24話
マーベリックはケネブとエリザベート二人に軽く視線を向けた後、衛兵に「連れていけ」と言葉をかけた。
エリシャが部屋から連れ出され、ケネブは怒りのあまりアイーシャに向かって罵詈雑言を浴びせ続け、エリザベートは意気消沈したようにぼうっと虚ろな瞳のまま、衛兵に手を引かれ扉がある方向へと歩かされている。
だが、アイーシャの姿がエリザベートの瞳に写った時。
先程まで生気の抜けた瞳だったが、突然瞳を見開き、アイーシャに向かって駆け出した。
「あぁあああぁあぁっ!!」
「──っ!?」
「──しまっ」
奇声を上げ、アイーシャに掴みかかろうとするエリザベートの形相はぞっとするほど恐ろしく、アイーシャは急いで逃げ出そうとしたが、瞬間自分の足首に強烈な痛みが走る。
アイーシャが痛みに顔を歪め、逃げ出すのが一歩遅れてしまった。
エリザベートは、枷で封じられた腕を振り上げ、アイーシャに向かってその腕を振りおろそうとしている。
怪我をしているアイーシャがその場を逃げ出すことなど出来そうにもなく、先程までアイーシャの近くにいたマーベリックは、アイーシャから離れてしまっていた。
エリザベートの腕の枷の素材は、金属の物だ。
そのような物で力一杯殴られてしまえば結果は一目瞭然で。
アイーシャが咄嗟に頭部を保護しようと腕を上げた所で、駆け寄ってきていたリドルが強い力で腕を引っぱった。
「――ひっ」
リドルに腕を引かれた次の瞬間、アイーシャの目の前で「バキン!」と金属が何かに当たり、跳ね返されたような不快音がした。
そして、殴りかかってきていたエリザベートが後方に吹き飛ばされた。
「危な……っ、ルドラン嬢、大丈夫かい? 怪我は!?」
アイーシャを咄嗟に引き寄せ、物理防御の魔法障壁を咄嗟に発動してくれたのだろう。
アイーシャは引き寄せられた衝撃で足に痛みを感じたが、すぐにリドルに向かって勢い良く顔を向けた。
「わ、私は大丈夫です! アーキワンデ卿は大丈夫でしょうか、お怪我は!?」
「俺は大丈夫だよ。障壁も発動したし、クォンツ程魔法の発動が早く出来ないから焦ったけど……、無事発動出来て良かった……」
ほっと安心したようにリドルがアイーシャに笑いかけると、先程アイーシャに暴行を加えようとしていたエリザベートが先程よりも厳重に拘束される。
「すまない、アイーシャ・ルドラン嬢。後ほど怪我の手当をしよう──。おい、アイーシャ・ルドラン嬢とリドルを部屋へ案内してくれ!」
マーベリックが気遣うようにアイーシャに駆け寄り、アイーシャとリドルに手当を、と使用人に声をかける。
「も、申し訳ございません王太子殿下……! お手を煩わせてしまい……」
「いや、怪我をする可能性を出してしまったこちらの落ち度だ。城の治癒術士を送ろう。ついでに足の怪我も治してもらえばいい」
「か、過分なお心遣い、身に余る光栄でございます……!」
アイーシャがぺこり、と頭を下げるとマーベリックはリドルに「任せたぞ」と視線を向け、リドルが頷いたことを確認してそのまま部屋を退出した。
恐らく、捕らえた子爵家の面々の下に向かうのだろう。
「ルドラン嬢。案内が来るまで俺の肩に掴まって。それとも座るかい?」
「ありがとうございます、アーキワンデ卿。大丈夫ですわ」
アイーシャとリドルが会話をしていると、それまで蚊帳の外にいたベルトルトが恐る恐る二人に近付いて来た。
「ア、アイーシャ。大丈夫か……? 怪我をしているアイーシャに対して……子爵夫人はなんて酷いことをするんだ……」
まるで自分はアイーシャの味方だ、とでも言うようなベルトルトの態度に、アイーシャとリドルは呆れたように顔を見合わせた。
◇◆◇
「──うーっ! ううーっ!!」
エリシャは口を塞がれ、腕を拘束されたまま城の地下にある貴族牢に連行された。
平民が入れられるような劣悪な環境の牢屋ではないが、壁は土汚れで汚く、床は地下のためかじめっと湿っていて僅かに濡れている。
衛兵はエリシャを牢に詰め込み、「大人しくしていろ」と声をかけて牢番にしっかりと見張るようにと告げた。
「直ぐに戻る。それまで、その少女から目を離さないように。決して口封じの布を取るなよ」
「わ、分かりました」
牢番はがちゃり、と鎧を鳴らしながら緊張した面持ちで足を揃えて返事をするとちらり、とエリシャに視線を向ける。
貴族の令嬢が、こんな劣悪な環境に押し込まれるとは、どれだけ凶悪な人物なのだろうか、とエリシャの顔を見ようと俯いているエリシャにそっと近付く。
牢屋の中には簡素なベッドがぽつんと一つだけ置いてあり、貴族が普段使うよう小綺麗なベッドではない。
書き物、読み物が出来るような机も、目を楽しませるような調度品もない。
ここは、貴族牢の中でも王族に対する重罪を犯した者や、国家反逆罪を犯した者が入れられるような最下層の牢だ。
(こんな場所に入れられるような事をしたのか?)
牢番がそう思いながらエリシャに近付いた所で。
「──ぅっ、けほっ、ぅっ、けほっ」
「ちょ、ちょっと、大丈夫か!」
突然エリシャが苦しそうに咳き込みだした。
牢番は先程衛兵が出て行ってしまった方に視線を向け、困ったように眉を寄せた。
「だ、大丈夫かご令嬢……」
「──かはっ、ぅ……っ」
口内に詰め込まれた布が苦しいのか、それとも詰まってしまったのだろうか。
外すな、と言われていた口封じの布をどうしようか、と視線を彷徨わせる。
衛兵が「口封じの布」と呼んでいたことからこの罪人に言葉を使わせないようにしている気がする。それは分かるが、だが咳き込み、布が詰まっているのであればこのまま放置していては命に関わる可能性がある。
「あぁっ! くそ……!」
牢番は精神魔法耐性を増幅させる魔道具を装着してから、魔力を流し発動させた。
「いいか、ご令嬢。口封じの布を取ってやる! こちらに来い。だが妙な真似はするなよ……!」
牢番は鉄格子を挟み、エリシャに向かって手招きをする。
こんなか弱そうな令嬢が妙な真似はしないだろう、と判断しての行動だった。
牢番はちらり、とエリシャの両手首に視線を向けて、しっかり魔力封じの手枷が発動している所を確認した。
牢番の声に反応し、よたよたと覚束ない足取りで歩いて来るエリシャを鉄格子の所でそわそわとしながら待つ。
もし、今すぐに衛兵が戻って来てくれれば対応を任せれたのに、と思いながら衛兵が戻って来るのをまだかまだか、とチラチラと入口に視線を向けてしまう。
だが、残念ながら衛兵が戻ってくることはなく、エリシャは牢番の目の前にやってきてしまった。
◇◆◇
マーベリックは、数人の衛兵と共に捕らえたケネブ、エリザベートの下に向かう。
一体どんな理由でエリシャに消滅魔術の魔法を覚えさせ、その魔法でどのような悪事を働かせるつもりだったのか。
事と次第によっては国を巻き込んだ大きな事件になっていた可能性すらある。
国にとって、甚大な被害を被る可能性だってあった。
厳しく追求しなければ、とマーベリックは表情を引き締め、二人が拘束されている部屋の前で扉が開くのを待った。




