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27話(閲覧注意)

暴力的な表現がございます。

苦手な方はお読みいただかないようお願いいたします。


「子爵家、の案内ですか?」


 マーベリックの言葉にアイーシャはきょとんと瞳を瞬く。

 次いで困ったように眉を下げて口ごもるアイーシャの様子に、今度はマーベリックが不思議そうに首を傾げた。


「何か問題でもあるのかルドラン嬢?」


 マーベリックがそう問うと、アイーシャは何とも言えない顔をしたまま、マーベリックに事情を説明する。


「その、どこにどんな部屋があるのか、それはご案内出来ますが……私はお義父様の仕事部屋や……書斎、家族のプライベートルームに入室するのは禁止されておりましたので、私室に関しては殿下達と同じく……あまり力になれないかもしれません」


 貴族の邸は広い。

 王都にあるタウンハウスは限られた土地に建てるため、カントリーハウス程の広大な敷地面積はないが、それでもアイーシャのルドラン子爵家は莫大な財を築いた一族だ。

 タウンハウスもルドラン子爵家と同等の子爵位を持つ、他の貴族の邸よりも面積は広い。

 クォンツやリドルの侯爵家、公爵家ほどの広さではないが、邸内を調べると言っても短期間で済まないことは分かる。

 タウンハウスのみならず、領地にあるカントリーハウスまで調べる、ということになれば、一体どれだけの時間がかかってしまうのか。

 それを危惧したアイーシャが申し訳なさそうにする姿を見て、マーベリックは「そうか」と小さく呟いた。


「そうだ、そうだったな。ルドラン子爵家は確か……領地にカントリーハウスと複数の別邸を持っていたな……。それを全て調べるとなると骨が折れる……」

「は、はい……。目的の物を探すような魔道具などがあれば別ですが……」

「いや……。抽象的な物だからな……、魔道具でも探すのは厳しいだろう……」


 マーベリックは一旦言葉を切り、考え込む。


(欲しいのは、魅了魔法に関する物証や古代語で書かれた書物……蔵書類……。そのような物がタウンハウスの邸宅にあればいいが……見付かる可能性を避けるため、タウンハウス内には持ってきていないか。 ならば、カントリーハウスの邸か……別邸……別荘代わりに使用していた場所に的を絞るか……)


 マーベリックは、ルドラン子爵家が治める領地を頭の中に思い浮かべる。

 そこは、奇しくもクォンツが消えた父親を探しに行った場所からほど近い場所でもある。

 隣国とそう距離が離れていない場所。

 そして、アイーシャの両親が転落死した場所からも、離れていない。


「待てよ……」


 マーベリックは、ふ、とクォンツがアイーシャの両親の事故死について調べていたことを思い出した。

 王都を立つ前、クォンツは侯爵家の名を使い、正式依頼をした。

 過去にあった事件に関する資料の謁見許可証を依頼してきたことは、記憶に新しい。


 クォンツはあのような大雑把な性格ではあるが、恐ろしく勘が鋭い男だ。

 その男が、過去の事件に何か不審点でも見付け、再び資料を確認し始めた。

 アイーシャの両親が事故死した場所は、ルドラン子爵の領地から然程離れていない、隣国の山中。

 そして、今回クォンツの父親の消息が途絶えた場所も、その山中からほど近い場所。

 クォンツ自身も、現在その場所に向かっている。


(点と点が繋がるような不自然さだな)


 マーベリックの背に、嫌な汗が伝う。

 考え込んでいた顔を上げたマーベリックは、目の前で所在なさげに立っているアイーシャに話しかける。


「アイーシャ・ルドラン嬢。君が、その……ご両親を事故で亡くしてしまった時のことだが」

「はい」


 マーベリックは懐に手を差し込むとかさり、と指先に当たったそれを取り出し、アイーシャとリドルの目の前にあるテーブルに広げる。


 広げられたそれは、この国内の地図だ。

 とても詳細に記された地図は、一般には出回っていない物だろうことが一目で分かる。

 要所要所の砦の名前や、軍の配置まで記載されている国家機密的な情報が記載されている。

 アイーシャはその地図を目に入れてひゅっ、と息を吸い込み直ぐに地図から視線を逸らそうとしたが、マーベリックにそのままで良いと言われてしまい、戸惑いながら地図に記載されている文字をなるべく目に入れないようにしつつ、アイーシャは視線を地図に戻した。


「教えて欲しい、ルドラン嬢。あなたが幼少期に、ケネブ子爵と、エリシャ・ルドランは頻繁にこの場所に行っていなかったか?」


 マーベリックがとん、と指先で指した場所はルドラン子爵領の最北端。

 隣国と一番距離が近く、アイーシャの両親が事故死した山中もすぐそこにあり、クォンツの父親が消息不明となった山中が領地の中にある。

 アイーシャは、マーベリックの指先が指し示した付近に、子爵家の別邸があったことを思い出して驚きに目を見開いた後、こくりと頷いた。

 マーベリックはアイーシャが頷いた途端、顔色を変えると座っていたソファから勢い良く立ち上がる。


「で、殿下──?」

「何をそんなに慌てて……」


 アイーシャとリドルの戸惑うような声が聞こえるが、マーベリックはその言葉に返答する余裕がないのか、急いで地図をたたむ。


「明日、この領地にあるルドラン子爵家が所有する別邸へ向かう! リドルも共に来い!」

「ちょ、ちょっとお待ちを殿下……っ! 我々には一体何が何だか……!」


 マーベリックの言葉に、リドルも慌ててソファから立ち上がり引き止めようと声をかけるが、次にマーベリックの口から発された言葉に首を縦に振る以外できなかった。


「お前の友人でもあるクォンツ・ユルドラークも恐らくこの場所に行っている……! ここはクォンツの父親が消息を絶った場所だ……! クォンツの身にも危険が迫っている可能性すらあるぞ!」


 叫ぶようにマーベリックはそう告げると、急ぎ部屋を出て護衛に指示を飛ばす。


「エリシャ・ルドランとケネブ・ルドランに何をしても良い……! 明日の出立までにできるだけ情報を吐かせろと伝えろ……! だが、絶対に殺しはするな!」


 マーベリックは自分の侍従、護衛に指示を飛ばすと自らは自分の父・国王が執務を行う場所に急ぎ向かった。


 マーベリックが退出した室内では、リドルはソファから立ち上がった状態のまま。

 アイーシャはマーベリックの言葉に呆然としてしまっていた。


「──クォンツ、様が?」


 ぽつり、とアイーシャが震える声を漏らすと、そこでやっとリドルもはっとしてアイーシャに振り向く。


「ルドラン嬢。今の話、君の家の領地は本当にあの場所に? それに、先程マーベリックが言っていたことは本当かい? 君の義父と妹は、この場所に訪れていた?」


 余程気が動転しているのだろうか。

 リドルは、普段王太子であるマーベリックを名前で呼んでいるのだろう。他の者がいる場所では徹底して一臣下として振舞っていたリドルが、マーベリックを名で呼んでいることに、アイーシャも気が動転し気付かない。

 リドルの問いかけに、アイーシャはこくこくと頷いた。


「は、はい、そうです。私が両親を亡くして、今のお義父様とお義母様に引き取られた後……。度々お義父様はエリシャを連れてあの領地の別邸によく行かれていました」


 当時、アイーシャ自身も連れて行って欲しいと何度も我儘を言ったことを覚えている。

 この別邸は確か生前の父と母によく連れて行ってもらった場所だから、幼い頃のアイーシャはあの場所を恋しがり、我儘を言ったのだ。

 だが、義父ケネブに疎まれ備蓄庫に初めて閉じ込められた出来事のため、忘れることなどできない。


 それからも、アイーシャを残して度々家族三人であの場所に滞在していたことを思い出す。

 アイーシャが、両親と過ごすことが多かった沢山の思い出が残っている別邸だ。あの悲しくて、悔しくて、寂しかった出来事を忘れることなどなかった。


「あの場所が、何か関係あるって言うんですか? 子爵家の問題なのに、でもどうしてクォンツ様のお父様や、クォンツ様が……」

「クォンツの父君は何も知らないでその領地に向かい……何かに巻き込まれた可能性があるのかもね……。父君を追って向かったクォンツも、その何かに巻き込まれている可能性もある、とマーベリックは考えたのかもしれない……この場所は、隣国ととても近いからマーベリックがあれほど焦るのも頷けるかな」


 リドルの言葉にアイーシャはさぁっと顔色を悪くさせソファから立ち上がり、わたわたと慌て出す。


「わ、私はどうすれば……っ! 明日っ、明日……っ、あの領地に向かう、と殿下が!」

「ひ、一先ず落ち着くんだルドラン嬢……! マーベリックは明日向かうと言っていたから、君も出立の準備をしておいた方が良い……! 一度子爵家に戻り、準備を……!」

「わ、分かりました……!」


 アイーシャとリドルは慌てて帰宅準備をし、用意されていたそれぞれの馬車に飛び乗った。




◇◆◇


 男の顔をざばり、と水の張った深い容器から引き上げる。

 すると、盛大に咳き込む男の顔を見た目の前の人物は溜息を吐き出し、もう一度その容器の中に頭を押し付けた。


「王太子殿下も殺すな、とは厄介な命令を下すものだ……その塩梅が難しいのに……」


 男の頭を押し付けていた人物は、男か女か分からない声音でぶつくさと文句を口にするとたっぷり数十秒ほど経ってから、再び頭を引き上げる。


「おーい、もう喋りたくなった? さっさと言っちゃった方が楽になると思うけど?」


 吐いちゃえ吐いちゃえ、と軽い口調で進める人物の声に、だが男──ルドラン子爵・ケネブは咳き込むだけで何も答えない。


(好きなだけ、やればいい……! どうせ情報を全て吐くまでは殺されやしない……っ)


 決して話してなるものか、とケネブは奥歯を噛み締め黙り込む。

 ケネブの頑なな態度に、目の前の人物は「そうこなくちゃねー」と軽い口調で告げ、楽しげに弾む足取りで扉付近の机に向かう。


「ぼくには良く分からないんだけどさ……、国家叛逆罪? とかを企てているんでしょう? それを吐かせろ、って言われたんだけど、なにしても良いかな?」


 扉前から振り返った人物の顔は、逆光で影になり表情が全く分からなく、とてもとても不気味だった。

 その人物が手に取った物を見て、ケネブは瞳を見開き必死に藻掻き始める。

 道具の形状を見れば、それがどんな目的で使用する物か容易に想像できる。


(絶対に言うものか! 国家叛逆罪などっそんな大層なこと、ただ私は……っ)


 ケネブの叫びは誰の耳にも入らない。



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