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30話


 大切な大切な思い出の場所。

 そんな場所が酷い有り様となってしまっている。

 ぐす、と鼻を鳴らしながらアイーシャは室内の惨状に目を向ける。


 この邸で過ごす内に、この部屋を偶然見つけたのだろうか。

 それとも、何かを調べるためにこの場所をこんな状態にしたのだろうか。

 アイーシャはうろ、と視線を彷徨わせ室内をぐるりと見回す。

 すると、とある箇所に目が止まり瞳を見開いた。


 蔵書室の奥の書架の方向。

 書架には沢山の本が詰め込まれていたはずなのに、その場所だけ不自然だ。

 その一箇所だけ、本が全て抜き取られぽかりと穴が空いている。

 そこに、どんな本が収められていたのかアイーシャは分からない。

 だけど、そこに確かに感じる「違和感」。

 アイーシャはすくっと立ち上がり、踵を返して駆け出した。


「殿下にっ、殿下にお伝えしないと!」


 今の時間ならば、まだ起きていらっしゃるかもしれないとアイーシャは考え、一心不乱に廊下を駆け戻った。



 廊下を走り、急いでマーベリックとリドルの部屋がある上階へと向かう。

 アイーシャのただならぬ様子に、護衛はぎょっと目を見開く。だが、アイーシャの表情を見るなり駆けるアイーシャに続いた。


「ルドラン嬢! 何がありました!?」

「殿下にっ、殿下に急ぎお伝え下さい……っ! この邸内で、おかしな部屋があった、と!」

「承知した!」


 アイーシャの言葉に護衛は頷くなり、隣を並走していた護衛はマーベリックが休む貴賓室に向かって駆ける速度を上げた。

 ぜいぜい、と息を乱すアイーシャに顔だけ振り返り、護衛は言葉を続ける。


「ルドラン嬢は、アーキワンデ卿にお声を! その後に貴賓室にお越しください!」

「かしこまりました!」


 アイーシャの言葉を聞き護衛はそのまま前を真っ直ぐ見据え、長い長い廊下を駆けて行った。


 アイーシャは護衛に告げられた通り、リドルの客間に急ぐ。

 この時ばかりは、こんなに広い別邸に焦りが込み上げる。

 アイーシャの父親が建てたのではなく、数代前のルドラン子爵当主がこの別邸を建てたらしいがそれにしても土地があるからといって、この規模はやり過ぎではないだろうか。と、アイーシャは別邸の広さに無性に腹が立ってしまう。

 貴賓室はこの別邸の奥の区画にある。リドルの客間はまだ近い方だ。

 だが、それでも暫く廊下を走り、廊下を曲がり、ようやっとリドルの滞在している客間が視界に入ってアイーシャは走る速度を上げた。


「夜分に申し訳ございません、アーキワンデ卿っ!」

「ルドラン嬢!?」


 アイーシャがリドルの客間の扉を叩くと、中からすぐにリドルが姿を現した。


 ばたばたと廊下を駆けて行った護衛の足音に、何かあったのだと察したのだろう。

 リドルはゆったりとした室内用の簡素なシャツの上に上着を羽織り、部屋から出てくる。

 この時間にアイーシャを部屋に通すことは避け、そのまま廊下に出たリドルはアイーシャの表情を見てすぐに何か起きたのだ、と悟った。


「護衛がマーベリックの部屋に駆けて行ったね。殿下の所に向かう間、何が起きたのか簡単に情報を共有してもらってもいい?」

「はいっ、勿論です!」

「ああ、ルドラン嬢。我々は歩いて向かおう。息を整えてくれ」

「あ、ありがとうございます……!」


 肩で息をするアイーシャを気遣うように、リドルは気持ちゆっくり足を動かす。

 客間が続く廊下を歩いていると、とある客間の前を通り過ぎる際に中から物音が聞こえた。

 その客間の前には、マーベリックの護衛が二人立っており、アイーシャは不思議そうに首を傾げたが、隣を歩くリドルにそっと背中に手を添えられて先を促される。


「それで……何が起きたのか聞いてもいいかな?」

「は、はい。実は──」


 リドルと共に廊下を進み、マーベリックの貴賓室まで向かう間にアイーシャは端的に自分がその目で見たことを説明した。



 アイーシャの説明が終わった頃。

 タイミング良く、マーベリックの貴賓室に到着したアイーシャとリドルは扉の前で足を止めた。

 アイーシャから話を聞いたリドルは眉間に皺を寄せ、難しい顔をしている。


「一先ず、今の話をマーベリックにしようか」

「はい」


 アイーシャとリドルが到着するのを待ってくれていたのだろう。

 先程アイーシャと共に廊下を駆けていた護衛が、アイーシャとリドルが到着し貴賓室の扉の向こうに声をかけ、扉を開けた。


「殿下。ルドラン嬢とアーキワンデ卿が到着いたしました、お通しします」


 あっさりと開かれた扉の向こうに、マーベリックも服装を整えた状態でソファに座ってアイーシャとリドルを待っていてくれた。


「このような時間に大変申し訳ございません、殿下」

「彼から話は聞いた、ルドラン嬢。リドルも入ってくれ」


 アイーシャとリドルに視線を向け、マーベリックは二人を室内に通す。

 アイーシャが室内に入ると、扉の前に控えていた護衛も入室し、扉の横に待機した。

 他にも二人程護衛の姿があり、その護衛はマーベリックの後方、話の邪魔にならない場所で控えている。


「ルドラン嬢がただならぬ様子だった、と聞いている。君がそれほど取り乱す何かがあったんだな?」


 向かいのソファに座ったアイーシャに向かって、マーベリックが問う。

 すると、アイーシャから一足先に話を聞いていたリドルがマーベリックの問いに返答するように口を開いた。


「殿下、もしかしたらお探しの物を……いや、場所? を、ルドラン嬢が見つけてくれたかもしれませんよ」


 リドルの言葉にマーベリックは瞳を見開き、「何!?」と大きな声を発する。

 マーベリックはアイーシャに視線を移し、マーベリックからの視線を受けたアイーシャはこくりと頷いた。


「はい、殿下。おかしな部屋が……いえ、おかしくなっている部屋があったのです」

「詳細を話してくれ、ルドラン嬢」


 マーベリックに促され、アイーシャは自身が見た蔵書室の惨状を話す。

 自分の両親が亡くなる前に、良くここに滞在していたことから始まり、知識に貪欲だった両親は特別な部屋を作り、その部屋を当時アイーシャが遊んでいた子供部屋に隠していたこと。

 隠し部屋であるその部屋は、蔵書室であること。

 様々な蔵書を両親は所持しており、その部屋は大切に維持されていたこと。

 けれど。


「──十年振りにそこを訪れると、そこは荒らされており、ある箇所の蔵書が、大量に消失していました……」


 アイーシャの言葉にマーベリックは思わずソファから腰を上げかけたが、自分を落ち着かせるように息を吐きつつアイーシャに視線を向ける。


「ルドラン嬢。ご両親が使用していた蔵書室は、どこに?」

「下の階の東館奥、人があまり来ない場所にその部屋に続く仕掛けがございます。ご案内いたします」


 アイーシャの言葉に、マーベリックはゆるゆると首を横に振り、アイーシャの申し出を断る。


「いや……。これから蔵書室を調べるとなると、どれだけ時間がかかるか分からない。ルドラン嬢に深夜まで協力してもらうのは忍びない。場所と、隠し部屋への行き方を教えてもらえば、後は私とリドル。護衛の者で確認しに行こう。ルドラン嬢はもう寝なさい」

「で、ですが……。この邸内を多少でも覚えている私がご同行しなくてもよろしいのでしょうか?」

「ああ。不明な部分は纏めておくから、明日ルドラン嬢に聞こう。ルドラン嬢は怪我が治ったばかりだろう? 後は私達に任せて休みなさい」


 気遣うようなマーベリックの言葉に、ここまで言われてしまえば、アイーシャは頷くしかない。

 アイーシャは眉を下げたまま、マーベリックの言葉に頷く。部屋の特徴や、隠し部屋の入り方をマーベリックとリドルに説明すると、二人に促されて先に休むことになった。


「ルドラン嬢。お部屋までお送りしますよ」

「──えっ、あ……っ、申し訳ございません、ありがとうございます」


 護衛がアイーシャに声をかけ、部屋まで同行してくれることになった。

 申し訳ないと思いつつ、アイーシャはお礼を告げてマーベリックとリドルに頭を下げてから部屋から出て行った。

 アイーシャを見送るために浮かべていた笑みを、二人はすっと消し去り真顔になる。


「……まさか、こんなに早く見付かるとは」

「ああ。ルドラン嬢が見つけてくれて助かった。早く動けそうだな」


 リドルの言葉に、マーベリックは言葉を返しつつ袖のボタンを外し、腕まくりを始める。

 その様子を見たリドルはぎょっと瞳を開き、マーベリックを止めるように声をかけた。


「まさか、マーベリック自身がやるのか……? やめておけ、他の人間に任せた方がいい!」

「いや、私がやろう。……おい、二人を連れて来てくれ」


 腕まくりを終えたマーベリックは、ソファから立ち上がり護衛に声をかける。

 マーベリックに伴い、リドルもソファから立ち上がり、扉にスタスタ歩いて行ってしまうマーベリックの隣を歩く。


「……まさか、エリシャ・ルドランとケネブ・ルドランを連れてくるとは思わなかったよ」

「そうか? よく知っている当人達に現地に来てもらった方が良いし、色々と話が早い。この場所で行う方が効果的だ。死の恐怖や耐え難い痛みに直面した時、人は救いを求めるように無意識に視線を向けたり、助かるために口を割る。父親は頑なでも、娘ならばいくらでも揺さぶりようがありそうだ」


 マーベリックの冷たく、感情の籠らない声が部屋に響いて消えた。

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