25話
「お待たせいたしました、殿下」
「よい。開けよ」
恭しく頭を下げる衛兵に言葉少なに指示を出し、扉が開かれる。
恐らくケネブとエリザベートは、精神干渉魔法や消滅魔術を発動できないだろうが、用心しておくに越したことはない。
マーベリックは先程壊されてしまった魔道具を付け替え、イヤリングに魔力を流し発動する。
ケネブ達が連行された部屋は、エリシャが入れられた牢屋とは違い質素ながらも、室内に置かれている調度品は全て質の良い物で揃えられている。
ケネブとエリザベートは両手を枷で拘束されソファに座らされており、マーベリックが入室して来るなりソファから立ち上がる。
「殿下! 私達の娘はっ!」
「エリシャは、エリシャは何処に連れて行かれたのでしょう!?」
自分の愛する娘を何処に、と喚き散らす二人に向かってマーベリックは懐から懐中時計を取り出し時間を確認する。
「……エリシャ・ルドラン嬢は私に対して精神干渉魔法を使用した罪と、許しもなく私の名前を口にした不敬罪、ありもしない犯罪行為を捏造した罪を鑑みるに、重罪となるな。私に対する精神干渉魔法は王族に対する不敬罪では片付けられん。……国に対する叛逆の意思ありとして通常であれば即刻処刑だ」
マーベリックの冷たい声に、ケネブとエリザベートは顔色を真っ青にして唇をわなわなと震えさせる。
「いくら令嬢が常識知らずと言えど、助からないことはお前達でも分かるだろう?」
「ち、ちが……っ、殿下……っ、ご再考を……! エリシャは理不尽な姉のせいで、命令されたから……! 純粋に姉の命令に従ったまでなのです!」
「そ、そうでございます……! 一度、一度だけお考え直し下さい……! 我が娘エリシャはまだ十五歳なのです、至らぬ姉のせいで何も知らぬ娘が、まだ成人前の子供を処刑など! そのような残酷な罰などおやめください!」
必死になって言い募る二人に、マーベリックは懐中時計を見た後「そろそろか」と呟くと、両親に視線を向ける。
「……全て姉のアイーシャ嬢のせい、だと?」
「仰る通りです!」
マーベリックの言葉に、ケネブはぱっと表情を明るくさせ、ここぞとばかりに説得を試みる。
「姉に対して憧れが強く、姉の言う事を聞いていただけに過ぎません! エリシャは人を傷付けるような真似はいたしません! 純粋な娘なのです……!」
つい、先程エリシャ自身が王太子であるマーベリックに精神干渉の魔法を発動したことなど忘れているかのようなケネブの言葉に、マーベリックは呆れたような視線を向ける。
「ルドラン子爵……その言葉に偽りはないな……? 姉を慕うただの純粋な娘で、まだ子供と言うのだな……? ならば我々の目で確認するとしようか……?」
マーベリックはそう告げると、衛兵にケネブとエリザベートを連れて来るように告げ、目的の場所に向かうことにした。
◇◆◇
一方、時は少しだけ遡る。
アイーシャとリドル、そしてベルトルト三人は、マーベリックが指示をした案内の人間が到着するまでその場を動かずにいた。
だが、アイーシャとリドルが城の者を待つ間、手持ち無沙汰な様子でおろおろとしていたベルトルトがアイーシャとリドルに近付き、至極当然と言うようにアイーシャに話しかける。
アイーシャの隣にいるのは公爵家の嫡男リドルだ。
それにも関わらず、臆しもせず話しかけて来たベルトルトに、アイーシャとリドルの方が気まずさを感じてしまう。
「と、取り敢えず……アイーシャは座った方がいいんじゃないかな……? 怪我の状態も酷そうだし……」
手を貸そうか、と言うように微笑みアイーシャに向かって手を差し出してくるベルトルトに、リドルは間に入るように立ち塞がる。
「ア、アーキワンデ卿? その、そこをどいてくださいませんか……私はアイーシャと……」
「ケティング卿、君は……」
リドルが眦を吊り上げ、ベルトルトに向かって声を上げようとしたところで。
リドルの服の裾がくん、と引かれる。
「アーキワンデ卿、大丈夫です」
「……ルドラン嬢、いいのかい?」
気遣うようなリドルの言葉に、アイーシャは感謝の気持ちを込めながら頷く。
アイーシャの気持ちを尊重するようにリドルがすっと体を横にずらす。
アイーシャはリドルに向かって小さく「ありがとうございます」と言葉をかけてからベルトルトを真っ直ぐ見据えた。
アイーシャの強い視線にベルトルトがたじろぐが、そんなベルトルトを気にすることもなくアイーシャは口を開いた。
「ベルトルト・ケティング卿」
「……っな、なんでそのような他人行儀な呼び方を? ぼ、僕は君の婚約者だろう? いつもみたいにベルトルトと呼んでくれて構わないのに」
口元を引き攣らせ、何とか笑みを貼り付けながらベルトルトが言葉を返す。
喋りながらアイーシャに近付くが、アイーシャはベルトルトが近付く度にゆっくり一歩後退し、距離を取る。
「……もう目を逸らし続けることはやめます」
「ちょ、ちょっと待ってくれアイーシャ……? 何を言っているのか僕にはちょっと……」
「ケティング卿もお分かりでしょう? 私の家族が王城に呼び出された際、ケティング卿もご一緒だった理由を。それに、エリシャが頼るのはケティング卿ですし、ケティング卿もエリシャと一緒にいる方がとても自然体で……いつも嬉しそうで、楽しそうでした」
「ちょ、ちょっと待ってくれアイーシャ、君は勘違いをしているよ!?」
「勘違い……? 勘違いでしょうか……。先程もエリシャが私に鞭で打たれた、とケティング卿に仰り、ケティング卿もそれを肯定しておりましたでしょう?」
アイーシャが言葉を紡いだその時、アイーシャとリドルを別室に案内する城の者が到着したようで、アイーシャとリドルの名前を呼んだ。
「ルドラン嬢」
「はい、行きましょうアーキワンデ卿」
「ア、アイーシャ! 待ってくれ! 僕たちは会話が足りなかっただろう……!? だ、だからもっと一緒に過ごす時間を増やして――」
ベルトルトに背を向け、アイーシャとリドル二人が部屋を退出しようとする最中。ベルトルトはアイーシャの腕を掴み、必死に言葉を並び立てアイーシャを引き留めようとする。
だが、アイーシャはベルトルトの言葉を遮るように口を開いた。
「ベルトルト・ケティング卿。私たち、婚約破棄いたしましょう。……私は謂れのない罪をでっちあげられ、あなたから突然距離を取られ、お叱りを受けました。それに、義妹であるエリシャに気持ちを移すケティング卿に長い時間苦しめられました。その期間、どれだけ悲しかったか、辛かったか……お分かりですか? しっかり償っていただきたいです。破棄については、後日ケティング侯爵宛に書状をお送りいたしますので、対応をお願いいたします」
ベルトルトに口を挟む隙を与えず、アイーシャは言い切る。
アイーシャはもうベルトルトに用はないとでも言うように、リドルと共に部屋の扉に向かった。
「こ、婚約破棄なんて……! アイーシャっ、僕は絶対に婚約破棄なんてしない! 了承しないからなっ!」
ベルトルトの叫び声が聞こえるが、アイーシャはすっきりとした顔で真っ直ぐ歩いて行く。
隣を歩いていたリドルがアイーシャに顔を向けた。
その顔は明らかに苦笑いを浮かべていて。
「ルドラン嬢、彼はいいのかい? 婚約破棄はしないって言っているけど……」
「ええ、大丈夫だと思います。私が婚約破棄をしたい、と言えばお義母様は喜んで対応してくださいます。元々ベルトルト・ケティング卿と婚約を結びたかったのはエリシャのようですし」
「──まあ、ルドラン嬢がそれでいいのであれば……俺は何も言うまいよ」
リドルはベルトルトにちらり、と振り返る。
ベルナルドの様子を見て「諦めそうにないなぁ」と小さく胸中で呟いた。




