31話(閲覧注意)
暴力描写がございますのでご注意下さい。
マーベリックの言葉に、リドルも「まぁそうか」と頷いた。
アイーシャは先に部屋に返した。あの二人と鉢合わせることはないだろう。
(貴族令嬢には些か刺激が強い……)
リドルが胸中で呟き、ふ、と視線をある部屋の扉に向けた。
マーベリックが扉を軽くノックするとすぐに扉が開き、中から二人の人間が連れて来られる。
両手に魔力封じの枷と、口には口封じの布を施されている。
罪人のような恰好をした人物は、遠目から見ても憔悴しきっているのが窺える。ケネブに至っては、体の至る所に包帯が巻かれていることから既に始まっていたのだ、とリドルは悟った。
エリシャはケネブのように怪我をしている様子はないが、艶々としていた藤色の髪の毛は艶をなくしボサボサ、肌艶もなく、肌がカサついてしまっていている。
口封じの布はケネブよりもエリシャの方が厳重に施されていて、見た目の形状も違う。エリシャが言葉に魔力を乗せ、魔法を発動しているからだろう。警戒していることが窺える。
マーベリックの姿に、二人が怯えるようにびくりと震えた。
「さあ、行こうか。これから向かう場所でお前達が何を見付け、何をしたか。洗いざらい話してもらう」
にこり、とこの場には似つかわしくないほど美しい笑みを湛え、マーベリックは目的の部屋に向かって歩き出した。
◇
邸内を歩かされ、目的地が蔵書室だと察したのか、見る見るうちにケネブの顔色が悪くなって行く。
エリシャは蔵書室に向かう道中でも顔色は変わらない。
マーベリックは顔面を真っ青にしながら震えるケネブと、怪訝そうに着いてくるエリシャ。相反する反応を見せる二人に一人ごちる。
(やはり、エリシャ・ルドランはケネブに魔法を覚えさせられただけ、か……。だが、ケネブは全てを分かった上で行動を起こした)
「殿下、到着しました」
「──うん? ああ、そうだな」
マーベリックが思考に耽っていると、隣を歩いていたリドルが声をかけてくる。
目の前に現れた扉は、アイーシャが教えてくれた情報と一致しており、マーベリックは護衛に扉を開けさせると自らも中へと進んだ。
ぐるり、と室内を見回す。
「ここが子供、部屋」
「ああ……。そう言えばアイーシャ・ルドラン嬢がそう言っていたな」
アイーシャが教えてくれた隠し部屋に繋がる階段を起動させるため、装置が隠されている暖炉に近付く。
魔道具の装置に手を翳し、マーベリックは魔力を込めた。
すると、ガコンと音を立て目の前に階段が現れる。マーベリックとリドルはお互い顔を見合わせた後、どちらからともなく階段に足をかけた。
階段を降りきり、蔵書室に入るなりマーベリックとリドルは室内の惨状にぎょっと目を見開いた。
「これ、は……酷い」
「ああ。なりふり構わず探した、と言うような状況だな……」
ぐるり、と視線を巡らせたマーベリックはある書架の方向で視線を止め、そこの棚に収まっていたであろう本がなくなり、ぽっかり穴が空いている不自然な箇所を見つける。
「アイーシャ・ルドラン嬢が言っていた通りだな。リドル、エリシャ・ルドランを頼むぞ。私はケネブ・ルドランを連れて確認してくる」
「かしこまりました」
マーベリックの言葉にリドルが頷く。マーベリックは二人の護衛を連れ、ケネブと共にそちらに向かう。
ケネブはその場所から必死に視線を逸らしているようだが、目的の書架の前に到着し、視線を向けるようにマーベリックに後頭部を掴まれ無理矢理顔を向けさせられた。
「ケネブ・ルドラン。ここにあった蔵書は? 周囲にある蔵書の種類からして、魔物関連と、魔法の蔵書だとは思うが?」
マーベリックは隣の棚にある本の背表紙を自分の指先でつつ、となぞり斜め後ろに立つケネブについ、と瞳を流し向ける。
マーベリックはとん、とん、と背表紙を白い手袋をした指先で軽く叩きながら続けた。
「ケネブ・ルドランが勉強熱心だったのは意外だな? この蔵書の配置から推測するに、古の魔法……、今では古代語でしか残っていないような魔法の資料がここに収められていたような気がする。私も古代語で書かれた書物を見ることがあるが……あれは難しいだろう? 現在とは全く法則の違った……見たこともない文字が書かれている」
マーベリックは笑みを浮かべ、くるりと振り向く。
自分達の姿が、リドルやエリシャから見える範囲内だと確認したマーベリックは、手枷の嵌められているケネブの手首を、手枷の上から握り締めた。
「ぐうぅ……っ!」
瞬間、ケネブが大袈裟に体を跳ねさせ、痛みに悶えるような声を上げる。
「ああ、大丈夫か。ケネブ・ルドラン。あまり大声を出すと娘が心配するのではないか?」
マーベリックの言葉に反応したケネブは、額にびっしりと脂汗を浮かべ、痛みに揺れる瞳で背後を確認する。
自分の声と様子に、エリシャが怯える姿が見て取れてしまって、ケネブは動揺に瞳を揺らした。
ケネブは自分達の視界が奪われていなかった理由を悟り、嫌な汗が背中に伝う。
何故、口封じの布と枷だけをされて視界は遮られていなかったのか。
それは至極簡単だ。
ケネブは、エリシャにこれ以上自分の姿を見せぬよう死角に隠れようとしたが、それを目の前のマーベリックが許す筈もない。
(この男……っ! 最初から私が話さぬ、と分かっていてエリシャを……! エリシャを脅し、エリシャから……!)
ケネブは強く奥歯を噛み締める。
エリシャに逃げろと叫びたいところだが、口封じの布を施されている以上言葉を発することなどできるはずもない。
ただ唸ることしかできないケネブの前に、マーベリックが視線を合わせるように顔を覗き込んだ。
「さて、ケネブ・ルドラン。あの時の続きだ」
何の温かみもない、平坦で冷たいマーベリックの声が嫌にケネブの耳に残った。
マーベリックの言葉に、護衛の背後からは待ってました、と言わんばかりの笑顔を浮かべ、ひょこりと一人の男が姿を表したのだった。
◇◆◇
「殿下、この男……意外と根性ありますねぇ」
「ケネブ・ルドランに拍手だな。お前の手でも屈しないとは……いやはや最早尊敬に値する」
ほけほけ、と軽そうな小柄の男と、マーベリックが会話をしている光景をエリシャは瞳に涙を溜め、ガタガタと震えながら見ていた。
口封じの布を施されていなければ、恐怖から奥歯が鳴ってしまっていたかもしれない。
小柄な男が手に持つ、血に濡れた切っ先がいつ自分に向くか。
それを考え、エリシャはあまりの恐怖に膝から崩れ落ちそうになる。
「おっと。しっかり立ってくれ、エリシャ・ルドラン」
「――~~っ!!」
瞳から涙をぶわり、と溢れさせエリシャはぶんぶん、と首を左右に振って必死に訴える。
が、自分の腕を掴み支えているリドルは首を傾げているだけで、腕を離してくれそうにない。
視界の端に、マーベリックが小柄な男と一緒にこちらに歩いてくる姿が見え、エリシャはひゅっと息を呑む。
エリシャは真っ青になりながら後退ろうとするが、腕を掴むリドルはびくともしない。
嫌だ、と言うように頭をぶるぶると横に振って必死に懇願する。
視界の先には自分の父親が力なく床に倒れている姿が嫌にもエリシャの目に入っており、これから自分も「ああなるのだ」と嫌でも自覚させられる。
この国の王太子、マーベリックは罪を犯した人間には厳しいことをこの部屋にいる誰もが知っている。
(全く……お綺麗な顔をして、随分えげつない性格をしてるモンだよね、王子様も。こんな男に夢を見て騒いでいる貴族の令嬢達の気が知れないよ)
マーベリックの横を歩く小柄な男──拷問に長けた、その道のプロと言われている人物はふう、と溜息を一つ零し、エリシャをしっかりと見据えた。
小柄な男に拘束され、真っ青な顔で藻掻いているエリシャを眺めながらマーベリックとリドルは会話をする。
「殿下は、席を外さなくていいのですか?」
「エリシャ・ルドランを堕とさねばここまで来た意味が無いだろう?」
リドルは、表情を変えず真っ直ぐ視線を前に向けたままのマーベリックに疲れたような表情で問いかけたが、マーベリックからはあっさりとした言葉が返ってきた。
「どの世界に拷問を進んで見る王族がいるのですか……指示だけして、ご自分は部屋に戻ればいいものを」
「だが、この邸にこの者達を連れてきたのは私だ。陛下もまだ早いのではないか、と仰っていたが、早急に片付けねばならんだろう?」
「それ、はそうですが」
「凄惨な光景から目を逸らし、自分は安全な場所で報告を聞くなどできんだろう。私はこの部屋を退出するつもりは毛頭ない」
「だから一部から殿下は血も涙もない感情の死んだ人形だ、と言われるのですよ」
リドルの言葉に、マーベリックは鼻で笑うとそれがどうした、と心の中で笑う。
酷い場面だから、と。それを見たくない、と部屋を退出することは簡単だ。
だが、そうしてしまえば、結局は自分が見たくない世界を部下に押し付け、自分だけ残酷な場面から目を逸らし過ごすこととなる。そんな卑怯な真似をどうしてできようか。
マーベリックは、国に害のない善良な人間に対しては、理想の王子様の側面しか見せない。
だが、国に牙を向いた人間には恐ろしいほどに残忍で、残酷だ。
少し離れた場所にまで血臭が漂いはじめ、リドルは少々気分を悪くしつつ、懐から取り出したハンカチで顔の下半分を覆う。そのままリドルはちらりとエリシャに視線を向けた。
エリシャは自分の顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら怯え、べたりと床に腰を落として震えている。
背後にいる拷問師がいつ自分に手に持った刃を向けるか、気が気ではないのだろう。
可愛らしい、愛らしい、と称されていた顔は今は見る影もなく醜く崩れ、嗚咽とともに涙で顔を濡らしている。
ふう、と息を吐き出したマーベリックは組んでいた腕をそのままに、口を開いた。
「脅すのもそろそろ十分か。さて、エリシャ・ルドラン」
マーベリックは、この場には似つかわしくないほど優しい声でエリシャの隣に片膝を付き、目を合わせる。
顔を背けていたエリシャの顎を強い力で掴み、無理矢理自分の父親の方に顔を固定した。
「父親を助けたければ……次に自分がああなりたくなければ、幼い頃にここで何をしていたのか全てを話せ」




