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20話


 それから、暫し。

 クォンツに呼ばれたシャーロットが客間にやって来て、マナー勉強のスケジュールを確認と言う名のお茶会となった。


 夕食時になると、ユルドラーク侯爵邸の食堂に案内され、そこで初めて当主であるクォンツの母親と顔を合わせた。

 突然邸にお邪魔する形になってしまったアイーシャが頭を下げようとするなり侯爵は豪快に笑い、気が済むまで居てくれて構わない、と言ってくれた。

 寧ろ娘シャーロットの先生役を引き受けてくれて有難い、とまで言われてしまい、アイーシャは恐縮してしまうほどだった。


 クォンツの母であるユルドラーク侯爵は、美しい白銀の髪に、クォンツと同じ金の瞳。そして顔立ちもクォンツととても似ていた。

 クォンツの父親は、根っからの戦闘狂らしく、今も尚、魔物討伐のために国中をあちらこちらと駆け回っているそうで、邸には滅多に戻ってこないらしい。

 ユルドラーク侯爵は、ワイングラスをゆらり、と手の中で弄びながら可笑しそうに笑う。


「戦闘狂な父親に似てしまったのか、息子も好戦的で戦闘狂いだ、と日々悩んでいたが……。嫡男としてまともな行動はとっていて、ほっとしたよ」


 クォンツの母親はにんまりと笑顔を浮かべ、挑戦的な視線をクォンツに向けた。

 アイーシャは侯爵の言葉の意図全ては理解できなかったが、少なくとも迷惑だ、と思われていなかったことに安堵した。

 ほっとした様子のアイーシャに侯爵は視線を向け、微笑みかける。


「アイーシャ嬢。自分の家だと思え、と言われても難しいかもしれないが、まあ……シャーロットをよろしく頼むよ。ゆっくり休んでくれ」

「は、はいっ! 少しの間お世話になります、よろしくお願いいたします!」


 クォンツの笑顔とそっくりな侯爵の顔を見て、アイーシャはぱっと頭を下げる。

 口元をナフキンで拭った侯爵は、席を立ち食堂を後にした。


 侯爵の退席に慌てて椅子から立ち上がっていたアイーシャは、ふと力を抜き力なく腰を下ろした。


「き、緊張しました……」

「だから言ったろ。緊張して会うような母親じゃないんだよ」

「だ、だって侯爵様ですよ……高貴な身分の方とお会いするのは、初めてだったのです……!」

「俺とリドルは王城に良く行くし、殿下とも普通に会うが……そうか、アイーシャ嬢はデビュタントもまだだったか。だが、別に高位貴族だからといって、臆することはない。アイーシャ嬢のマナーは完璧だからな」


 クォンツはケロッとした様子で食事を再開させ、隣に座るシャーロットに「なあ?」と同意を求める。

 クォンツに同意を求められたシャーロットはじとっとした視線を返したあと、同情するような目をアイーシャに向けた。


「……でもお兄様はちょっと楽観的ですわ。……"普通"は身分の高い人に会えば緊張しますもの。お兄様はお父様に似て討伐ばかりだから、ちょっとあれですの、アイーシャ嬢」


 こそこそ、と声を潜めてアイーシャに告げるシャーロットに、クォンツが「おい」と不貞腐れたような声をかける。

 アイーシャは、子爵家では賑やかな食卓に自分だけが入れなかったことが遠い昔のように思えて、賑やかで楽しい夕食を楽しんだ。


◇◆◇


 アイーシャ達が暮らす、王都から遠く遠く離れた山中。

 一人の男は、冒険者と共に魔物退治に山中へとやって来ていたが、目の前に広がる光景にじり、と一歩後ずさった。

 近場に倒れているのは、数週間前に仲間になった冒険者達で。

 既にその冒険者達は事切れており、ぴくりとも動かない。


「──おいおい……こんな魔物、見たことも聞いたこともないぞ」


 男は、まるで誰かを彷彿とさせるような、濃紺の夜明けのような髪の毛を風に靡かせながら、じりじりと目の前の魔物から距離を取る。

 男の目の前にいた魔物は、ギョロリと濁った紫色の瞳を男に向け、裂けるほど大きな口を開けて毒霧を噴射した。

 男は咄嗟に自分の目の前に毒霧を防ぐような障壁を魔法で創り出したが、目の前の魔物に気を取られ過ぎてしまったのだろう。

 男の背後から、黒い影が伸びて来て頭上からすっぽり、と男を覆う。


「──しまっ!」


 男が焦り、瞳を見開いた瞬間。

 男の死角から長い魔物の尾が凄まじい速度で伸びてきて、男を弾き飛ばした。

 そうして、男の体が飛ばされたその先には先程毒霧を吐いた魔物が待っていて。

 魔物が再びかぱり、と大きく口を開いた。

 数瞬後、男の姿は毒霧の向こうに消えた。


 奇しくもその山中は、隣国との国境。

 山中を進めば隣国の国土だ。

 アイーシャの両親が不幸にも転落死した場所は、目と鼻の先であった。


◇◆◇


 アイーシャがユルドラーク侯爵邸に保護されてから、初めての朝を迎えた。

 アイーシャに与えられた客間には優しく朝日が差し込み、その明るさにアイーシャはふっと瞼を持ち上げた。

 頭の中がぼんやり、としていてぼうっと天井を見つめる。

 見慣れぬ天井に、そこではっと意識が覚醒したアイーシャは、自分はユルドラーク侯爵邸に泊まったのだった、と瞬時に思い出した。


「そうだわ……! 私、昨日からこちらに!」


 アイーシャはベッドに跳ね起き、急いで朝の支度に取りかかる。

 学園に向かう準備をしなければ。


「エリシャも、ベルトルト様も学園に来るわよね……顔を合わせてしまう可能性があるかも……」


 憂鬱な気分になってしまいそうになったが、気持ちを切り替えるようにして頬をぺしり、と叩いた。

 そうしていると、まだ朝早い時間帯だと言うのに、扉の外が慌ただしい雰囲気になっていることに気付き、部屋の扉を開けて様子を確認した。

 アイーシャが扉から顔を覗かせると、ぱたぱたと忙しなく動き回る邸の使用人がアイーシャに気付き「あっ」と声を上げる。

 何かあったのだろうか、とアイーシャが急いで扉の外へと出ると使用人が小走りでアイーシャの下にやってきてくれる。


「おはようございます、アイーシャ様。クォンツ様がお呼びですので、お支度が済みましたら正面玄関にお越しください」

「クォンツ様が? わ、分かりました直ぐに向かいます!」


 このような早朝に、クォンツが声をかけて来るということは、何かあったのだろう。

 しかも場所は正面玄関。

 室内でゆっくり説明をしている暇は無い、ということだろうと察したアイーシャは急いで室内に戻り、手早く支度を済ませた。

 昨日用意してもらった杖を有難く使わせてもらい、足早に正面玄関に向かった。



「──クォンツ様!」


 アイーシャが玄関ホールに到着してみれば、クォンツは常にない程慌てた様子で。

 数人の使用人と会話をしていたようだったが、アイーシャの声に反応するなりクォンツはぱっと顔を向けてくれる。


「アイーシャ嬢、朝早くにすまない」


 使用人との会話を切り上げたクォンツは、階段を降りて来ようとしていたアイーシャを手で制し、アイーシャの下までやって来る。

 クォンツの格好は、遠出をするかと思えるような旅装束だ。上から厚手の外套を羽織っているが、その外套からちらり覗く見慣れぬ長剣が腰から下げられていて。

 強張ったクォンツの表情に、胸騒ぎを覚えたアイーシャは震えだしそうな自分の両手をぎゅう、と胸の前で握った。


「すまない、アイーシャ嬢。父の消息が掴めなくなった。俺はこれから父親から最後に連絡があった地点に向かうことになった」

「クォンツ様のお父様が!?」

「ああ。学園に一緒に行く約束を破ってすまない」

「そんなこと、気にしないでください! お父様を最優先に……!」


 約束を破ってしまうことを悔やんでいたのだろう。

 申し訳なさそうに頭を下げようとしたクォンツを慌てて止め、父親を優先するのは当然だ、とアイーシャが告げると、クォンツはほっと安堵したように眉を下げて力なく笑みを浮かべた。


「父は優れた魔法剣士だから、そうそう命を落とすことはないとは思うが……。今までこんなことなかったから。……大怪我でも負ってるなら、救助に行かないと不味い」

「お父様のことを最優先にしてください、学園のことは本当にお気になさらず!」

「すまない、ありがとう……。学園はリドルに頼んではいるが、あいつは学園役員の代表だ。アイーシャ嬢と常に行動を共にはできそうにない。……大丈夫か?」


 クォンツは、父親のことで大変なのに、自分の心配までしてくれている。

 アイーシャはクォンツに父親の事だけを考えて欲しくて「大丈夫」だと強く頷いた。


「私は大丈夫です。それよりも、クォンツ様はお父様を」

「──分かった、絶対に無理はするなよ……。こまめに連絡する。すまないが、行って来る」


 クォンツは、アイーシャの頭をぐしゃぐしゃ、と撫でた後直ぐに身を翻し、階段を駆け下りて行く。


「お気を付けて……っ!」


 アイーシャの言葉に、クォンツは前を向いたまま軽く手を上げ、そのまま玄関の向こうに姿を消した。

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