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18話


◇◆◇


 まずい、まずいまずい。

 ベルトルト・ケティングは焦っていた。

 アイーシャがクォンツとリドルと出て行ってしまったというのに、アイーシャの家族は事の重大性に全く気付いていない。

 頭を抱えているベルトルトの横から、つんつん、と裾を引き嬉しそうに話しかけるエリシャ。


「ベルトルト様。お姉様が出て行ってくれたお陰で、これでいつでも邸内で会えますわ!」

「そっ、それどころではないだろうエリシャっ」

「何をそんなに慌てているんだね、ベルトルト殿。君だってあれ()とよりも、エリシャと一緒に過ごすことが多かったじゃないか」

「そうよ、ベルトルト卿。それに元々私達は娘のエリシャをベルトルト卿の婚約者に、と望んでいたのよ。あの子が出て行って良かったわ」

「な、何を……! 僕はアイーシャと婚約を……っ」


 そうだ、アイーシャと婚約をしているのに。とベルトルトは考える。

 あれだけ家からもアイーシャとの仲を深めるように、うまくやるように、と言われていたのに。

 ベルトルトは自分を囲むエリシャと、その両親に視線をやり、ぞっとしてしまう。

 実の子ではないとは言え、アイーシャはケビンとエリザベートの"子供"だ。

 幼い頃に両親を亡くしたアイーシャを哀れみ、家族として迎え入れたというのに、その家族に対して暴力を振るったのだ。

 ベルトルトはじり、と足を一歩後退させたがしっかりとエリシャに腕を取られてしまっているために逃げ出すことができない。


(アイーシャを、アイーシャを探しに行かないといけないのに……)


 どうして今まで自分はアイーシャに対してあんなに無関心でいたのだろうか、と考える。

 それ所か、エリシャの言葉を鵜呑みにしてアイーシャを責め立てもした。


(だって、それは……っ、エリシャが嘘をつくような子ではないから……、か弱いエリシャがアイーシャに虐げられていたから……だから僕は妹を守ってやらなきゃいけないよ、とアイーシャに……!)


 ベルトルトはぐるぐると頭の中が混乱してくる。

 先程のアイーシャは、何処かすっきりとした顔をしていたように見える。

 あんなに晴れやかな表情で、そしてクォンツに抱き上げられてあんなに恥ずかしそうに頬を染めて、そして笑顔を向けていた。


(最近、僕にはあんなに可愛い顔を向けてくれないのに……!)


 ベルトルトが身勝手なことを考えていると、そこではっとする。

 そう言えば、部屋を出る前にリドルが恐ろしいことを口にしていたような気がする。


「ル、ルドラン子爵! そんなことよりも、先程リドル・アーキワンデ卿が近日中に王城に登城する準備を、と!」

「ああ、先程の。エリシャの魔法は国に届けをしなければいけない魔法だった、かな? ふん、アーキワンデ卿は我等に何かしら口を出したいだけだろう。公爵家の嫡男だからと言って偉そうにしおって……」

「王城に行くなら、もしかして王族の方々とお会いする機会もあるのかしら!? お母様、楽しみですね!」

「あらあら。ふふ……エリシャはまだ陛下や殿下とお会いしたことはないわよね。うんと着飾って参りましょうね」


 事の重大性を理解せず、はしゃぐエリシャにそれを諌めない母親。

 見当違いに腹を立てている父親に、ベルトルトは今すぐ自分の邸に帰りたい衝動に駆られたが、それは叶わずエリシャに無理矢理連れられ、邸内に逆戻りした。


◇◆◇


 場所は変わって、ユルドラーク侯爵邸。

 侯爵邸の正門に到着し、馬車からさっさと下ろされてしまったクォンツとアイーシャは邸の玄関に向かって歩いていた。


「……本当に抱き上げなくて大丈夫なのか?」


 クォンツは、自分の隣をゆっくり歩くアイーシャに心配そうな視線を向けながら話しかける。


「勿論です、クォンツ様。怪我をしている間、いつもクォンツ様に助けていただいていては、自分で歩けなくなってしまいそうです」


 冗談交じりに告げるアイーシャに、クォンツも口端を持ち上げると「そりゃそうか」と言葉を返す。


「じゃあ、アイーシャ嬢がすっ転ばないように気を付けて見ててやるから自力で玄関まで行こう。だが、辛くなったら言えよ?」

「ありがとうございます。ですが私の歩く速度は遅いので……お付き合いいただくのは申し訳ないですわ……先に玄関に向かっていただいても大丈夫ですよ?」

「怪我をしてる令嬢をほっぽって先に入るなんて出来る訳ねえだろ」


 アイーシャとクォンツが軽口を叩き合いながら邸の玄関に到着すると、侯爵家の使用人に出迎えられる。

 アイーシャが使用人達に挨拶をしていると、玄関ホールに繋がる大きな階段からパタパタと軽い足音が聞こえて来て。

 次いで、女の子の甲高い可愛らしい声が聞こえて来た。


「お帰りなさい……! お兄様!」

「──シャーロット」


 クォンツが優しい声で名前を呼ぶと、シャーロットと呼ばれた少女は嬉しそうな笑顔でクォンツに抱き着いた。

 シャーロットはクォンツの隣に立っているアイーシャに気付き、不思議そうな顔をした。


「お兄様、そちらの女の人は?」


 夕焼け色のような赤みかかったオレンジ色の大きな瞳がアイーシャをじっと見つめ、アイーシャはシャーロットに微笑みかけた。


「アイーシャ嬢、妹のシャーロットだ。年は十一で、……勉強が嫌いでな」

「お、お兄様! お客様に恥ずかしいこと言わないで下さいっ!」

「ははっ、悪い悪い。だが本当のことだろう? シャーロット、俺の通う学園の友人でアイーシャ嬢だ。今日からお前のマナーの先生だ。しっかり学べよ?」

「……学園の友人ですか? 恋人じゃなくて?」


 シャーロットの「恋人」という言葉に、アイーシャもクォンツも慌てて否定する。


「ゆ、友人ですっ! そんなっ、私がクォンツ様の恋人なんて……っ! 恐れ多いっ」

「友人だっ! 恋人だったらお前じゃなくて先に両親に紹介する!」


 アイーシャは本心からそう思って否定している様子であるが、クォンツは羞恥の方が強く頬を赤く染めて必死にぶんぶんと両手を振っている。

 シャーロットはふぅん、とアイーシャとクォンツそれぞれに視線を向けた後、アイーシャの足首に視線が止まった。


「アイーシャさん、足を怪我してるの?」


 シャーロットのその言葉にクォンツは思い出したかのようにはっとすると、アイーシャに向き直る。


「アイーシャ嬢、悪い。長いこと歩いて来て痛みも増しただろう。シャーロット、後で客間に来てくれ。そこで説明するからな」

「分かりました、お兄様。アイーシャさんも、また後で!」


 シャーロットはクォンツとアイーシャに向かって手を振り、降りてきた階段を駆け上って戻って行く。

 その様子を見て、アイーシャは慌てたようにクォンツに顔を向けた。


「クォンツ様、シャーロット嬢にきちんとご挨拶できないままでした……!」


 なんて礼儀の欠いたことを……!

 と、真っ青になっているアイーシャにクォンツはなんてことないように笑う。


「ああ今はいい。客間に行って、落ち着いてからシャーロットを交えて話そう」


 クォンツはそう言うなり、アイーシャをひょいと抱き上げるとそのまま大階段の方に足を向けて階段を上がり始めてしまう。

 アイーシャは自分で上る、と必死に訴えたがクォンツがアイーシャの言葉を聞き入れることはなく、客間に到着するまでアイーシャが下ろされることはなかった。



 客間に到着し、アイーシャをソファに座らせたクォンツも、アイーシャの向かいに腰を下ろす。

 お茶を用意し終わった使用人が部屋を退出するのを確認して、クォンツはアイーシャに向かって真剣な表情で口を開いた。


「アイーシャ嬢。これからのアイーシャ嬢のことだが……」

「──っ、はい」


 アイーシャもぴん、と室内の空気が緊張感を孕んだ物に変わり、自らも背筋を伸ばす。


「まずは……謝罪を。勝手に俺達の判断で、アイーシャ嬢の意見も聞かずに子爵家から連れ出してしまった」


 クォンツは自分の膝に置いた両手にぐっと力を籠め、握り締めると次いで頭を下げた。


「あ、頭を上げてくださいクォンツ様!」

「いいや。ルドラン子爵からアイーシャ嬢を保護する名目でこの邸に連れて来たが、先走ったことに変わりない。……すまなかった」


 クォンツはぐ、と眉間に力を込め謝罪を述べた後、顔を上げて言葉を続ける。


「この後、アイーシャ嬢に対する暴行と監禁により身の危険が生じたために保護した、と国に提出する予定だ」

「か、監禁……」

「ああ。だがそうだろう? アイーシャ嬢の父親であるケネブ子爵が行った行為は立派な犯罪行為じゃないか。先程も、器が頭に直撃していたら? 打ち所が悪ければ命に関わるし、そうでなくても直撃していたら大怪我を負っている。そして、施錠をされた状態で内から開けることが出来ない場所に閉じ込められたなら、例えそれが自室だったとしても監禁罪にあたると思う。ちなみにアイーシャ嬢は自室に閉じ込められていたのか? それとも別の部屋?」


 クォンツの言葉に、アイーシャはつい視線を泳がせてしまう。

 アイーシャの様子にクォンツは眉を顰める。


「──まさか、劣悪な環境じゃねえだろうな? 隠さず吐けよ」

「そのっ、地下の備蓄庫です!!」

「はぁ!?」


 クォンツは信じられない、と声を荒らげ、自分の顔を両手で覆った。


「劣悪な環境じゃねーか。若い令嬢が耐えられるような場所じゃないだろ……」


 そのような劣悪な場所に閉じ込められたと言うのに、当の本人であるアイーシャはまるで慣れたことのようにけろり、と説明するのでついつい忘れがちになってしまうが地下の備蓄庫は大抵、使用人が利用する部屋よりも下層になる。

 そうなれば太陽の光も届かず、地面はじめっとして虫や小動物だっているだろう。

 だが、アイーシャはまるで慣れているとでも言うように、怯える様子もない。

 その様子を見て、クォンツはぴんときてしまった。


「アイーシャ嬢。備蓄庫に閉じ込められたのは、初めてのことじゃないな?」

「──はい」


 またもやけろりとした様子で頷くアイーシャに、クォンツは額を抑えた。


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