。その際にお前達親子がここに置いて行かれるのであれば、牢から出す。それまで大人しくしていろよ」

「?」


 何故、こんなにもこの牢番の男は自分を牢から出そうとしているのだろうか。


 エリシャが不思議そうにしていることに気付いている筈なのだが、男はそのまま踵を返しエリシャの牢から離れ、ケネブの入れられている牢に歩いて行く。

 ぼそぼそ、と小声で話している声がエリシャの耳に届くが、何を話しているのかまでは分からない。

 「死ぬ前に手当をしろ」や「腕は諦めろ」などと小さく声が聞こえて来る。


(あの男の人、お父様の手当をしてくれているのかしら。でも、何で?)


 牢番の服を着ているということは、この国の人間で、王太子側の人間の筈。

 それなのに何故、とエリシャは考えるとはっとする。


(もしかしたら……っ、私達が冤罪で牢に入れられていると知って、助けてくれようとしているのかしら!? それとも、私に懸想している方!? 大変っ、それならいっぱいお礼を言わないと!)


 地下牢が薄暗いため、エリシャは気付いていなかった。

 牢番の男が通った地面には赤黒い液体が足跡のように付いており、牢番がやって来た方向には名も知らぬ二名の牢番の死体があったのだが、牢番の死体が見つかるのは交代の時間になる数時間後である。




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