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33話


 クォンツの目の前に同じ髪色の、正真正銘、自分の父親が立っていて。

 クォンツはふと父の姿──正しくは、左腕を視界に入れて目を見開いた。


「ああ、何とか無事だ。この近くに住む人に助けてもらってな」

「父上……その腕……」


 クォンツは震える唇で何とかその言葉だけを紡ぐ。

 クォンツの父親クラウディオ・ユルドラークは苦笑いを浮かべ、失われてしまっている自分の腕にそっと手を添える。


「ああ。どうやら川に落下した時、損傷したようでな。倒れていた俺を見つけた時、既に腕はなかったようだ。それに、全身毒まみれだったようで……助けてくれた方には、感謝してもしきれん」


 息子のお前も助けてくれたようだしな、とクラウディオが話すと、クォンツはそうだった、と周囲を見回す。


「そう言えば、その助けて下さった方は……?」


 クォンツは室内を見回す。

 だが、室内には寝ていたベッドがぽつんと一つと、小さな丸テーブルと椅子が一つあるだけの簡素な部屋だ。

 この場にはクォンツと、クラウディオしかいない。


「ああ。名前はウィル、と言う。ウィルさんは今、奥さんの所に行っている。もう戻る頃だ」


 どこか悲しげに目を伏せたクラウディオに、クォンツは首を傾げつつも「分かりました」と返す。

 痛む体に目を細めつつベッドに起き上がり、一先ずクラウディオと情報を共有した。


「父上が消息を絶ってから俺もここに来たのですが……」


 顔色を悪くさせ、歯切れ悪く語るクォンツにクラウディオも話の内容を察したのだろう。

 神妙な顔つきで頷き、言葉を返す。


「ああ。お前も遭遇したのだろう?」


 ちらり、と視線を向けられたクォンツは、父に倣い真剣な表情で頷く。

 次いで自分の前髪をくしゃり、と片手で握り混乱したように言葉を続けた。


「あれは、何ですか……こっちの攻撃パターンを理解し、吸収し、対策を立てているように感じました」

「ああ。それには俺も同意見だ。しかも、あのような形状の魔物に、毒霧を吐くような存在はいなかった。それなのに毒霧を吐き出し、しまいには……っ」


 そこで一旦言葉を切ったクラウディオに、クォンツは訝しげに視線を向ける。クラウディオは自分でも信じられないとでも言うように動揺しながら言葉を紡いだ。


「あの魔物、魔法を発動したぞ!?」

「──は?」


 魔物の中には、魔法を発動する種もいることは確かだ。

 だが、動物の形状に近い魔物には知性がなく、魔法を発動するために必要な構築式を理解し、構築できるだけの頭がない。

 そして、二人が相対した魔物は正しく動物型に見えた。

 あの魔物が人型であればまだ魔法を発動したとしても納得できただろうが、動物型であろう魔物が魔法を発動した、なんて過去どの文献でも見たことも聞いたこともない。

 本当にそんなことあり得るのか、とクォンツがクラウディオに疑うような視線を向ける。

 クラウディオも自身が目にした光景が半信半疑のようだが、クォンツにもう一度言葉を紡いだ。


「確かに、あれは魔法だった、ように思える……」

「あのような個体の魔物が魔法を放つなど……今まで聞いたことも、見たこともないですが……」

「信じられぬのも無理はない。俺も信じたくはないからな……」


 二人が答えの出ない問題に頭を悩ませていると、この家の家主が戻って来たのだろう。

 クォンツが眠っていた部屋の奥、恐らく玄関だろう。

 そこが開く音がして、人の気配を感じた。


 そのことに気付いたクラウディオは、扉に視線を向けた。


「その話は後にしよう。ウィルさんにお礼を告げなければ」

「それならば、俺も」


 クォンツはベッドから足を下ろし、立ち上がる。

 足を通したブーツに目を向けると、綺麗な状態になっていて僅かに目を見開いた。


(川に流され、泥汚れも酷かっただろうに……助けてくれただけじゃなく、ここまで……)

 

 クラウディオは不器用だ。

 と、するとここの家主か夫人が綺麗に整えてくれたのかもしれない、と考えたクォンツはお礼をしなければ、と考えつつクラウディオに着いて行く。

 扉を開け、先に出て行くクラウディオに続き、クォンツも部屋の外に出ると自分を助けてくれた家主に視線を向けた。


「ウィルさん。息子が目を覚ましたよ。助けてくれて本当にありがとう。あなたにはどれだけ感謝してもしきれないな」

「ああ、良かったです、息子さんが目覚めて……!」


 見つけた時、あなた方は血縁だろうな、と思っていたので。と柔らかな声で言葉を紡ぐウィル、と言う男にクォンツは視線をやり、男の姿を視界に入れた瞬間。


「――っ!?」


 クォンツはひゅっと息を呑んだ。



 その男は。

 とある令嬢を彷彿とさせるような赤紫の躑躅色の髪の毛をふわりと揺らし、柔らかな笑みを浮かべ、クラウディオとクォンツに優しい視線を向けている。


「うそ、だろ……?」


 頭の中がこんがらがり、クォンツはその場で硬直してしまう。

 クラウディオとウィルという男が親し気に話をしている姿を凝視する。


 赤紫の躑躅色の髪色は、アイーシャのそれと同じ。

 そして目の前のウィルは、どこかアイーシャと似ている。いや、アイーシャの顔立ちがウィルにとても似ているのだ、と分かる。

 まさか生きていたのか、とクォンツは一瞬喜びに心が沸き立つがそれも一瞬。そんなことは有り得ない、と瞬時にその考えを捨てた。


(アイーシャ嬢の父君が生きていれば……年齢は四十程。だが、目の前のウィルと言う男は精々三十程……っ、年齢が合わない……)


 だが、それでもアイーシャと良く似ているウィルに、アイーシャと無関係とは思えない。

 遠縁の親戚か。それとも、とクォンツが考えているとクラウディオがクォンツの名を呼んだ。


「クォンツ、お前からもお礼を」

「は、はい! ウィル殿、この度は父のみならず、私の命も救っていただき、ありがとうございました」


 クォンツは自分の胸に手を当て、軽く頭を下げる。

 ウィルはクォンツとクラウディオの言葉に「いやいや」と笑いながら手を上げ、口を開く。


「お礼など本当に良いのですよ。元々は私も怪我をして、この地で助けられた身。助けを求める人がいるならば、助けるだけです」

「ウィル、殿も……怪我を?」

「ええ、はい」


 怪我をして、この地で助けられた。

 ウィルはあっさりとクォンツの言葉に頷いた。


「で、ですが、ウィル殿のお怪我はそこまで酷くなかったのですね。今はお元気そうで安心しました……良かったです」

「ええ、はい」


 クォンツの言葉に、ウィルは何処か曖昧な笑みを浮かべ頷く。

 その様子にクォンツは若干首を傾げたが、そう言えばと先程クラウディオが話していた言葉を思い出す。


「そう言えば、ウィル殿には奥方がいらっしゃるのですよね? 父から伺いました。私にも奥方にお礼を言わせて下さい」

「ああ、それは妻も喜ぶでしょう。どうぞこちらへ」


 クォンツの言葉にウィルは悲しそうな笑顔を浮かべ、「こちらに」と案内してくれる。

 ウィルが向かうのは、この家の玄関だった。

 今は外にいるのだろうか、とクォンツは不思議に思いながらウィルに黙って着いて行く。


 家から少し離れた場所。

 山中にも関わらず、向かう先は小高い丘があるようで、遠目にも花々が所狭しと咲き誇り、とても幻想的な光景が見えた。


 これ程美しい場所であるのなら、きっと奥方もこの場所に足を運ぶだろう、とクォンツが考えていると近付くにつれて、ぼんやりとしか見えていなかった丘にある物が、くっきりと見えてきた。

 

「――っ!」


 その「物」がはっきりと視認できた瞬間、クォンツはついそこで立ち止まってしまう。

 クォンツが足を止めたことに気付いたのだろう。

 先頭を歩いていたウィルは、じゃり、と響いたクォンツの足音を聞き、悲しそうな笑みを浮かたまま振り返った。

 クラウディオも悲しそうに目を細め「それ」にじっと視線を向けている。


 クォンツの目の前に現れた「それ」は、どこからどう見ても墓標であった。



 クォンツは、小さな墓標の前で手を揃え目を閉じていた。

 祈りを捧げた後、ふっと目を開く。

 そうして、名前も何も刻まれていない墓標に苦し気な顔のまま見つめていると、ウィルがクォンツの隣にやって来た。

 ウィルもクォンツと同じように手を揃え目を閉じ祈りを捧げた後、口を開く。


「先程、私も怪我をしていたと話したでしょう? どうやら、私は妻と出かけている最中に事故に会い……転落事故? に巻き込まれてしまったようです。あなた方と同じように川を流され、ここに辿り着いた。事故の影響か何かよく分からないのですが、私は記憶を失ってしまっていましてね……恥ずかしながら妻がいたことも最初は分からなかったんです」

「それ、は……とても大変な」


 ウィルから語られる衝撃的な内容に、クォンツは言葉に詰まってしまう。

 壮絶な体験だ。

 だがウィルは困ったように眉を下げ、苦笑しつつ続ける。


「ええ、最初は。けれど、私の隣に倒れていた女性が私をウィル、と呼んでくれたので。辛うじて自分の名前は分かったのですが、その女性、妻は……私にそう話しかけた後すぐに息を引き取ってしまって……」


 ウィルから聞かされる言葉に、クォンツは頭の中が真っ白になってしまう。



 アイーシャの両親は、生きていたのだ。

 事故死した、と言うものずっと亡骸が見つからなかったと当時の資料には記載されていた。

 暫く捜査は続けられていたが、時間が経ち捜索は打ち切られ、死亡。と処理されてしまった。

 父親であるウィルが記憶を失っていたと言うのであれば、戻ることもできないはずで、それも頷ける。

 十年間。亡くなった妻の墓守をしつつ、一人でこのような山中で暮らし、どれだけ孤独だったのだろうか。

 クォンツはウィルの心中を思うと、何ともやるせない気持ちが込み上げて来る。


 あんたには娘がいて、あんたの帰りを待っているんだ、と説明しても記憶のないウィルは娘のことも覚えていないし、妻の名前すら知らない状態だ。

 それに、もう一つ大きな疑問が残る。


 本当に、目の前の男はアイーシャの実の父親なのだろうか。

 顔立ちと、髪の毛の色を見ればアイーシャと血の繋がりがあるのは明白。

 事故の話しも、ウィルが嘘をついている雰囲気はなく、アイーシャの父親である可能性は大きい。アイーシャの母親が既に亡くなってしまっているのは、悲しいことではあるが、それでもアイーシャはきっと自分の父親が生きていればどれだけ喜ぶだろうか。


 だが、とクォンツは自分の横に立つウィルをちらりと横目で見遣りぐっ、と唇を噛み締める。


(明らかに若過ぎる。童顔だとしてもこれはその範疇を超えているだろう……!? 何故、こんなにも若々しい……? 当時の資料では、アイーシャ嬢が六歳の頃、父親であるウィルバート・ルドランは三十歳……目の前のウィル殿がちょうどその位の歳だろう……!? まさか、あの事故の日から歳を取っていない、とでも言うのか……!?)


 クォンツは、若々しい容姿のウィルをただ見つめ続けた。

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