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34話


 アイーシャの本当の両親が事故死した事件について、クォンツが調査のために取り寄せた資料には、基本的なことしか記載されていなかった。

 詳細を確認する前にクォンツはクラウディオの捜索に赴いた。

 それまでに得た情報は少なく、アイーシャ六歳、ウィルバート三十歳の時に痛ましい事故が起きたらしい。という程度しか調べられていない。

 貴族が乗った馬車の事故。

 子爵領を発展させたルドラン子爵家の当主と、当主夫人が馬車に乗っていたということで当時は大規模な捜索隊が派遣されたが、捜索も虚しく終ぞ当主夫妻が見つかることはなかった。

 事故死、で捜索は打ち切られ、アイーシャはある日突然両親を失ったのだ。


(そりゃあ……捜索も打ち切られる訳だな)


 クォンツは墓標がある丘をぐるり、と見回して今自分がどの辺りにいるかを確認する。


(ここはもう隣国の領土だ。夫妻は国を越え、川に相当流されたんだろう。流石に捜索隊も他国の領土にまでは派遣できない……)


 国と国の間には、薄らとではあるが魔法障壁が張られている。

 個人で通ったり、冒険者登録をしている者であればすんなりと通過できる。

 だが逆に、大人数が突然障壁を越えたりその付近に集結すると国の中枢に報せが入る。

 隣国は友好国ではあるが、だからと言って防衛を全くしていない、ということではない。それはお互い、両国にも言える。

 簡単に軍隊を領土に踏み込ませないため、攻め込ませないための障壁だ。


 軍を簡単には通さぬ障壁ではあるが、個人に対して障壁は発動しない。


(それもどうかと思うがな。一冒険者とは言え、自国には力のある冒険者がいる)


 クォンツはちらり、と自分の父親に視線を向ける。


(父上だって、自国じゃあ名の知れた冒険者だ。……マーベリックが隣国を攻める、と決めて父上を筆頭に各地の冒険者に声をかけたら隣国は相当な痛手を負うぞ)


 まあそれはうちも同じか、とクォンツはひとりごつ。

 そしてクラウディオの隣にいるウィルに視線を向け、クォンツはたらり、と背に嫌な汗が伝い落ちるのを感じる。

 温和そうな雰囲気からは想像もつかないような「魔力」がウィルからはっきりと感じ取れる。


(ウィル、というこの人物……魔力量が膨大過ぎて底が知れない。どれだけの力を秘めてんだ……)


 クォンツの視線に気付いたのだろう。

 ウィルは不思議そうな顔で小首を傾げている。

 クォンツは笑みを浮かべ誤魔化し、ウィルと父親が「そろそろ戻ろうか」と告げたことに頷き、歩き出した二人に着いて行く。


(恐らくウィル殿はウィルバート・ルドラン子爵で間違いない。アイーシャ嬢の母君、イライア・ルドランが亡くなっていることは残念だが……ウィル殿には失った記憶をどうにか取り戻してもらわねえと、だな)


 記憶の取り戻し方、それに馬車の事故を仕組んだのは恐らくケネブ・ルドラン。

 そして、隣国の山中にほど近い自国の山中で出現した、得体の知れない魔物。


 頭を悩ますことが複数あるが、今この場にはクォンツの父親もいる。

 相談し、何か良い案がないか。

 それを話し合ってみよう、と考えながらクォンツは離れてしまったウィルとクラウディオの背を追った。


◇◆◇


 時は遡り、クォンツが魔物と戦っていた頃。


 クォンツが魔物に追い詰められ、氷魔法と雷魔法を放った時。

 雷魔法は空を一瞬眩く照らした。

 クォンツが魔物と戦っていた場所は、ルドラン子爵領のアイーシャ達が滞在している別邸から然程離れていない山中。

 距離が離れていないからこそ、クォンツの放った雷魔法はアイーシャ達が滞在する別邸でも目視できた。

 自室に戻り、眠れぬ夜を過ごしていたアイーシャの視界にも、しっかりとそれは映った。


「──あれは」


  部屋に戻っていてくれ、とマーベリックとリドルに言われたアイーシャは、自室に戻ったはいいものの、中々寝付けず窓の外を何の気なしに眺めていた。

 そして、眺めていた窓の外。

 夜の帳が降り、真っ暗で何も見えない外の景色が突然一瞬だけ明るく照らされた。

 アイーシャはむく、とベッドに起き上がり目を凝らす。


「自然発生の雷にしては、不自然だわ。誰かが雷魔法を発動した?」


 目を凝らしていても、再度あの雷光が発生することはなかったが、あのような山中で、このような時間帯に雷魔法を発動するなど、何かよっぽどのことが起きたのでは。

 そう考えたアイーシャは、素早くベッドから降りガウンを羽織る。


(何だか急に胸騒ぎがする)


 明朝、マーベリックやリドルに話してもいいのでは、とアイーシャは一瞬だけ考えたが、このように気になったまま眠れる筈がない。

 急いで自室の扉を開け、廊下に踏み出した。


 階段付近に待機している護衛に声をかけ、護衛と一緒にマーベリックのいる蔵書室へ向かう事にした。

 アイーシャと護衛が急いで蔵書室のある部屋へ向かうと、その部屋の前に控えていた別の護衛にアイーシャと一緒に来た護衛が説明してくれる。


「なるほど。突然光が? 確かに気になりますね。殿下に伝えて参りますので、暫しこちらでお待ちいただけますか?」

「お願いいたします!」


 護衛の言葉に、アイーシャは表情を綻ばせるとほっと安堵の息を零す。

 もしかしたら、殿下はお忙しいから、と断られてしまう不安もあった。

 だが、アイーシャの話しを聞いた護衛がすぐに対応してくれることになり、マーベリックのいる蔵書室に急ぎ向かった。

 降りて行った護衛を見送りながらアイーシャは一緒に来てくれた護衛に零す。


「私が殿下に直接お話出来たら良かったのですけれど……。護衛の方のお仕事を増やしてしまって何だか申し訳ないです」

「いえいえ。殿下への報告も私共の仕事ですから。ルドラン嬢はお待ちいただければ……」


 アイーシャの言葉に一緒にやって来ていた護衛は複雑そうな表情を浮かべ、アイーシャからそっと視線を逸らした。

 アイーシャ以外の人達は、下の蔵書室で何が行われているのかを知っている。


 年若い貴族の令嬢であるアイーシャを、蔵書室に向かわせ、その光景を見させてしまったら間違いなく自分達の首が飛んでしまう。

 護衛が何とも言えない表情でアイーシャと待っていると、先ほど階下に向かった護衛から報告を受けたマーベリックとリドルの声が聞こえ、階段を上ってくる足音が聞こえた。


「ルドラン嬢、待たせてすまないね。雷のような閃光が気になったと?」

「王太子殿下、お忙しい所申し訳ございません」

「いや、大丈夫だ。あの光は我々も確認した。確かに魔法発動による閃光だったな……」


 アイーシャの目の前までやってきたマーベリックは、下の階に向かって何かを指示をした後、自分の顎に手をやり考え込む。

 マーベリックの後ろにいたリドルがアイーシャに向かって軽く片手を上げてくれたが、その顔色は青白く、どこかげっそりとしている。

 少し前に会った時に比べ幾分かやつれたように感じてしまい、アイーシャは首を傾げつつ、口を開く。


「殿下方も違和感を? 私も、どうしてか分からないのですが胸騒ぎがして……。お忙しいとは存じておりましたが、こうしてご報告に来てしまいました」


 申し訳ない、とアイーシャが頭を下げる姿にマーベリックは「気にするな」と微笑む。


「いや、ルドラン嬢も違和感を覚えたと言うのであれば、あの場所を調べた方がいいかもしれんな。実は我々の方もいくつか情報を得た。調べるのに骨が折れそうだったのだが、もしかしたら我々が知りたいことと、あの閃光が発生した場所が関係があるのかもしれん」

「ではっ! あの蔵書室で、お探しの物が見つかったのですね」


 良かった、と瞳を輝かせたアイーシャにマーベリックはにっこりと笑顔を返す。

 だが、マーベリックの後ろにいたリドルは「よく笑えるよ……」と口元にハンカチを当てる。

 リドルの鼻は、血臭がこびり付いてしまって離れない。

 今はケネブもエリシャも気を失ってしまっているが、意識を取り戻したらまた再び始まるのだろう。


(今度は場所を変えてかな。やっぱり、蔵書室にあった魔導書で魅了魔法と消滅魔術(ロストソーサリィ)をエリシャ・ルドランに覚えさせたのはケネブ・ルドランだった。まったく、凄い執念だよ。あんな多い資料から必要な情報だけを精査して、エリシャ・ルドランに覚えさせるなんて)


 そこまで考えて、リドルは「でも」と心の中で続ける。


(まだ何かありそうなんだよな。エリシャ・ルドランに魔法を覚えさせた理由もまだ分かっていないし。もっと、最悪なことを仕出かそうとしていたような気がする)


 リドルは、何だかエライことになってきたな、と小さく溜息を吐き出し、眉を下げて虚空を見上げた。



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