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35話


 リドルがそのようなことを考えている内に、マーベリックとアイーシャの会話は大分進んでいた。


「そうだな。あの閃光の発生源に向かうか。ルドラン嬢も気になるというのであれば確認しておくに越したことはない」


 マーベリックが口にした言葉を聞き、リドルはぎょっとして慌てて口を挟む。


「ちょっ、ちょっと待って下さい殿下! 国王陛下から許可されたのは、この子爵領別邸での滞在と内部調査のみということをお忘れですか!?」

「む……。無論覚えている」

「ならば! 王太子自ら山中に向かうなど、危険極まりない! 陛下がお許しになりません!」


 慌てた様子で言い募るリドルに、マーベリックも思うところがあるのだろう。

 眉間に皺を寄せ、腕を組み暫し考え込む。


「確かに、陛下が許可したのは別邸での行動のみだな。それは分かっているが、"あの者達"が口にした言葉を鑑みれば、山中の調査を済ましておくべきとは思わんか?」


 くい、と顎をしゃくり真っ直ぐ視線を向けるマーベリックにリドルは言葉に詰まる。


「殿下の仰ることは尤もですが……」


 臣下としてマーベリックを危険な目に遭わせる訳にはいかない。

 リドルはそう考え、マーベリックとしっかり目を合わせ、見返す。

 暫し二人の間で無言の攻防戦が行われているのが、二人から少しだけ離れた場所にいるアイーシャにも伝わる。

 アイーシャは蔵書室で何が起きたのかは分からない。だが、先ほどマーベリックがちらりと口にした言葉を思い出せば、何か情報を得て、その情報の下山中を調査することが今回の事件の解決に繋がるのだろう。

 けれど、結局この場で決定権を持っているのは王族であるマーベリックだ。

 危険な調査になる可能性があり、それを危惧したリドルがマーベリックを止めている。

 アイーシャは当然二人の話し合いに入ることもできず、ただ成り行きを固唾を飲んで見守る。


 半ば睨み合い、という雰囲気の中。

 マーベリックが先に口を開いた。


「……今回、ここで見逃した結果、我が国の国民に被害が生じたら……私はこの場で情報を得たというのに、何もしなかった己を恨むぞ」

「殿下のお気持ちは良く分かります。ですが、この人数ではとても山中に入れません。強行し、万が一魔物と遭遇したら御身に危険が及びます。不測の事態が発生した際、混乱せず指揮を取れる指揮官級の者を連れてきておりませんから。戦力も心もとないですし、今回は諦めてください殿下」


 リドルだって、本音を言えばあの山中の光は気になっている。

 本当は確認に行きたい。

 だが、蔵書室での一件を思い出すと、軽装備であの山中に足を踏み入れることは危険だと分かる。


「殿下も、エリシャ・ルドランの言葉をお聞きになっていた筈です。ケネブ・ルドランは何度もあの山中に足を運んでいた、と。恐らくあの男は山中で何者かと接触していた筈。接触した人間と良くない企てを……!」

「それ、は。分かっているが……」


 リドルの言葉にマーベリックは眉を寄せると、悔し気に溜息を吐き出す。

 あれから、雷光のようなものは発生せず、窓の外は夜の闇に包まれている。だが、あの場所がどうしても気になって仕方がない。

 だが、リドルとマーベリックの会話を聞いていたアイーシャは、ぽつりと言葉を零した。


「エリシャがあの山中に行ったことがあると、お二人にご説明を? エリシャも、お義父様もこの邸にいらっしゃるのですか?」


 アイーシャの言葉に、リドルもマーベリックはっとして弾かれたようにアイーシャの方へ顔を向けた。

 話に夢中になるあまり、アイーシャがすぐ側にいることも頭から抜け、蔵書室でのことを話してしまっていた二人は一瞬で気まずそうに表情を歪めた。


「ル、ルドラン嬢」


 リドルがどう説明したものか、とアイーシャの名前を口にするが、言い訳が思い付かず言葉が途切れてしまう。

 アイーシャはリドルとマーベリック、二人の気まずそうな雰囲気を感じ、察した。


「お義父様も、エリシャもやはり許されない行為を?」


 ぽつり、と落ちたアイーシャの言葉に、マーベリックはアイーシャに近付き肩にそっと手を置いた。


「すまないな、ルドラン嬢。深く考えないでくれと言っても難しいだろう。ならば、説明する他あるまい」

「はい、お願いいたします」


 マーベリックの目をしっかり見返し、深く頷くアイーシャにマーベリックは言葉を続けた。


「エリシャ・ルドランは、魅了魔法と消滅魔術(ロストソーサリィ)を習得しているのはもう知っているな? どこで、どのように習得したのか。その方法を吐かせるため、今回連れてきている。ルドラン嬢が見つけた蔵書室であの二人から話を聞き、ケネブ・ルドランがどのようにして自分の娘にその魔法を習得させたのか、ある程度分かった」


 アイーシャはマーベリックの言葉になんてことを、と呟き、口を覆う。


「エリザベート・ルドランは今回の一件とは無関係だった。極刑は免れるだろうが、エリシャ・ルドランとケネブ・ルドラン両名は重大な罪を犯したのだ。そして、ケネブ・ルドランはどうやらそれ以外にも……いや、それ以上の罪を犯している可能性が浮上したのだ。先程雷光が奔ったあの山中で、その調査ができるかもしれん、という状況だが何分こちらの戦力が乏しく、リドルと話し合っていた次第だ」


 アイーシャにも分かりやすく順を追って説明をしてくれたマーベリックに、アイーシャは深く礼を取る。


「我が子爵家の者が、大変な罪を犯し、誠に申し訳ございません殿下。国への叛逆罪、子爵家の一員としてしかと罰はお受けいたします。そして、お義父様があの山中に何かを隠しているやも、と殿下はお考えなのですね?」


 アイーシャの言葉に、マーベリックが頷いたのを見てアイーシャは窓の外に視線を向けた。

 懐かしむように目を細め、言葉を零す。


「あの山中、幼い頃に何度か父と登った記憶がございます。魔力が豊富で、とても不思議な場所がある、と父が申しておりました。結局、その場所を見つけることはできませんでしたが」

「魔力が豊富な場所がある、だと?」


 アイーシャが発した言葉に、マーベリックが低い声で問う。

 マーベリックの硬く、どこか緊張したような声音にアイーシャは驚き、視線を戻した。


「ああいや、すまない。ルドラン嬢、もう少し詳しく聞いてもいいだろうか?」


 マーベリックは「場所を移そうか」とアイーシャとリドルに告げた。



 マーベリックの言葉に頷いたアイーシャとリドルは、蔵書室からほど近い客間に移動し、ソファに腰を下ろしていた。

 室内にはアイーシャ、リドル、マーベリックとマーベリックの護衛一人が同席しており、護衛は部屋の扉付近に控えている。


「夜遅い時間だと言うのにすまないな、ルドラン嬢。先程あなたが話していた「魔力が豊富な場所」とは一体なんだ?」

「は、はい。私自身も詳しくは分からないのと、幼少期に父から聞いた話ですので正確ではないかもしれませんが」


 アイーシャは昔、父ウィルバートから聞かされた話の内容を必死に思い出し、リドルとマーベリックに説明する。

 ウィルバート曰く、あの辺りの山中には魔力が豊富な箇所が何ヶ所かあるらしく、その中でも一際魔力が豊富な土地があるらしい。

 その土地は、とても美しく幻想的な場所で。

 見た者はその場所の幻想的な光景と、美しさで一目で分かる、という不可思議な場所らしい。


「花畑が好きな母のために父は長らく探していたらしいのですが、結局そのような場所を見つけることはできず……」


 アイーシャが寂しそうに呟き言葉を切る。

 結局、見つける前に馬車の転落事故に巻き込まれ命を落としてしまったのだ。

 アイーシャの話を聞いたマーベリックは、暫し考え込むように自分の口元に手を当て、暫ししてから口を開いた。


「魔力量が豊富な場所。その付近で先ほど魔法による閃光が迸った。……やはり何かありそうだな。リドルの言う通り、私の判断だけで強行するには些か不安が残る。やはり一度陛下に報告し、後日改めて探索隊を編成するか」

「ええ、殿下。その方がよろしいかと」


 マーベリックの言葉に、リドルはほっと安心したように肩の力を抜いた。

 マーベリック自身も安全を確保してから山中の調査を行ったほうが良い、と判断したようだった。


「よし。では明日、早速王都へ一度帰還するとしよう。ルドラン嬢も慌ただしくしてしまい、すまないな。今日はこの辺りで解散とし、明日発とう」

「いえっとんでもございません! 明日戻られるとのこと、かしこまりました。出立の準備を済ませておきますね」

「ああ。よろしく頼むよ」


 マーベリックはにこり、とアイーシャに笑顔を向けるとソファから腰を上げる。

 もう、大分遅い時間になってしまった。

 

「では、ルドラン嬢。明日の正午前に出立としようか。朝食後に邸の玄関で」

「かしこまりました。色々とありがとうございました、殿下」

「いや。こちらこそ有益な情報を数多くもらえて有難い。礼を言おう」


 マーベリックはアイーシャがソファから立つのを待ち、アイーシャを先に部屋から退出させると、遠ざかって行くアイーシャの背中を見つめながら隣のリドルにぽつり、と言葉を発す。


「リドル、あの二人は一旦後回しだ。これ以上やってしまえば命を落とす。あの男を止めるよう伝えてきてくれ」

「かしこまりました。では俺はそれを伝えた後、下がらせていただきますよ」

「ああ。私もそろそろ休もう。馬車を飛ばし、急ぎ王都に戻らねばな」


 ケネブ・ルドランとエリシャ・ルドランの処遇も決めねばならんしな、とマーベリックは欠伸を噛み殺しつつ、リドルが護衛に言伝に向かう後ろ姿を見送り、部屋へと戻った。




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