22話
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翌日のこと。
リドルが言っていた通り、アイーシャ以外のルドラン子爵家の面々は王城に登城し、エリシャの魔法について細かく調べられることになった。
アイーシャはその日、エリシャの様子や、子爵家が何か隠し事をしていないか確認をするために、リドルから王城に呼ばれた。
前日、学園から帰宅する際に馬車の中でその話をされたのだ。
リドルからどんな魔法で、どれほど卑劣な手段で長年苦しめられてきたかを知った方がいい、と説明されたアイーシャは、エリシャが使用していた魔法について、そしてその魔法が人に対してどのような作用を起こすのか。
「それ」をひっそりと子爵家の面々には分からない場所で確認する、らしい。
朝早くに、アイーシャはリドルの迎えを待つためにユルドラーク侯爵邸の正面玄関にやってきていた。
そわそわ、とどこか落ち着かない様子で待っているアイーシャの下に、リドルが迎えにやってきた報せが届く。
慌てて玄関を出ると、馬車停めには既にリドルのアーキワンデ公爵家の馬車が止まっていて。
馬車の前にはリドルが立って待っていた。
「──ルドラン嬢。待たせてすまないね、行こうか」
アイーシャに気付いたリドルは笑顔で片手を上げ、アイーシャに話しかける。
杖を使い、急いでリドルの下に向かったアイーシャはぺこり、と頭を下げた。
「アーキワンデ卿、今日はよろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく。大事になってしまってすまないね、ルドラン嬢」
「いいえ、とんでもございません! クォンツ様やアーキワンデ卿にはとても良くしていただいていますもの。お二人に助けていただいていなかったら、私は今も子爵邸で以前のように暮らしていましたから……。あのような……異質な状況に気付かせていただいたこと、感謝しております」
リドルとアイーシャはお互い顔を見合わせて会話をすると、馬車に乗り込み王城に向かう。
馬車で王城に向かう最中、リドルからエリシャの魔法の確認について教えてもらった。
何でも、国では人の魔力やその人が取得している魔法を調べる「魔道具」があるらしい。
「魔道具」に対象の人間が自分の魔力を流し込むと、忽ちその人物が取得している魔法や魔力を確認できるらしい。
「魔道具は国で管理している重要な物だから、今回のように国の定めに違反しているような場合に確認のために使用されるんだ。誰がどんな魔法を取得していて、どれだけの能力を秘めているのか……それが簡単に知れるとなると、要らぬ争いが生じるからね」
「なるほど……確かに仰る通りかと思います」
「ああ。だから、今回の結果も秘匿魔法がかけられた場所で行われる。外部の者……他者に口外出来ないように誓約魔法がかけられている場所で行われる」
「魔法の能力を簡単に外部に漏らされてしまえば、要らぬ争いを呼び込んでしまうかもしれませんね」
「そうなんだ。ルドラン嬢は理解が早くて助かるよ……。だから、俺達が見学出来る場所も、誓約魔法の範囲内だ。……ルドラン嬢は人の能力を外部に漏らすような人ではないから安心だけどね」
「も、勿論ですわ……! 絶対漏らしません!」
アイーシャの返事に、リドルは「ありがとう」と満足そうに笑みを浮かべた。
ほどなくして王城に到着し、案内された部屋に通された頃には、エリシャと両親は既に王城に登城していたらしく、アイーシャとリドルが案内された部屋から見下ろせる階下の仰々しい空間に見慣れた顔が並んでいた。
「──あっ」
そこでアイーシャはルドラン子爵邸の面々とは少し離れた所で緊張に顔を強ばらせ、待機しているベルトルトの姿を見つけどうしてベルトルトが? と訝し気に眉を寄せる。
ちょうどアイーシャの隣に来たリドルがアイーシャの疑問に答えてくれるように口を開いた。
「ああ……彼はエリシャ・ルドラン嬢から何度も魔法を使用されていたであろう人間だからね。証人の一人として登城してもらったんだ」
「そうですね……確かにベルトルト様も無関係ではございませんものね……」
ベルトルトも、エリシャの魔法の標的となっていたのだと以前も聞いていたがアイーシャはそれを知っても何とも思わなかった。
魔法の標的となっていたと言っても、精神干渉のような強力な魔法ではない。
エリシャが使用していたのは恐らく信用魔法だろうと言われている。
ただ、魔法の発動者の信用を上げる魔法。その魔法にあっさりかかるということは、結局は魔法をかけられた人物も初めからエリシャの言葉を信じていたということだ。
そうでなければ、信用に価する言葉でなければ。全てを鵜呑みになんてしない。
アイーシャは、緊張した面持ちで控えているベルトルトから視線を外し、エリシャや両親に視線を移した。
エリシャは初めて訪れる王城に興奮しきった様子で。
はしゃいでいるような、浮かれた様子を隠すこと無なく、キラキラと瞳を輝かせて周囲を見回している。
共に登城した両親も、そんなエリシャを咎めるような様子は見受けられず多少緊張した様子が窺えるが、エリシャの好きにさせてしまっている。
そうして、暫し時間が経った後にその部屋に王城の人間が入室する。
入室して来た者達の先頭を歩くのは、この国の王太子であるマーベリック・ディオ・サリオ。
プラチナブロンドの髪の毛に、王族の証である黒曜石のような真っ黒な瞳を持つ。
その黒い瞳をつい、とエリシャに向けたマーベリックは、氷のように冷たい視線でエリシャを見やった。
「エリシャ・ルドラン子爵令嬢。城への登城、ご苦労であった。ルドラン子爵令嬢にかけられた嫌疑を明らかにしようか。……準備をせよ」
マーベリックの言葉に、専門職の人間が短く返事を発し、準備を始める。
室内に走る重苦しい雰囲気など意に介さず、エリシャは颯爽と登場したこの国の王太子にぽうっと見惚れ、頬を染めている。
エリシャが呆け、両親が戸惑っている内に魔道具の準備が終わり、マーベリックは壇上の豪奢な椅子に腰掛けた状態で、ちらりとエリシャに視線を向ける。
(……本当にこのような者達が国に届けを出さねばならない危険な魔法を使用しているのか?)
マーベリックがリドルが覗いているであろう頭上を僅かに見上げると、マーベリックの視線に気付いたリドルはにこやかに手を振った。
(まったく……あの従兄弟はいつも無茶をする。だが、公爵家から正式な報告が上がってしまえば我々王家は動かざるを得ん)
マーベリックは、リドルのアーキワンデ公爵家が上げた報告書に記載されていた内容を思い出し、視線を細めた。
(もし、報告書通りに信用魔法を取得し、他者に悪用していたならば……)
信用魔法の未登録程度では大した罰は与えられない。
だが、とマーベリックは心の中で言葉を続ける。
(両親が知らなかった、など言えんだろう。余罪が出てきそうだな)
マーベリックの目の前で、設置した魔道具の前に促されたエリシャが戸惑いながら立つ。
説明を受けたエリシャは不安そうな顔をちらりとマーベリックに向けるが、マーベリックは表情を変えない。
「エリシャ・ルドラン嬢。早く手をかざして下さい」
「あ。は、はい……」
城の人間に急かされ、エリシャはおずおずと魔道具の上に手をかざす。
「魔力を放出して下さい」
「はい……」
促され、エリシャは自分の魔力を魔道具に向かって放出するが、目の前にいた城の人間が眉を顰め、エリシャに向かって強めに言葉をかける。
「エリシャ・ルドラン嬢。しっかり魔力を放出して下さい。逃れようとしても無駄です」
「──っ」
冷たい声音に、エリシャはびくりと肩を震わせ言われた通りに魔力を放出した。
エリシャの魔力を受けて魔道具がぶわり、と光を放つ。
そうして、エリシャの魔力を受けた魔道具が、エリシャが取得している魔法の種類を頭上に映し出して行く。
文字が小さく、アイーシャとリドルがいる上階からはあまりよく見えないが、魔道具の近くにいる城の人間が息を飲んだのが分かった。
城の人間の顔色は見るからに悪くなり、魔道具の頭上に現れた文字列を懐から取り出した書き取り用の魔道具に記していく。
この場での不正や書き取りミスを避ける魔道具のため、その情報は一生残る。
専門の機関の、多くの人の目の前でエリシャの魔法の全てが暴かれた。
一体、どのような魔法を取得していたのだろうか、とアイーシャとリドルが固唾を飲んで見守る中、城の人間がマーベリックの下に向かい、その魔道具を恭しくマーベリックに差し出す。
「ご苦労」
マーベリックは言葉を返し、渡された魔道具に視線を落とした。
静まり返った室内に、記された内容を良く通る声で読み上げた。
「エリシャ・ルドラン嬢。貴女の魔力はとても豊富だな……ルドラン嬢と同じ年頃の平均値を遥かに凌駕している……そして、取得している魔法も多いようだ……」
マーベリックはそこで一度言葉を切り、目を細め、相手を威圧するような低く重い声で続けた。
「初歩的な火・水・風の攻撃魔法に、……やはり信用魔法を取得していたか。それに魅了もだと? 信用魔法と魅了魔法は自然の元素魔法とは違い、取得には特別な魔法構築式が必要だ。君の年齢で、親に知られずに取得は不可能だ。そして何よりも……」
魔道具に落としていた視線をエリシャに向けると、マーベリックはエリシャを睨み付けるようにして声を荒げた。
「──古代語で記載された複数の魔法は一体何だ! 古代魔法は、我が国では消滅魔術と呼ばれる……! 古代魔法は取得も、調べることすら禁じているというのに……、何故それを君のような一貴族令嬢が取得しているのか……! 衛兵……! 直ちにルドラン子爵家の者を捕らえよ!」




